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3-4

 1時間程度ハイウェイを走行し、ジャンクションから下道に降りて10分ほどすると、ようやく目的地に着いたことを報せるナビの音声が発せられた。


 リュウエンの運転する鳳凰が描かれたリムジンを降りたニコたちは周囲を見渡す。彼女たちの前に広がっているのは神社や仏閣などの宗教施設で、少し離れたところには教会などもある。この科学が発展し、シンギュラリティを迎えたAIが命を持つ人間と対等の存在として認められた世界においてもなお、宗教は存在しており、信者もわずかながら残っている。特に特定の宗教や神を信じていないニコたちでも自然と身が引き締まるような感覚を覚える。


「ここって『ティファレト』じゃん。どっかの神社とかお寺に行くの?」


「いいや、『ティファレト』であり、『ティファレト』じゃない……ってトコロだな」


 リュウエンの含みのある回答にニコは首を傾げる。

  

「そういえばオルトのコロニーって『ティファレト』の地下にあるんですよね? AURA NETで調べましたがセレンたちは行ったことはあるんですか?」


「無いよ。彼らオルトのコロニーは自由に出入りができないんだ。治外法権でホークアイも手出しできないんだよ」


 ユニの問いにセレンは首を左右に振った。


「セレン様の仰る通り、神社や仏閣、教会といった宗教施設や霊園、無縁仏の管理を主に任されている我々はある種、不可触民として扱われてきました。そしてご存知の通り、『ティファレト』の地下のジオフロントが我々のオルトたちの住処です。被差別民である我々はAXZ法に基づいて地下に都市を築き、地上とは完全に独立した自治権を持っているのです」 


「ここを自由に行き来できるのは我が主君らが許可したごく一部の人々のみでござるよ」


 クオンとホオズキが歩きながら説明する。


「すごい! アタシたちVIP待遇じゃん!」


「……どちらかと言うと拉致でしょこれ」


「はははっ! お嬢は手厳しいな!」


 ルナの失礼な物言いに対してもリュウエンは気にせず笑った。


「それにしてもいいよねー。神社とかお寺とか教会とか神秘的な建築物や自然に溢れてて。たまにはこういうところでスピリチュアルなパワー的なのを浴びたくなるよ」


 ニコはふと通りかかった小さな神社の拝殿に駆け寄り、本坪鈴を鳴らして二礼二拍手一礼する。


「ニコってこういうときでも堂々としててすごいですね」


「まぁニコは馬鹿だからね〜」


 ユニが素直な感想を述べ、セレンが笑顔で毒を吐く。それに対してニコは心外そうに頬を膨らませる。


「そんな酷いよセレン! おバカって言ってよ! カタカナで!」


「ごめんこの子おバカだから……これでいいかい?」


「いいよ! 許すよ! セレン愛してる!」


「あははニコはかわいいなぁ!」


 ニコはセレンに抱きつき、セレンはニコの頭を撫で、ユニはそんなふたりの仲良しっぷりに笑みを浮かべる。


「仲睦まじくていいですね~」


「……ユニの適応力の高さには脱帽する」


 ルナがぼそりと零す。


 一見まともそうに見えたセレンもどうやらニコやルナとは別のベクトルでズレたところがあるらしく、『小夜啼組(サヨナキグミ)』の3人は本当に彼女たちに任せて大丈夫なのかと内心冷や汗を流す。


「この場所は?」


 唯一まともそうに見えるユニに3人は安堵を覚えつつ答える。


「ここが我々のコロニーへ繋がる入り口のひとつでござる。」


 それは一見すると何の変哲もない坑道に続くトンネルだった。


「あなた方には是非知っていただきたいのです。我々の現実を」


「暗いので気を付けてくれ」


 ホオズキに続き、クオン、リュウエンも中に足を踏み入れる。ニコたちは顔を見合わせるがここまで来た以上引き返す選択肢はなく、彼らに続くのだった。


 Ø


 時折見張りのオルトと挨拶をしつつ複雑な坑道内を進んでいくとようやく出口に達した。

  

「ここがオルトクランのコロニーなんですね……」


 ユニたちが目にしたのはジオフロントに広がる街の姿だった。天井までの高さはおよそ100メートルで、その中心部に高純度のNEØNを供給する人工月が浮かび、街を照らす。中心部には横方向に川のような水路が流れ、CLOUD外部の海に浄化した排水を流しており、川の手前側は和風の街並み、奥側は洋風の街並みが広がる。


「どうだい? ルナは懐かしいんじゃないか?」


「……別に」


 セレンの問いにルナは無愛想に顔を背け、クオンはため息をついた。


「全く素直になって欲しいものです」


「おー! なんか和風の街が見えてきた!」 


 一方でニコは目の前の風景に夢中になっていた。街灯のように灯籠や提灯が灯り、幻想的な光景が広がる。長屋風の和風モダンな住居や広々とした武家風の屋敷、神社や仏閣、中華料理店などが立ち並び、CLOUDの未来的な空間には見られない東洋的な繁華街の光景に心が躍る。道を歩く人たちも振り袖風になったジャケットや着物、袴風のスカートなどを身に着けた和風カジュアルといった装いのオルトたちで、物珍しそうにニコたちを遠巻きに見物している。


「『宵祓(ヨイバラ)』さニコ嬢。和や中華の趣があっていいだろ?」


 リュウエンの問いにニコは笑顔で応じる。


「最高! 趣があるっていうの?」


「ふふっありがとうございます」 


「素直に喜んでくれるのは悪い気がしないでござるな」


 クオンとホオズキもニコが喜んでいる姿に顔を綻ばせる。


「ほらほらソニック! 見てみなよ! 超貴重なジオフロントの光景だよっ」


 するとニコは帽子の中に居る相棒を取り出して抱っこすると目の前の光景を披露する。しかし返事はなく、ニコがソニックの顔を確認するとカメラアイに光は灯っておらず、オフライン状態であることを示す赤いLEDランプが点灯していた。


「ソニック~!!」


「ああここ地下でローカル回線しか使えないんだ。悪いな」


 地面に膝をついてニコは嘆く。


「……おなかすいた」


 するとルナがぼそりとこぼした。


「ソニックのことはさておきアタシもペコペコだよ〜もう歩けない〜」


 ニコも異様に早い切り替えだ。


「わ、私も……」


「おいおいみんな……」


「これは失敬。腹が減っては戦はできぬ、というわけでどこかで食事でも」


 控えめにユニも空腹を訴え、セレンが呆れるが、ホオズキは客人の不満に気付けなかったことを恥じ入る。


「それなら俺が仕切ってる店にしよう」


 リュウエンはすぐそばの店に堂々と入る。

 そこは焼肉店であり、香ばしい匂いが満ち、食欲を刺激する。


「よう大将!」


「お世話になってます! おや、リュウエンさんのお客さんですかい? コモンにマキナにモッドとは珍しい」


 リュウエンが挨拶するとカウンターの虎系のオルトの青年はニコたちに気付き、少し目を丸くする。


「まぁな。よくしてやってくれ」


「もちろん! リュウエンさんのお知り合いなら大歓迎でさぁ!」


 店員はてきぱきと料理の準備を始め、ニコたちはリュウエンに案内された席に座る。店の中はそれなりに賑わっており、様々なオルトたちが焼肉を楽しんでいた。


 しばらく待つと先ほどの店員がニコたちが座る席に茶碗に盛られたご飯とスライスされた生肉を持ってきた。


「これって天然肉?」


「ああ。アンタたちは人工肉に慣れてるだろうから天然肉が口に合うか分からないが」


 物珍しそうに肉を見つめるニコに応じるリュウエンは鉄板に肉を並べて焼いていく。脂が弾け、心地よい音と香ばしいにおいがテーブルを満たす。


「我々オルトは食肉や革製品の生産を生業としているものは多いです。体の作りがコモンと比較して動物に近いことから天然肉の方が必要な栄養を効率よく摂取できるという点の他にも『オーバー』の人々は高価で希少な天然物を求めるため、外貨と引き換えに彼らに提供しているのです」


「皮肉に思われるかもしれぬがこれが生きるために必要なことなのでござるよ」


「いやいや、私たちクロウズも似たようなものさ。お金を稼ぐために様々な仕事をして"金にがめつい卑しいカラス"なんて呼ばれたりもするけど私たちも自分たちの仕事には誇りを持っている。だからあなたたちには敬意を表するよ」


 どこか自嘲的に話すクオンやホオズキに対し、セレンは素直にリスペクトをする。


「これが本来のお肉の味、か。人工肉と限りなく近いけど確かにこっちのほうがより身体に生命力が漲る感じがするかも」


 ニコは噛み締めるように焼いた肉を咀嚼する。


「これが命を頂くということなんですね……」


 ユニの言葉に他のメンバーも頷く。

 普段人工肉ばかり食べていて忘れそうになっていたが、本来あらゆる食べ物は動物の尊い犠牲の上に成り立っているという当たり前のことを思い出させられた。ニコたちは動物たちに感謝しながら焼肉を味わう。


「……しかし何というか、妙に注目されているような」


 ふとセレンが周囲の席に座る客たちがチラチラ自分たちを見ていることに気付く。


「お気を悪くしてしまったら申し訳ございません。ここに居るオルトは皆、差別や迫害を逃れるためにここで生活しており、皆様のようなコモンやマキナ、モッドの人々には警戒心を抱いてしまうのです」


 クオンがぺこりと頭を下げる。


「……オルトの差別は今なお残っている。無理も無いね」


 ルナの言葉には当事者としての苦労がにじみ出ている。


「お嬢は地上生活で随分と苦労したんじゃないか?」


「……他のオルトに比べたら何てことはないよ。私は恵まれてる方」


「……ならいいんだがな」


 リュウエンの言葉には複雑な感情が込められているように感じられる。


「それでは皆さま満足されたようなのでそろそろ行くとするでござる」


 そうして提供された肉を全て平らげた一同は席を立ち、店を出た。

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