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怪異相談窓口課へようこそ  作者: 江藤ぴりか


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第二話:狐と狸のインプレ合戦

 令和十一年、五月。

 私はいつもより少し早めに出勤して、デスクでスマホを眺めていました。


「はぁ、タヌキさんかわいいですねー」

「おはよ……って、ニヤニヤしてどうしたの?」


 声をかけてきた忌部いんべ先輩は、私の教育係から直属の上司になっています。


「SNSで最近、タヌキの画像や動画が流れてくるんですよ。私の癒やしです」

「そうなの? 俺のとこではキツネが多いかな」

「先輩はキツネとタヌキ、どっち派ですか?」


 目を輝かせて私は先輩に聞いてみました。


「どっちも、かな。さかきさんはタヌキ派?」

「はい! モフモフの冬毛に、全力ダッシュしても遅い足、死んだふりのクオリティが低いのも大好きポイントです!」

「……それ、好きなところなの? ディスりじゃなく?」


 どうやら私の好きポイントは理解されにくいのかもしれません。


 ――キーンコーンカーンコーン。


 さぁ、開庁の時間です。

 私はスマホをポケットにしまって、窓口へ向かいました。



 そこには恰幅のいい男性と、細身の男性が立っていました。


「怪異相談窓口課、ここで合ってるんだな?」

「ええ、バカなあなたでもわかるでしょう?」


 ……なんだか、トラブルの予感がビンビンします。


「お嬢ちゃん。ワシたちは困っているんだよ」

「おや、番号札を取らないと、迷惑になるでしょう?」


「えっと、すぐにお呼びするので、番号札を持ってお待ち下さい」


 恰幅のいい男性が番号札を取ると、細身の男性は「これだから古狸は」と呟きました。

 仲は悪そうです。でも、トラブルを解決するのが榊千紗さかきちさの仕事です。


 ――ピンポンパンポーン。番号札十番をお持ちのお客様。窓口一番にお越しください。


「嬢ちゃん! ワシらは困ってるんじゃ!」


 勢いがすごいです。前乗りで顔を近づかれると、私は固まってしまいました……。


「まぁまぁ、タヌキさん。落ち着いて。お嬢さんも困っている様子だ」

「しかし――」


「あの、一からご説明願えますか……?」


 こんなことで先輩の手を煩わせる訳にはいきません。

 私は右手を小さく挙手して、抵抗をみせます。


「実はな――」


 恰幅のいい男性が言うには、自分たちは人間社会に溶け込んで暮らすタヌキとキツネ。

 最近、自分たちのSNSアカウントを収益化したは良いものの、インプレッションが伸び悩んでいると。


「……どうやら我ら以外の青バッチが投稿を真似して、工作しているようなんですよ。嫌ですねぇ」


 それだけ聞くと、この課の案件では無さそうですが……。


「最近、タヌキのおちゃめな投稿が増えていますもんね。私もかわいくてよく『いいね』してます」

「おお、ワシがそのタヌキであるぞ! ほれっ」


 漫画みたいに煙が出て、一匹の大きなタヌキが現れました。

 正直、おじさんの姿より、この姿の方が対応したいかもしれません。


「わっ、意外と大きいんですね」

「まぁ、ワシは古ダヌキだからな。獣のタヌキはもう少し小さいぞ」


 モフモフ撫でたいという誘惑に勝てそうにありません。

 そっと頭に手を置くと、ふわりとした感触に幸せホルモンが分泌されるのがわかります。


「なんと! こんなトンマな獣より、高貴なワタクシの方が良いですよ!」


 細身の男性も負けじと正体を現します。

 神社で見たおキツネ様(狛狐こまきつね?)より三倍は大きくて、毛色は黄色い如何にもなキツネでした。


「ふおおお。かわいいですね。キツネさんもいいなぁ」


「おっ、やっぱりキツネはいいですね。利口そうで」


 忌部いんべ先輩も騒ぎに乗じてキツネさんを撫でています。

 この時間がずっと続けばいいのに。


「ふふん、そうでしょう。ワタクシは神の使いですからね」

「なにを言う。人食いのバケモンの間違いだろ」


「カチカチ山の炎上作戦は失敗してましたねぇ?」

「中国の王様をたぶらかした女狐はどこへ行ったんじゃ?」


 モフモフたちのいがみ合いを見ていると、私たちも撫でる気が起きませんでした。


「日本の民話ではキツネの話が多いですもの。おわかりですか?」

「世界的に見ればキツネは悪く言われがちだろ。庶民派のワシらには及ばんよ」


 唸る獣たちをよそ目に、私は先輩に助言を仰ぎます。


「どうします?」

「昔から仲が悪いみたいだけど……それにしてもなんだか様子がおかしいね」


 私は先輩にSNSのインプレの話をします。


「それだけじゃ、うちの管轄外だね。なにか実害がないと」


「「実害ならかぶっているぞ」」


 そこは、仲が良いんですね。


「ワシはインプレの収益で生活し、妖怪になれないタヌキたちの世話をしとる」

「ワタクシもキツネ牧場の運営に携わっています。収益は二の次ですが、牧場の入場者が減っていってるんです」


 わー、やっぱり妖怪さんだったんですね……。


「「それもこれも、こいつのせいで収益が減ってるんだ」」


 ええ? 第三勢力は? あれ?


「あの、お互いのインプレッションを奪ってる青バッチさんとやらは……?」

「あ、そうだった。ついつい、熱くなってしまったわい」

「過去の投稿をそっくり真似してるやつがいるんでした、失敬」


 どうやらふたりとも落ち着いたようで何よりです。

 その様子を見ていた先輩が、なにかひらめいたのか口を開きました。


「その青バッチにDMをこちらから送りましょう」


 私たち三人は頷き、役所のアカウントから取材依頼のDMを送ることになりました。



『突然の連絡失礼いたします。赤草市あかくさし役所第一課の忌部いんべです。現在、市報掲載のため地域活動について、お話をお伺いしたいです』


「これでもし、怪異側なら何かしらの反応はあるはずだよ」

「無視されるんじゃないんですか?」

「いや? 一応うちの市の第一課って言ったら、怪異側ならピンとくるはずさ」


 送ってしばらくすると、既読マークがつきました。


「でも、ワシら側でも無視はあるんじゃないか?」

「いえ、こういう人は目立ちたいものですよ。もし人間だったら、こちらからお断りしますけど」

「企画が通らなかった……とでも送るのですか? まったく、マスコミの仕草もわかるんですね」


 キツネさんの言うとおりですね。

 でも、役所でもこういうことは割とあると、観光課の子も言ってました。

 はたしてこれで釣れてくれるのでしょうか。

 私は心の中で祈っていました。



 数分後。


『う し ろ』


 表示されたDMの文字は冷たかったです。


「うしろ?」


 キツネさんとタヌキさんのうしろに、ひとりのサラリーマンが立っていました。


 その顔は目も口も、鼻も眉もなく、のっぺりとしていました。


「うひぇあ!」


 私は叫び、机の下に隠れました。


「あ、いいっすね! 久々に素直に驚いてくれた!」


 リーマンは嬉しそうな声を上げ、隠れている私にもう一度のっぺらぼうを見せてきます。


「のののの、のぺのぺのぺのぺ!」

「わあぁ、怖いっすか? 怖いっすか?」


「あの、ちょっとその辺で……」


 呆れ声の先輩にしがみついて、私はうしろに隠れました。


「おまえ……ムジナか?」

「おや、タヌキの旦那じゃないっすか? どーも」


 ぼふんっと煙から出てきたのは、ふわふわの毛並みに目のまわりが茶色い獣でした。


「え、ハクビシンですか?」

「やーだなぁ。あんなのと一緒にしないでよ。あっしはムジナ。アナグマっす」


 え? でも見た目はハクビシンっぽいようなタヌキっぽいような。


「ま、お嬢の驚く顔で気分がいいんで、気にしないっすけどね」


「なにしに来たんです? 下等な妖怪ごときが」


 キツネさんがガルガルしてます。

 ちょっと怖いです。


「あんたら、調子に乗ってんじゃ、ねーっすよ」

「「あ?」」


「まぁまぁ。あなたが青バッチの『化かしあい』さんですか?」

「そうっすよ。いやぁ、お二方の醜い喧嘩は見ものでしたっすね」


 ステイ、ステイ! キツネさんもタヌキさんも敵意剥き出しすぎです。


「あの、お二人の過去ポストの転載しているのは事実でしょうか?」

「ん? そーだけど? 二人とも運用が甘いっすね」


 先輩の言葉に悪びれる様子はなく、そもそも獣さんの姿なんでわかりませんが、優雅に毛づくろいしている様は、挑発と受け取られるかもしれません。


「いっつもいっつも、あっしらはタヌキだキツネだとめっちゃ間違われて迷惑しているんっす。だから、二人の人気を奪うためにやったことっす」


「それはこっちの台詞だ! なんでいっつもワシらの真似をする?」

「そうですよ! ワタクシはムジナなんて下等な獣、妖怪とは認めてませんからね」


 ヒートアップする三匹。

 呆気にとられる先輩と私。

 落ち着いたところで、キツネさんとタヌキさんに私から提案をしてみることにしました。


「えっと、まずはムジナさんの投稿が自分たちの投稿の転載であることを、ポストしませんか?」

「それから、ポストごとに通報の呼びかけと、SNSの運営に通報しましょう。そうしたら、なにかしらの対応はしてくれるはずですけど」


「「そ れ だ !」」

「ええ、本人がいる前で提案するっすか?」

「いや、違法転載ですし」

「正論はやめるっす」


 そうなんです。

 この問題は、怪異相談窓口課というより、自分たちで解決すべき問題なんです。

 然るべき対応をして、対処をすればムジナさんのアカウントは凍結されます。


「ま、別アカで帰ってくるっすよ。不死鳥っす」

「少しは反省してくださいよ……」


 私の声はムジナさんには届かなさそうです。




   ◆◆◆


 数日後。


「『化かしあい』さん、凍結されちゃいましたね」

「まぁ、仕方ないよね」


「……ところで、ムジナってなんですか?」

「そういうとこ、勉強してこうな」


 私と先輩はコーヒーを飲みながら、昼休みを平和に過ごしました。

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