第六話:見えない隣人
お盆の時期は役所は混雑しています。
それはここ『怪異相談窓口課』も同じでした。
「お隣さんがね、とにかくうるさいんですよ」
「なるほど。もう少し詳しく教えていただけますか? 例えば、挨拶を交わす程度の人なのか、それとも顔しか知らないとか……」
「ええっと、顔は……わかりません。でも突然、モノを投げてきたりするんです」
なんだか要領を得ません。
「もしかして、姿がない人なんでしょうか。ではお話も?」
「……できませんね」
私は待合室にいる怪異さんたちを気にしつつ、頷きます。
「姿がわからず、会話による意思疎通もできないんですね。ちょっと、お待ちいただけますか?」
忌部先輩がちょうど窓口対応が終わったタイミングで、私は相談しました。
「先輩、幽霊さんって姿が幽霊さんにもわからないことってあるんでしょうか? 応対している幽霊さんが困っているみたいなんです」
「ん? ああ、そりゃあるだろうね。相談内容は……どれどれ、なるほど。これはポルターガイストやラップ現象起こすタイプの幽霊だね。ちょっと俺からも聞いてみようか」
そうか、ポルターガイスト。私には思いつかなかったです。
私は今回の幽霊さんこと、呉さんの席に戻り、先輩が事情を聞いている横で、ポルターガイストについてPCで簡単に調べました。
何もしていないのに家具や小物が落ちる現象のことだと知り、要領を得なかった話の点と点を繋ぎました。
でも、幽霊さんにも見えないなんてあるんですね……。
「榊さん、出張の準備して」
「え、はい!」
諸々の準備を済ませ、私と先輩、呉さんの三人で公用車に乗りました。
呉さんは夏なのに、血まみれの黒い長袖パーカーのフードを深く被った幽霊さんです。
「職員さんってこんなに親身になってくれるんですね」
フードから覗く顔からは赤い液体がドバドバと流れています。
「こういうのも仕事のうちですから」
先輩が運転をしながら、返事をします。
「いやぁ、ずっと我慢していて。でも今回、相談できてよかったです」
「呉さん、まだ解決はしてないです……」
「あ、そうでした。はっはっは」
私の返答に液体を溢れさせ、カンラと笑う呉さんは、やっぱり幽霊なのだとわかります。赤い液体はシートを汚すこともなく、すっと消えていきました。
「朧川の近くでしたよね。そこから近い廃墟は……旧│夜宵集落でしょうか」
「はい。僕、そこで日本人に撲殺されたんですよ。ひどい話ですよね」
いきなり重いですよ、呉さん。
確かあそこは在日朝鮮人の集落で、昔は部落扱いされた日本人も住んでいたと、文献にありました。
「でもね、もう怒るのに疲れちゃって。今は肝試しに来た人を脅かすのもやめたんです」
「その隣人は最近の人ですか?」
「ははっ、ここ十年ほど前から居着いた新参者ですねぇ」
十年住めばもう地元民な気はしますが、呉さんは一体いつから幽霊として暮らしてらっしゃるのでしょうか。
朧川は陽光に照らされてキラキラしています。
「着きました。ここからは徒歩で向かいましょう」
先輩の言葉に窓から目を離し、私たちは車から降りて現場に向かいました。
川の近くの森を歩くこと五分。
夜宵集落と呼ばれるそこは数件の廃墟が建ち並んでいました。
空気は冷たく、まくっていたジャンパーの袖をおろし、私は二の腕をこすります。
「なんだか寒いですね……」
「たくさん住人がいるから。あ、死んでる人のだよ?」
呉さん、現実を突きつけないでください……。怖くて帰りたくなっちゃうじゃないですか。
「榊さん、カメラはちゃんと作動しているか、確認してね」
「はい。……あれ?」
役所を出る前につけたはずの電源は消えています。
「誤作動でしょうか? 消えてます。今、つけますね」
電源をつけてもまた落ちます。
もう一度試しても、また。
「うーん。そういう時は盛り塩スプレーを周りにかけてみて。呉さんは離れててください」
「え? はい。……あれ? つきました」
私は安っぽい容器のスプレーで周りに振りかけてから、電源をつけると今度はスムーズにつきました。
「……あ、呉さん! 大丈夫ですか? そういえば、そっちは風下でしたね」
「いやー、三途の川が見えたよ」
ほんとに申し訳ないことをしました。
呉さんの身体の透明度が少しあがってます。
「そんなことより、こっちです」
幽霊さんは足早に廃墟群の奥に案内してくれます。
私たちがついていくと、空気がさらに冷たくなるのを感じました。
「ここです」
その廃墟は外からも木の埃のにおいと、土埃が立ち込めていました。
ガラスはすべてなくなっていて、木の枠と土壁だけです。その土壁もところどころ崩れていて、スプレーで落書きされた跡もあります。
「荒らされてますね」
「ヤンキーや廃墟マニアにとっては聖地ですから」
私は忌部先輩をちらりと見ます。
……なんか、目がキラキラしています。それは先ほど見た朧川の水面のようでした。
「ここに隣人さんがいらっしゃるのでしょうか」
私が廃墟の中に踏み入れると、ガラス片が横をかすめました。
「おーい、隣人。この人たちは役所の人だ。悪意ある人じゃない」
呉さんが声をかけると、奥からパキッとラップ音がします。
……どうやらわかってくれたのでしょうか。
そして崩れた廃墟の奥に黒い小さなモヤがいます。周りにはふよふよと浮いている木片。
もしかしてこれが〝隣人さん〟でしょうか。
「あの、あなたが〝隣人さん〟ですか」
コクリ。黒いモヤが頷きます。
「……なにと話しているんだ?」
「え? ここに黒い小さなモヤがいるじゃないですか」
「……榊さん、本当にそこにいるのか?」
「僕には見えませんね」
先輩と幽霊さんには見えていないようです。
ではなぜ、私には――。
「でも声は出せないようです。うーん……あっ」
私は自分のスマホを取り出し、動画を回すことにします。
すると、画面上に見ていた黒い人影が映り、両目だけが浮いています。
「画面越しだと、映る……?」
「でも音声は……ないですね」
「……正直、うまくいく保証はないけど……試してみるか」
先輩は背負っていたリュックの中から無線機のようなものを取り出しました。
「先輩、それは?」
「スピリットボックス。霊と会話できると言われているオカルトマニアの必需品さ。ちなみに私物」
私物、持ってきちゃいましたか。
ザザッと機械を操作し、周波数を合わせると、ある箇所で声が聞こえてきました。
『こ、ない、で。う、つす、な』
ああ、この子にカメラを向けるのは失礼なことだったんですね。
私はスマホを仕舞って、言うとおりにしました。
「呉さんと一緒に住んでるんですよね。どうもあなたの音が呉さんにはつらいものらしいんです」
『で、も、伝え、ら、れな、い。モノ、動か、す、しか、な、い』
お名前は? の回答には無言でした。
「じゃあ、どうしてここに住もうと思ったんでしょうか」
『おじ、ちゃ、ん、や、さ、しい。落ち、つ、く。わ、たし、生まれな、か、っ、た』
「僕は享年二十二歳なのですが」
「呉さん? 相手は子どもですよ」
むう、と口を尖らせ、フードからダラダラと液体が流れ落ちています。
『わた、し、めい、わく、だっ、た?』
「いや、生きてる人が居ない時にモノを投げてくるのはちょっとね。僕は静かに過ごしたいから」
ザザッとまた音を立てるスピリットボックス。
『か、まって、ほし、か、った、から。ご、めんな、さい』
『おじ、ちゃ、ん、人、おど、かす、しな、いの?』
「僕はもう疲れちゃったんだ。入ってきた人が君のポルターガイストで怖がらせるだろう? 僕が心配して、彼らが僕の姿を見ると、逃げちゃうんだ。手柄を取って悪かったね」
『ううん、気にし、て、な、い。おじ、ちゃん、との、せい、か、つ、だい、じ。追い、払、う、よく、ない?』
黒い影はすがるような目で呉さんを見つめます。でもおふたりには見えていません。
「いいや。迷惑じゃないよ。でもこうして話せてよかったよ。寂しかったんだね」
『わた、し、流れ、ちゃ、った。おか、さ、ん、川、にわた、し、すて、た』
「……そういうことか」
先輩がなにかに気づきます。
「先輩、これは……」
「嬰児というより、水子だろうね」
本当に怖いのは人間なのかもしれません。どうして我が子を川に捨ててしまわれたんでしょう。
「先輩、そのスピリットボックス」
「うーん。これは私物だけど、同じものを役所から支給しようか」
「えっ、くれるんですか? ありがとうございます」
いいえ、これをあげるとは言ってないのですが……。
先輩はため息をついて、呉さんに譲ることになりました。さすがに支給になるので、スマホで写真と通販ページを役所に申請になりますが。
「先輩、よかったんですか?」
「あんなの見ちゃったら後日支給なんて言えないだろう」
私と先輩は公用車に乗って帰っている途中です。
「確かに……。でも、どうしてあの子は私にだけ見えたんでしょう」
「そりゃ、霊感が強いからじゃないかな。強くなった、が正しいのかもしれないけど」
強くなった……確かに私は色んな怪異さんと接して来ました。もしかしてそのせいで?
私は頭を垂れて両手を見つめます。
手汗でキラキラしていました。
私は小さなモヤと呉さんがスピリットボックスで会話をする様子が目に焼き付いていました。
そして役所がなぜ、私をここに配属したのかについて考えても答えにはたどり着けませんでした。




