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16時。
パンクロウラーズの四人は、『ネツァク』――『アンダー』最大のショッピングエリアに来ていた。
ここはありとあらゆる商品が手に入る巨大な消費の坩堝で、わざわざプライベートVTOLで護衛を引き連れ商品を買いに来る『オーバー』市民もいるほどだ。
「ところで今日の仕事が終わったけどどうだった?」
ニコは、巨大なホログラム広告が煌めく通りを歩きながら、隣のユニに尋ねた。
「慣れないことも多くて大変でしたが、とてもやりがいがあります! 迷子のワンちゃんを見つけて飼い主さんに無事送り届けたり水道管の修理をしたり銀行強盗の人たちをゴム弾で一網打尽にしたり人から感謝されるのは気持ちいいです」
ユニの瞳は、未来への期待に満ちている。
「素晴らしい〜その気持ちを忘れないでいてくれたまえ〜」
「……偉そうに先輩面してる」
ルナがホログラムウィンドウを眺めつつ冷ややかに指摘する。
「後輩ができて嬉しいんだろうさ」
セレンは、ニコの気持ちを代弁するかのように微笑んだ。
「ところでこれからどちらに向かうのですか?」
「『アンダー』最大のショッピングモール、『シルクロード』だよ〜。個人店舗がいっぱい並んでて、そこでしか売ってないかわいい服とか多いんだよね」
「ルナとセレンも服を買いに?」
「……のんのん。私は新作ゲームソフトの特典付きパッケージが目当て。『電脳端末』よりも、実体ハードを用いたレガシーなゲームが最近のトレンド」
ユニの問いにルナはディスプレイに映る新作ゲームのパッケージ画像をタップする。その顔はいつになく真剣だ。
「私は『ブラックスティール』の新作が気になってね。あの手触り、信頼性を重視した職人の手によるクラシックな造り、機能性ゆえの美しいフォルム……もはや銃という概念を超えて芸術ですらあるよ。射撃場で撃つのが楽しみだなぁ」
セレンは、まるで恋人について語るかのように熱っぽく、新作銃器について語った。
「なるほど〜皆さん色んな趣味をお持ちなんですね」
「そういえば『ネコモン』のポップアップストアもやってるんだった! ユニの服が決まったら寄っていい?」
「喜んで。私もそれ、かわいくて好きです」
Ø
それぞれが目的を果たし、たくさんの買い物客が行き交う『シルクロード』のエントランスに4人は集合した。
「お待たせしました」
「じゃ〜ん! 見てみて可愛くない!?」
ユニは元のナノスキンの上からふわりとした白いワンピースを身に着け、更にその上から白いコートを羽織るコーディネートだった。コートの内側の生地は紫色で、ユニの無垢な雰囲気と、どこかミステリアスな雰囲気をより一層引き立てている。
「おお〜似合ってる。白いワンピースと上着が清楚でユニにピッタリだね」
「……羽の髪飾りも似合ってる。ユニが選んだの?」
ルナが指摘したのは、ユニの髪に留められた、雪のように白い羽を模したクリップだった。
「ニコに選んでもらいました。私あんまり服に詳しくないので」
「ふふーん♪ どうよ私のセンス?」
「……調子に乗るから素直に褒めたくない」
「まぁ、美的センスはすごいよねニコは」
ふたりの評価にニコは得意満面だ。
「ただ残念なのは、予算の問題で下着は選べなかったことかな〜」
「そ、それは大丈夫ですからっ!」
ニコが突然際どいことを言い出し、ユニの顔が一気に紅潮した。
そうして4人が歩いていると、フードを目深に被ったパーカーの男が声をかけてきた。
「なぁお姉さん方、こういうのに興味はないか?」
「んー?」
ナンパかと思ったニコが振り返るが、その男はビニールに入った何かを差し出している。
「その灰色の粉……DUSTか?」
セレンがその正体に気付き、低い声を出す。
「チッ、バレたか。馬鹿みたいな女だらけで売れると思ったのによ」
怪しげな男は踵を返し、立ち去ろうとするが、ルナがいち早く動いた。
「……逃がすと思う?」
彼女は周囲に存在するNEØNを制御し、電流を発生させた。
非殺傷レベルだがまともに喰らえば一時的に行動不能にさせる程度の威力はあり、その電流をモロに浴びた男は無言でその場に崩れ落ちる。
「ドール!? くそー! 卑怯だぞあんにゃろー!」
倒れた男に駆け寄ったニコがフードを下ろして顔を確認するが、それはマネキン人形のようにのっぺりした顔で、相手はマキナですらないただのドールだったと判明し、悔しそうに叫ぶ。
すると警備員や野次馬も駆け寄り、周囲はちょっとした騒ぎになった。
「こんな人通りの多い場所でも売るなんて信じられないです……」
「一体何が起きてるんだこの街で……」
ユニは不安げな表情を浮かべ、セレンも険しい顔になる。
彼女の言う通り、この街ではなにか巨大な陰謀が渦巻いていた。
Ø
ドラッグディーラーと遭遇した件について通報するとすぐにヴァンとフローネが駆けつけ、必要な処理を引き継いでくれた。
「まさかここでもディーラーが出てくるとはな。白昼堂々大胆によ」
「きっとアシがつかないと思って我々を挑発しているんでしょうね」
苛立たしげドールの残骸をつま先で小突くヴァンに対し、フローネはにこやかだが不思議とその笑顔や声に怖さを感じてしまう。
そんなわけで『シルクロード』を出た4人はソニックとワゴンを停めている駐車場へと向かっていた。
「色々あったけど、みんな目当てのものは手に入れられたし、どっかでスイーツでも――」
「……あれは――」
ルナの視線が路地裏の一角に向けられた。
そこでは猫耳を生やしたオルトの少年が、コモンやマキナの少年たちにいじめられていた。
「こら〜! 何をやってるの少年たち!」
ニコが即座に大声を上げて駆け寄る。
「寄ってたかってひとりを攻撃するのは感心しないな」
「……いじめはやめて。その子から離れて」
セレンも静かに注意を促し、ルナの冷たい声が静かながらも一帯に響いた。
「なんだよ! お前だってオルトじゃん!」
いじめていた側のマキナの子供がルナに対して逆上したように叫ぶ。このCLOUDではオルトへの差別が未だ根深い問題として残っており、『マルクト』は比較的差別感情は少ないが、それ以外のエリアではこのようにオルトを虐げる心無い人々は存在する。ルナも当事者として多く苦労してきた。
過去のトラウマを思い出して思わず押し黙ってしまうルナを庇うようにニコが前に出る。
「このガキンチョども……いい加減にしないと『ローズ』のママのスカーレットさんが懲らしめに来るよ!」
ニコは、最も恐ろしい切り札を出す。
「はぁ!? あのおっかないオカマ!? やだやだ『丸刈りータの刑』はもうやだ!」
「逃げろ! 去勢されて女の子にされる!」
スカーレットの教育指導の恐ろしさは、悪ガキの間で都市伝説と化しているようだ。
子供たちは顔面蒼白になり、一目散に逃げようとする。
「ふはは! アンタたちの顔は覚えたからね! また悪事をしたらアタシたちパンクロウラーズの正義の鉄槌が下ると思いな!」
「きょ、脅迫だ! 『ホークアイ』に言いつけてやる!」
「甘いな! 第10課とはマブだもんね!」
「あの10課のリクとも知り合いかよこいつ! マジでやべーよ!」
大人げないニコの脅しに、悪ガキたちは泣きベソをかきながら、蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出した。
「大丈夫ですか?」
ユニがいじめられていたオルトの少年に優しく声をかけ、屈んで手を差し出す。
「……っ!」
しかしオルトの少年は顔を顰め、ユニの手を払うようにして、ひとりで立ち上がった。
そのままニコたちに背を向け、一目散に走り去ってしまう。
「……私を怖がってたんでしょうか?」
ユニは寂しそうに、差し出しかけた手を見つめた。
「……気にしなくていい。少し警戒心が強いだけ」
「そういえばあの子だいぶ痩せてたね。ドーナツあげれば良かったかも」
ニコはみんなでシェアしようと購入したマスタードーナツの箱に視線を落とす。
「――もらいっ!」
すると走り去ったはずの少年が、稲妻のような速さでニコの手に持っていたハンバーガーをかっさらっていった。
「あっちょっと!」
「ありがとな姉ちゃんたち!」
振り返った少年は遠くから勝ち誇ったような声を上げる。
「恩を仇で返しやがって〜! せめて礼を言え~! まぁ、逞しいようで何よりかな」
ニコは悔しそうにしながらも、その生命力に感心した。
「……キミ! 『マルクト』に来なよ。そこなら盗みをしなくても生きていけるから」
ルナは後ろ姿の少年に向かって声を張り上げた。
「――うん!」
遠くから、ルナの言葉に応える力強い返事が聞こえた。
少年は猫らしいすばしっこい動きで、あっという間に人々の波に消えていった。




