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「そんな……パンクロウラーズの皆様が――」
スナック「ローズ」のカウンターで、レトリーはテレビ画面に映し出された指名手配写真を見て、不安そうに震えていた。
「きっと大丈夫よレトリー。あの子たちを信じましょ」
スカーレットは優しくレトリーをなだめ、テレビを消した。三毛猫のタマ子がイカ耳にして見つめる窓の外では、マルクトの市民たちが逃げ惑い、ユニやパンクロウラーズを血眼になって捜索している。
スカーレットはカーテンを閉め、ドアに「closed」の札をかけた。
「どうしたのですかマスター。こんな時に料理の仕込みですか?」レトリーが尋ねる。
「あの子たちが帰ってきたら、温かいご飯をすぐに食べれるようにね」
スカーレットはまな板に向かい、普段通りにカレーの仕込みを始めた。その香りが、店内の緊張をわずかに和らげた。
しかし直後、乱暴にドアを叩く音が響いた。
「ごめんなさいね。今日はもう閉店なの」スカーレットは平静を装い、扉に近づく。 「ホークアイだ。話がある」
スカーレットが扉をわずかに開けると、機甲1課の徽章をつけたホークアイ隊員が立っていた。スカーレットがちらりと後ろを見ると、レトリーが、彼女の腕の中で毛を逆立てて唸るタマ子と共に、警戒心をあらわにしている。
「……一旦裏で話しましょ」
スカーレットは隊員を店の裏に案内する。しかし振り返った直後、隊員は警告もなく警棒を振りかざして襲い掛かった。
スカーレットは冷静に警棒を躱し、裏拳で武器をはたき落とすと、隊員のみぞおちに膝蹴りを叩き込む。その動きは、長年カウンターの中にいたママのそれではなく、鍛え上げられた歴戦の軍人のシステマだった。
しかし即座に身を潜めていた2名の隊員がスカーレットを挟み込むように襲いかかり、スカーレットはその攻撃も華麗に捌いた。しかし直後だった。
「――っ!?」
かつての経験によって培った勘だった。
咄嗟に胸を逸らしたスカーレットだったが、彼女の胸板をライフル弾が貫く。
口から血を吐き出し、鈍い音と共に、スカーレットは倒れ込む。
「――手間をかけさせるな」
遠く――およそ1キロ程度離れた廃ビルの屋上に全身に黒いパワードスーツを纏い、頭部をフルフェイスヘルメットで覆った男が機械のように冷たく吐き捨てる。
「申し訳ございません隊長」
3人の隊員は謝罪し、血の混ざった唾を吐き捨て、倒れ込んだスカーレットの身体を持ち上げようとする。だが、その瞬間、隊員たちの手や肩、足に次々にナイフが深く突き刺さった。
「貴様……っ」
隊員たちが苦痛に顔を歪ませる。彼らの前に現れたのは、感情の無い冷たい瞳を浮かべるレトリーだった。彼女は両手にナイフを構え、いつもの丁寧な敬語ではなく、冷酷に告げる。
「マスターから離れろ。さもなければお前たちを殺す」
レトリーは目の前の3名の1課隊員と、更に彼らの後方、遥か先の1課隊長を殺意の籠った目で睨みつけた。
「――ほう、もしやあの大戦の人喰い部隊の生き残りか?」
隊長の男はレトリーをフォーカスし、マスクの下で口端を曲げる。
「……っ」
その一方で、一瞬たじろぐ3人の隊員だが、血まみれのスカーレットはその一瞬の隙を付いて立ち上がり、レトリーを抱きしめた。
「大丈夫よ……レトリー……」
「マス、ター……」
スカーレットの言葉に、レトリーの冷酷な瞳が一瞬揺らぎ、ナイフを降ろす。
しかし、スカーレットはそのまま意識を失い、再びレトリーの胸に倒れ込んだ。
「まだ生きてるのか、化け物め」
「なるべく殺さずに尋問にかけてAIZのコアの行方について吐かせる算段だったが抵抗するなら仕方ない」
隊員たちは、その隙に手にしていた警棒を捨てると腰のホルスターの拳銃を抜いて構える。
「マスターのご命令ならば……」
レトリーは、その細い腕で長身のスカーレットの身体を抱えつつ、タマ子も拾い上げた。
直後、いくつものNEØN弾がレトリー目掛けて放たれる。
しかしレトリーはNEXASを使ってNEØNシールドを展開し、飛来する弾丸を防ぐと目にも止まらぬスピードでその場から離脱した。
彼女が向かう先は、ワンの店の真下。ワン、ドクター・ジャック、マオ・コットンが待つ、元イーグラ部隊の隠されたアジトだった。
Ø
夕陽がCLOUDの天蓋を赤く染める頃、セレンが運転するパンクロウラーズのバンはマルクト地区のハイウェイに合流した。周囲には、帰路につく多くの車両や、テロの報に混乱した車が錯綜している。
「ホークアイのパトカー……10課だね」
セレンがルームミラーを確認すると、後方から二台のホークアイのパトカーが、サイレンを鳴らさずに追従していた。
ルナは助手席で腕を組み、不機嫌そうに呟く。
「……私たちを捕まえに来たってこと?」
「あの4人を相手にするのは流石に無理かなー……」
ニコは隣のユニを気遣いながら、冗談めかして困ったように頭を掻いた。
「私のせいで皆さんが――」
ユニは顔を俯かせ、声に震えが混じる。
その瞬間、ルナはわずかに目を見開く。
「……NEØN反応。何か来る」
「ステルス機能……私たちのバンを他から見えないようにしてくれているのか?」
セレンは即座に状況を分析する。コンソールのステータスに何らかのファームウェアがインストールされており、ハッキングしたハイウェイのカメラで確認すると彼女たちの車両は光学的・情報的に完全に消え去っていた。
その直後、バンの通信機にノイズが走った後、聞き慣れた声が響いた。
「――聞こえるか?」
「聞こえるよ、ヴァン。私たちを捕まえに来たのかい?」
セレンは冗談めかして尋ねるが、その声の奥には緊張が張り付いている。
「相変わらずで安心したぜ、姐さん。結論から言うと今のオレたちはかなり複雑な立場だな」
ヴァンの声に続き、フローネの冷静な声が割り込んだ。
「敵でもないし味方でもないということです。まず現状についてざっくりとお話すると、10課を除くホークアイ全課が皆さんを血眼で捜索してます。目的はもちろんユニさんですね。イーグラ一等将やファルコ二等官を除いた上層部は、ヴァルチャーヴォーテックスの関与が疑われるの一点張りで、我々の反対意見には一切耳を貸してくれません」
パンクロウラーズ一同は息を飲む。彼らの窮状が、組織的な陰謀の結果だと告げられたのだ。
「……っ」
「私たちも怒ってるわ。この腐った組織に」
今度はシオンの鋭い声。
「イーグラ一等将もファルコ二等官も今は司令室に殴り込みを掛けてるけど、あまりいい結果は期待できそうにないわね。おそらくこれはオウルオーニングとヴァルチャーヴォーテックスのマッチポンプ、そしてホークアイのクソ上層部どもは奴らの言いなりになってあなたたちを正当な理由なく拘束しようとしているわ」
ルナは腕を組み直す。
「……何か証拠を知っていそうな口ぶりだけど」
「ええ。実はヴァルチャーヴォーテックスが爆破テロを起こす予兆はとっくに察知していたわ。警戒体制も敷かれていて、テロの標的になりそうなエリアも目星がついていて警備もなされていた。しかし直前に不審な命令があったのよ。別のエリアに移動して警備しろってね。しかもそれらはどこも無人のビルや空き地みたいな、テロの標的にするとは考えにくい場所ばかり。そして案の定、予めマークしてた場所はテロ被害に遭った。つまりホークアイ上層部はコーポとギャングのグルだったってわけね。まったく正義の守護者が聞いて呆れるわ」
シオンの言葉は、ホークアイの権力構造の腐敗を明確に示していた。
最後に、リクの落ち着いた声が状況をまとめる。
「お前たちの車両には、一定時間効果が持続するステルス機能を付与しておいた。これでしばらく時間は稼げるだろう。その間にお前たちは逃げてどこかに潜伏でもしておけ。あとはうちのイーグラとファルコが話をつける」
リクは一度言葉を切ると、深く息を吸った。
「それと、機甲1課"死神部隊"も動き出し、スナック『ローズ』のスカーレットが被害にあった」
「……それは本当か?」
セレンの義体化された顔は表情を動かさないが、その声は底冷えするように低かった。
ルナは膝を抱き、静かにうつむく。
ユニは息が詰まり、目を見開いたまま動けない。
ニコは、ただひたすらに悔しさを噛み殺すように、拳をぎゅっと握りしめた。
大切な居場所が、仲間が傷つけられた怒り。
「とにかく、『熊猫飯店』へ行け。もう時間がないから俺たちはここまでだ」
リクの通信が途切れると同時に、後方を走っていた10課のパトカーも、急速に速度を上げて別方向に去っていった。
ニコは、怒りを押し殺すように深々と息を吐いた後、無理やり口角を上げた。
「10課が敵に回らないだけ上々ってところかな。いや参ったねどうもー」
「いやかなり貢献してくれたよ彼ら。軍事機密のメタステルス技術のヒントをくれたんだ。解析すれば私たちの武器になる」
「……基礎理論はオープンソース化されているから既存の公開情報を纏めて参考資料に渡すのはグレーってことね。あとはわたしたちがこれを元に独自に発展させて性能を上げるぶんには問題ないわけだ。あとは今すぐ発展型メタステルスを実現してホークアイもコーポもギャングも欺けるようにしなくちゃいけないわけだけど――」
「……私の力なら解析・発展は可能です。タイムリミットは30分ですが必ず実用化してみませます」




