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怪異相談窓口課へようこそ  作者: 江藤ぴりか


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3/7

第三話:時代遅れの幽霊さん

 猛暑日の続く七月。

 お昼休みから役所に戻ると、エントランスホールに幽霊さんがいました。

 白い着物を左前に着て、おでこに三角の白い布。足はぼんやりしており、あやふやです。

 これは間違いなく、幽霊でしょう。

 彼女は黒く長い髪を振り乱しながら、あたりをキョロキョロしてました。


「あの、一課にご用でしょうか?」

「っ!」


 声をかけると彼女は驚いた様子です。


「えっと、『怪異相談窓口課』は四階なんですけど、一緒に行きませんか?」

「あなた、わたしが見えるの……?」

「あ、はい。私も一課の者なので……」


 私は名札を掲げて見せました。

 幽霊さんはそれを食い入るように見て、安心したようです。


「じゃあ、エレベーターで行きましょう。こちらです」

「え、えれ……?」


 きっと現代の人ではないのでしょう。

 聞き慣れないカタカナに再び戸惑ってしまってます。


 エレベーターに乗り、四階に向かう途中も彼女はキョロキョロしてます。

 なんだか家に来たばかりの子猫のようです。


「なんだい、奇っ怪な箱だねぇ」

「階段より楽に上がれる便利な箱です」


『四階です』


 アナウンスが到着を告げます。



「ええっと、こちらの箱から紙を取っていただいて、番号が呼ばれたら窓口――あそこに来てください」

「はぁ……」


 気の抜けた返事と、番号札をしっかり握る手。

 私が待ち合いのパイプ椅子に案内しても、おっかなびっくりで座られました。


(ちょっとかわいい幽霊さんかも)


 現代に江戸時代の人がタイムスリップしたら、こんな感じになるんだろうなと、思わず笑みがこぼれました。


「でもこの書き方、読めるかな?」


 私は窓口にいる忌部いんべ先輩にアイコンタクトをし、彼の席に向かいます。


「あの幽霊さん、番号札の数字、読めませんよね」


 先輩はサムズアップをして幽霊さんの番号を呼びます。


『番号札、十九番のお客様、窓口にお越しください』


 アナウンスに驚いた幽霊さんが、キョロキョロと辺りを見回しています。

 すると、先輩は席を立ち、幽霊さんの元に足を進めました。


「こんにちは。十九番の方ですね。こちらにお座りください」

「あ? ああ、十九って読むのかい?」


 さすが、先輩です。

 お客様に合わせた柔軟な対応は私も見習わなくては。



 私は先輩の対応を勉強させてもらうために、窓口に同席しました。


「今日はどういったご要件で?」

「実はわたしは古くから幽霊をしていてね。肝試しに来る奴らの恐怖の感情を食べているんだが、最近じゃあ上手くいかなくて。もう、腹が空いて仕方ないんだよ」


「それで、近所の妖怪どもに聞いたら、ここで相談を請け負ってくれるってんじゃないか。だから、来たのさ」

「なるほど、なるほど」


 私は相談内容を書類に書き、うなずきます。

 先輩はにこやかに質問します。


「おっと、その前にお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ああ、わたしは『清水しみず』ってんだ。清らかな水って書くのさ」


 清らかな水、相談者の名前欄もばっちり埋めました。


 清水しみずさんは今は廃村になった墓地の近くに住んでいて、時々来る若者を脅かしているのだそうです。

 うーん、私から見ても原因は明らかなのですが……。


清水しみずさん、はっきり言いますが、あなたのその風貌ではもう今の人たちは驚かないと思います」

「ええ? こんなに恐ろしい姿なのにかい?」

「試しにいつもやっているように、驚かせてください」


 私にはもう見えました。

 絶対『アレ』を言うに違いありません。


「うーらーめーしーやー」


 清水しみずさんはビブラートを効かせて、両手を胸元にだらりと突き出しています。

 これは……もう……。


「それではダメです。典型的すぎて逆に面白くなっています」


「それに火の玉なんて浮かせて。これでは子どもも怖がりませんよ」

「どこがだい! わたしゃ年季の入った古き良き幽霊だよ!」

「古き良きすぎます」


 ……結構、はっきりした物言いで否定しますね、先輩。


「でも、外国の人なら怖がってもらえるんじゃないですか?」


 私は思わず口を挟みます。

 幽霊さんの顔は曇ったままです。


「……試したさ。でも『オー、ジャパニーズユーレイ』とかわけのわからない事を言いながら、平たい板を向けるのさ」

「めちゃめちゃ喜ばれたんですね……」


 忌部いんべ先輩は『ほれ見たことか』と顔に出ていました。


「もう、あなたの時代ではないんですよ。これを見てください」


 先輩が資料棚から取り出したのは心霊系のオカルト雑誌。

 これは先輩の独壇場になりそうな予感がします。


「黒く長い髪、白いワンピース、足はあっても裸足。これが今の幽霊の典型例です」


 先輩、それは心霊映画でよく見る幽霊さんですよね。


清水しみずさんとは対極ですね」

「そりゃ芝居のお岩さんを参考にしているからねぇ……」

「そこです! あまりにも現代に適応できていません。それでは今の子たちを怖がらせるなんて出来るわけがない!」


 さらにページをめくり、色々な女幽霊や怪異のイラストを、先輩は幽霊さんに見せます。


「見てください。これは八尺様はっしゃくさまという怪異なのですが、こちらも白いワンピースと、帽子も被られてます。そして長い黒髪です」


「あとは、赤いワンピースに黒髪の幽霊もいる場合もありますが、シンプルな洋服に長い黒髪が共通点ですね」

「なんだい、最近のはオシャレなのが多いんだね……」


 感心する幽霊さんとドヤ顔の先輩。

 幽霊さんが、ペラペラめくるページには様々な女幽霊や怪異のイラストが並んでいました。


「その天冠てんかんも今ならお笑いアイテムです」

「幽霊といえば、これじゃないか」


 そう言っておでこの白い三角布をなでました。

 あれ、天冠てんかんっていうんですね……。


「……先輩、そんなにはっきり言っていいんですか?」

「ん? そうでもしないと彼女は恐怖の感情を食べられず、もっと厄介な怪異になってしまうからね」


 私は先輩に小声で耳打ちしました。

 そうですか、恐ろしい怪異に……。


「しかしねぇ、確かに成仏していった幽霊たちの服は持ってはいるが、それを着るのは気が引けるねぇ」

「遺品みたいなものですからね。でも、あけぼの山の管理人なら新品の服を融通してくれますよ。ちょっと連絡してみますね」


 電話対応中、私は清水しみずさんを少し観察しました。

 その視線を気取られたのか、幽霊さんがこちらを見ます。


「あんた、ありがとね。ここに来て腹も満たされそうさ」

「あ、いえいえ。困っている市民の助けになれれば幸いです」

「ふーん、さかきっていうのかい。ほんとにいい娘さんだよ」


 ネームプレートには私の名前、さかき赤草市あかくさし役所第一課の文字。

 私にはこれが憧れだったのです。


 先輩は電話を終え、幽霊さんに笑顔を向けます。


「先方には良い返事をもらえました。明日の丑三つ時に、あけぼの山の登山口で待っているそうなので、そこでお洋服の件を伝えてもられますか?」

「わかったよ、あんたもいい男だね。生きてたら惚れちまってたところさ」


 そう言ってこの日、清水しみずさんは帰られたのですが……。




 数日後のことです。


「久しぶりだね、さかき

「えっ、清水しみずさん……ですか?」

「ああ、そうさ」


 数日前とは見違えた姿で怪異相談窓口課に現れました。

 ボロボロの白いワンピースに長い髪。裾から出た足は白く、裸足の足は土で汚れています。


「わぁ、すごく変わりましたね! お似合いになってます!」

「ふふ、褒めたってなにも出やしないよ。でも、まぁ、あの管理人はいいおうなだったねぇ」


 清水しみずさんは元が美人さんなのでワンピース姿がとっても似合ってました。


「それで、ここへはどういったご要件でしょうか?」

「……話が長くなるから、番号札とやらを取っておくよ」

「? はい。ではお待ちくださいね」


『番号札、九番のお客様。窓口までお越しください』


 窓口まで来ると忌部いんべ先輩がまたも応対にあたりました。


「おお、変わりましたね。それで、どうなさいましたか?」

「ああ、今度は〝はいくおりてぃー〟の〝こすぷれ〟(?)ですかと聞かれ、恐怖というより驚きの感情ばかりだ。これじゃ、腹が満たせやしないのさ」


 先輩から『ああー』という声が聞こえてきそうです。


「ええっと、驚かし方は……?」

「うらめしや、だけども」

「それじゃ意味がないです!」


 アップデートの大切さを改めて思い知らされました。


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