第四話:屋根裏の御札
今日は日曜日。
私は高校時代からの友だち、夜久依子との待ち合わせに改札に来ていました。
「千紗ー! おまたせっ。待った?」
「ううん、今来たとこ」
依子さんは昔と変わらない笑顔をくれます。
昔よりちょっと色白になったようで、夏の太陽に白い肌が眩しく感じました。
でも小柄な体躯に似合ったショートパンツが、健康的で可愛かったです。
「あそこの喫茶店でお茶でもしよう。公務員になった記念に奢らせてよ」
「ええ? 依子だって電気工事士になったんでしょう? それなら私にも奢らせてよ」
私たちはくすくすと笑い合いながら、人の波に消えていきました。
店の中は冷気で満たされてて、私たちはやっと酸素が吸えた気がします。
メニューを開き、適当な飲み物を頼んで、依子さんの薄めの瞳を見つめました。それに気づいたのか、彼女も私の目を見つめ、口を開きました。
「あたしさ、千紗が公務員になるって言った時、ホントは心配だったんだ」
「? どうして?」
「だって、公務員試験ってとっても難しいって聞いていたから」
「それを言ったら電気工事士だって……」
「……まあ、第二種しか持ってないから。あたし、働きながら第一種も取ろうと思ってるんだ」
二種だって難しいって聞きます。それなのに依子さんは――。
「お父さんがやっていたからね。言ってたんだ。『電気工事士は女でも就ける唯一って言っていい職だ。手に職つけるのはいいことだぞ』って」
「そういえば、手先が器用でストーブの修理なんかも任されていたね。懐かしいな」
「あー、あったね。あたしみたいな女の子、変わってるって男子に言われてたっけ」
そうこうしている内に、アイスコーヒーとアイスティーが運ばれてきました。
カラカラと氷がコップの中で音を立て、私たちは同時にストローに口をつけます。喉を通る冷えた紅茶が、私の身体を冷却しました。
「そういえばさ」
彼女は半分ほど飲んだアイスコーヒーをストローで弄びながら、独り言のようにコップに話しかけます。
「あたしって小柄じゃん? で、狭いとこの作業はあたしに任されることが多いんだよね」
汗を吸った依子さんのTシャツは、もう乾いています。
「よく見るんだよね、御札」
「おふだ?」
スムース・ジャズが私たちの周りを取り囲み、彼女の返答を待っています。
「大体、斜めに貼ってある」
「ななめに?」
カラカラカラ。
ストローを回す速度を上げる依子さん。
「ボックスタイプの御札はドキッとする」
「ボックスタイプ……」
「これも体格採用のおかげかな。でもね、最近変なんだ」
ため息は香り高いコーヒーの香りがしました。
「ある家は西側だけ、またある家は北側だけ。で、法則があったんだ」
「それは?」
「あけぼの山の方向に御札が貼ってある」
五寸釘殺人事件のレンコンさんの遺体の山です。
そういえば、あそこの管理人さんと忌部先輩の関係も気になるところです。
「古い家ばかりだし、こないだの五寸釘殺人事件とは関係なさそうなんだよね。かなり古ぼけていたし」
「うーん、職場の人はどう言っているの?」
「それが、『よくあることだから、気にするな』って」
「はぐらかされちゃうんだね……」
残ったコーヒーを一気に飲み干した依子さんは、お冷で口の中をすっきりさせたようです。
「よかったら、私の方でもちょっと調べてみるね。詳しい人もいるし」
「ありがと。そういえば、一課ってどんなとこなの?」
「あー、市民の相談に乗ったりする場所かな?」
「そうなんだ。あたしもお世話になる時は、千紗が担当してね」
「……私のお世話にならないように、平穏に暮らせるのが一番だよ」
『怪異相談窓口課』なんて生きている人は関われません。なので、私は誤魔化しました。
「そうだよね! 今日はどこ行く?」
「バーゲン見たいかも。駅ビル行きましょう」
この日、私たちは服を買ったり、アクセサリーを見たりして英気を養いました。
◆◆◆
赤草市役所の二階には図書館が併設されます。
私は昨日、依子さんからの相談についてどう調べようか迷ってました。
「図書館で調べるとして、どういう文献を集めたら……」
「榊さん、なにか調べ物かい?」
どうやら声に出ていたようで、忌部先輩が隣に座ってきました。
「先輩、あけぼの山についてなにか曰くがあるのか、調べたくて」
「あけぼの山ね。どうしたの、突然」
「実は――」
私は先輩に昨日の話をしました。
彼は話を聞いたあと、額に人差し指を当てて、考え込んでいる様子です。
「いずれ教えようとは思っていたけどね。榊さんの友人の不安は消しておきたいね」
「じゃあ――」
「俺から教えたんじゃタメにならないだろう? まずは自分で調べてみるといい。でも、ヒントは必要だね。方角が関係するなら、民俗学かな」
「! ありがとうございます」
私は昼休みが待ち遠しくなっていました。
午前中は死亡届の写しや、ご近所トラブルなどの対応に追われ、お腹がいい感じに減りました。
『あの世課』も、もう少しこちらと連携できたら、幽霊さんに手間をおかけすることもないのに。
お昼をコンビニおにぎりで済ませて、私は図書館に向かいました。
司書さんにあけぼの山に関する明治と昭和初期の記録を探してもらい、文献に目を通します。
明治二十五年。
あけぼの山の土砂災害で祠が流され、御本尊も行方不明となる。 その後、村では疫病が流行したが、御本尊が見つかり祠を再建すると、病は収束した。
そして、これがあけぼの山の近代の信仰に繋がっている。
昭和三年
今度は大凶作が村を襲い、村民の三分の一が死亡する。そして、山の木々まで枯れ始めた。
調べると祠は荒れ果てており、新たな神主と山守が祠を立て直すと、村は再び豊作を取り戻した。
「なるほど、これが信仰に繋がったんですね」
私は文献をコピーし、スマホに要点をメモしました。
「でも信仰されているのに御札を貼るなんて……」
「あの、信仰されているから、ではないでしょうか?」
また私は独り言が漏れていたようで、司書さんに声をかけられてしまいました。
「どういうことでしょうか?」
「えっと、御札は邪気を祓う以外にも、神様の方角に貼ることで守ってもらうというのを本で読んだことがあるんですよ」
「ええ? そんなことが」
「土着信仰では珍しくないんです。だからお調べになっているあけぼの様のご利益にあずかりたくて、そんなこともあるのではないか……というわたしの予想です」
「なるほどです。ありがとうございます!」
「いえいえ、なにかの役に立てればいいんですが」
司書さんの話もメモに残して、私は依子さんにメッセージを送りました。
『あけぼの山の件、ちょっとわかったかも。直接、話がしたいから、お休みの日教えて』
それだけ送ると、役所のチャイムが鳴ってしまいました。
「それで、なにか収穫はあったかい?」
席に戻るとニコニコ顔の先輩が待ち受けていました。……コーヒーまで用意するおもてなし付きで。
「……はい。あけぼの山の信仰と不思議な現象、それと司書さんからのいい情報も」
「へぇ? いい情報って?」
私は先輩に御札の意味についての話をしました。
「うん。合ってる合ってる。いやぁ、後輩の成長を見れて、俺は感激だよ」
「せ、ん、ぱ、い?」
私はわざとらしく頬を膨らませて腰に手を当てました。
「あははっ。怖い顔しないで、業務に戻ろうか!」
先輩は自分の席にそそくさと戻っていきました。
◆◆◆
週終わりの夜。
私は依子さんとこの間と同じ場所で待ち合わせをしています。
左手にハンディファン、右手にスマホを持っている人は結構いて、親近感を覚えます。
「あ、千紗、いたいた!」
「三十分は待ったよ?」
「帰って着替えるのに手間取っちゃって」
「作業着でもいいのに」
「デートだもん」
「もう!」
こうして軽口を叩く友人がいるのは、いいことかもしれませんね。
「サイゼとラーメン、どっちがいい?」
彼女が聞きます。
「サイゼかな? ラーメン屋さんだとお話もできないし」
「だよね、あたしも言ってから気づいたよ」
歩いていると、キャッチさんがよく声をかけてきて困りますが、彼女といるときっぱり断ってくれるので、助かります。
小さくて、でも頼りがいがあって、とても素敵で。私にはないものを彼女はたくさん持っていて羨ましくもあります。
夜のネオンと生ぬるい風が私のスカートに当たって、通り過ぎていきました。
明るい店内にはたくさんの人がいて、空いている席を見つけるのに苦労しました。
メニューで料理を見繕って、スマホで注文します。
出てきた料理はいつも通り美味しく、私たちはワインを飲みながら談笑していました。
「そういえばさ、あけぼの山の件、どうだった?」
「あ、そうだった」
私はカバンの中から文献のコピーを出して、依子さんに見せます。
「明治、昭和にも? でもこれと御札の関係がわかんないなぁ」
「それはね、司書さんの話なんだけど、御札はなにも悪霊除けだけじゃなくて、神様のご利益狙いなのもあるんだって」
「ご利益……」
私は文献の要約と司書さんの話のメモを彼女にメッセージしました。
「つまり、あけぼの様(?)のご利益狙いってことか……。なるほどね。でも、今日のは山の方角と逆方向だったんだ」
「え、逆方向だったの?」
「そうそう。今まで見た家は全部山の方だったのに、今日だけ逆ね。で、ライン引きが屋根裏だったんだけど、それはもうびっちり、ランダムに貼ってあったんだ」
「…………」
そうなってくると話は変わるかもしれませんね。せいぜい五枚くらいだと思ってましたから。
「でね、その屋根裏でネズミと目が合ってさ。思わず『ニャー』って言ったよね」
「ええ? 猫のつもりぃ?」
「いや、とっさにだよ? どっか行ってくれないと作業できないからさー。でも今日は『ニャー』って返事したんだよ?」
「……ネズミって鳴き真似するのかな?」
あけぼの山には、まだ知らないなにかがある。そんな気がしてなりませんでした。




