第七話:朧川妖怪同盟
盆明けも蒸し暑さは変わらずです。
エアコンの効いたフロアと外を行き来していると、自律神経がおかしくなりそうです。
『番号札、三番をお持ちのお客様、窓口までお越しください』
呼ばれてこちらに来たのは、四人の市民の方たちでした。
しょんぼり眉の中年男性、背の高い成人男性、禿げた頭にこめかみだけ髪が生えた中年男性。それと、目のくりくりした男の子。
大人数なのに共通点が見えない人たちです。
「「カネの稼ぎ方を教えてくれんか」」
四人は身を乗り出し、私に訴えかけます。
「聞いてくれよ、酒代が――」
「広告収益――」
「苦情が――」
「尻子玉――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さすがに圧が強すぎます。
私は忌部先輩にヘルプ要請しました。
「ふたりずつお伺いしますので、隣の席に座ってください」
先輩の言葉に男の子と禿げた中年男性が隣の席に移動します。
私は残りのお二人の対応に集中します。
「お名前は?」
しょんぼり眉の男性は「カワウソです」、背の高い男性は「川男といいます」と名乗りました。
あ、人間ではないようですね。
「失礼ですけど、妖怪さんでいいんですよね?」
「……はい、一応」
私はPCの〝妖怪〟のチェックボックスにマークを入れました。
「それで、ご相談ごとというのは……」
「酒がね、買えないんで「立っているだけのに」すよ!」通報されたんですよ」
「ええっと、カワウソさんからお願いします」
ふたり同時に喋られるものですから、キャパシティオーバーです。
しょんぼり眉のカワウソさんは咳払いをし、改めて口を開きます。
「酒がね、買えないんですよ」
「それは現金がないから、という意味でしょうか?」
「それがね、セルフレジっていうの? あれがね、弾くの。わたしのお金がね」
「……? 妙な話ですね」
私は首を傾げ、顎に人差し指を当てます。
「あ、葉っぱを幻術でお金に変えているんだけどね。なんでか機械じゃ弾かれるの。有人レジもないし、その時は商品、諦めちゃったの」
「それでさぁ、『偽札が検知されました』って機械が喋るんだよ? 機械なのにさ。あれ、恥ずかしいよね」
「…………」
それは偽造紙幣、つまり詐欺罪になりますね。私は開いた口が塞がりません。
「あの、詐欺ですよ。よく通報されませんでしたね」
「赤いランプが灯った時、『ヤベッ』って思って逃げたよ。いやー、危なかったよぉ! しかし、最近の機械は妖力に強いんだね」
笑っている場合ではありません。
しかし、私の仕事は説教ではなく、相談に回答することです。
「それでカワウソさんも川男さんも、お金の稼ぎ方を知りたいんですよね」
「そうそう。でも、おれの場合は立っているだけなのに、通報されちゃうんだ」
背の高い川男さんは肩を落としています。
カワウソさんに背中を叩かれ、「だから動けって言ってるじゃんか」と言われると、「動いたらもっと怖いって言われちゃうんだもん」と返していました。
たしかに三メートル近い身長だと、怖がられるかもしれません。
でも――。
「それはお金とは関係ないですよね?」
「いやいや、カワウソ君が買ってきてくれた酒で一杯やれないじゃない。警察署でさんざん注意されてたら、宴が終わっていたなんてしょっちゅうだよ」
「?」
「昔はお金を置いてくれる人もいたのに、今じゃ通報だよ? だからさ、暇つぶしに働きにでも出ようと思ってね」
……なるほど。妖怪さんの働き口がとりあえず必要なわけですね。
「忌部先輩。そちらはどうですか? 情報共有したいです」
「オッケー。こっちはね――」
禿げた男性は『小豆洗い』さん。男の子は『河童のガタロウ』という妖怪さんでした。
小豆洗いさんはASMR動画の広告収入で『朧川妖怪同盟』の宴用のお酒を賄っているそうです。でも、最近ではマンネリ化してしまい、収入が減ってしまったと。
ガタロウさんは妖怪同盟のつまみ担当で、尻子玉や魚を獲っていましたが、最近の子どもは相撲を取ってくれないそうです。
「ゲームなら強いぞって言われてもさ、土俵が違うよね」
ガタロウさんがため息交じりに言うと、先輩は思いついたかのように口を挟みます。
「……相撲だけに?」
「今のは言わなくていいです」
私の笑顔に素知らぬ顔です。
そして忌部先輩は、小豆洗いさんに関しての情報を教えてくれました。
「小豆をショキショキする音が十二万人にハマっているそうだよ」
「あ、わかる気がします。私も焚き火の音で眠くなりますし」
小豆洗いさんが得意げに妖怪同盟に語ります。
「広告で宴の酒が潤っとるからの」
カワウソさんが深く頷き、「ありがたいよねぇ」と言うと「おめえが一番、飲みよるやろ」とツッコみました。
先輩が私に向かって、笑いかけます。
「あと、秋が広告単価が高いんだって」
「へ? あ、はい……?」
気にしないでと手をひらひらしてますが、情報の多さにクラクラしてきました。
隣の席の小豆洗いさんはなんか、なにか言いたげな顔でこちらを見てきます……。
「まあ、ワシもプロやかんね。海外からも注目されとるんや。視聴維持率いうもんがあってやな――」
「…………」
机に肘を置き、ろくろ回しのポーズ。これはまだまだ話し足らなさそうです。
「四人別に解決策を考えよう。榊さんは四人の相談をまとめてくれないかな」
そうです。私ひとりではなく、先輩もいるのですから、なんとかなります。
私はメモ帳を開き、要点を書き出しました。
四人共通:お金の稼ぎ方
カワウソ:葉っぱのお金がセルフレジで使えない
川男:立っているだけで通報される。暇つぶしに働きたい
小豆洗い:動画のネタを見つけたい
ガタロウ:宴会用のつまみがほしい
「うーん。まとまりませんね……」
私は腕を組み、首をひねります。
(どれも流通している現金があれば解決すること。しかし、働き口なんてあるだろうか)
そもそも、妖怪同盟のお酒担当が小豆洗いさんの収入だけなんですよね。
……あれ? 広告収入があるってことは。
「先輩、広告収益って銀行振込ですよね?」
「一応、役所指定の地方銀で作れるからね。……あ」
「つまり、口座があると」
私は川男さんに向き直り、一呼吸置きます。
「川男さん、役所が管理する河川パトロールなんてどうですか? 増水時には見回り、巡回をするお仕事です」
「それは川の近くを立ってるだけでいいの?」
「巡回なので移動してもらいますが、決められた位置で順に立っているだけです」
「それなら……」
そしてガタロウさんにも声をかけます。
「ガタロウさん、魚を獲るのが得意なら川釣り講座を開くのはどうでしょうか? こちらの役所で月一なら開催できそうです」
「釣りなら得意だけど……こんな姿だよ?」
「大丈夫です。うちの職員の助手という形なら」
カワウソさんの方を見ると、目を合わせてくれません。
次に先輩が、小豆洗いさんに向けて真剣な声色で話しかけます。
「小豆洗いさん。動画内で緩急をつけるのはどうでしょう。一時間動画なら三十分は砂利と小豆を洗い、もう三十分は河童さんの甲羅で洗ってみるとか」
「なるほど……コメントでも飽きたと言われていたんよね。甲羅ならまた違った〝世界〟になるかもしれん」
「実写で手だけ映すとか、コメントでのリクエストに答えるっていうのも効果的かも。顔は映さなくていいので、たまにライブ配信で朧川の昔話をするのも教育的でいいかもですね」
「ふふふ、音の世界が広がっていくようや!」
目を合わせないカワウソさんを私たちは見つめました。
「ははは、皆んな仕事あって、いいなぁーなんて」
その発言に同盟たちが口々にツッコみます。
「お前さんもワシのようにまっとうに働け」
小豆洗いさんの言い分はもっともです。
「昼間っから、お酒ばっか飲んじゃってさ。ボクのお魚、全部食べるし」
ガタロウさんが口を尖らせます。
「宴の片付けもしないしね」
川男さん、たしかにそれはいけませんね。
すると、堪えきれなくなったのか、彼はちらりと私を見ます。
「……カワウソさん。皆さん、就職先が決まりそうですね。詐欺はよくないですよね? 働かないとですよね?」
「…………」
私の言葉に沈黙に徹しています。
「酒代はどうするんです?」
「働きたくない」
「では、カワウソさんだけ、飲めませんね」
みなの視線を一身に受け、小さく……ではなく、獣のカワウソの姿になってしまわれました。
後日。
一課の皆んなでとある居酒屋で飲み会がありました。
「らっしゃーせー!」
「しゃーせー!」
活気のある雰囲気とアルコールのにおいに、私たちは迎えられました。
……と、しょんぼり眉の男性に見覚えがあります。
「あれ? あの時の!」
「あ! 一課の!」
カワウソさん(人間形態)です。
タオルを頭に巻き、腰にエプロンの居酒屋店員スタイルに私は驚きました。
「ええと、働かないって言ってたんじゃ?」
「そうでしたっけ? いやあ、ここは天職ですね! 客がわたしに酒をくれるんですよ、はっはっは!」
「ええ……?」
つまり、お酒目当てでここに働いていると。
「ああ、これは労働じゃないよ。お金と酒はもらってるけど、宴の前準備。ね、天職でしょう?」
私は先輩に耳打ちします。
「あの日のカワウソさん、ここに……」
「知らなかったの? ああ、榊さんは居酒屋とか行かないか」
「知ってたんですか?」
「店主もカワウソだって知ってるよ」
ええ? 私だけ知らなかったんですか……?
先輩がいたずらっぽく笑います。
「人に化けるのがウマいし、酒の知識もある。それに愛想いいから客に好評みたいだよ。榊さんへのサプライズ成功だね!」
イエーイと一課の皆さんとカワウソさんが、私を置いてけぼりにしました。
この数日、カワウソさんをどう説得しようか悩んでいたんですよ。
最初から教えてくだされば、悩むこともなかったのに……。
私は甘いお酒と、カワウソさんおすすめの白身魚のフライをつまみにふてくされていました。




