第一話:レンコンさん、ご来庁
「今日から来た新人って君? ようこそ怪異相談窓口課へ」
私、榊千紗はこの度公務員になりました。
役所務めになるはずだったんですが……。
「榊さんだね、俺は君の教育係になった忌部政久。よろしくね」
忌部さん。
温厚そうな顔の人で良かった。
配属先の名前が名前だけに、怖そうな人を想像してました。
「あの、私こんな課が役所にあるなんて知らなかったんですが、どういった仕事をするところなんですか?」
彼は表情を緩ませて、私に説明してくれます。
「ああ、初めてだといまいちわからないよね。ここは怪異さんたちの相談を請け負う課なんだ」
「えっ、名前のまんまですね」
「まぁ、普通の人を相手にするのと変わらないよ。少し不思議な住民の人を相手に、ここで解決すべきか判断するんだ」
目をパチクリしても、彼は気づいてないのか、業務内容の詳しい説明に移ります。
もしかして、とんでもないところに来てしまったんじゃないかと思っていると、早速受付に住民さんがやってきました。
「あのー、ここで相談を聞いてくれると、聞いたんですが」
私は目を見張りました。
だって顔も身体も、全身穴だらけのレンコンさんだったんです。
「ひょえっ」
私もいきなりのことで思わず声が出てしまいました。
ああ、レンコンさんが顔を歪めています……。
「すみません、新人なもんで……」
レンコンさんは先輩の言葉で笑顔になります。
「そうなの? 驚かせちゃったね。死亡届の写しをもらえますか?」
え、そんなの聞いたことない……。
「はい。ではこちらの用紙にお名前と住所をお書きください.。それと、生前のマイナンバーカードなどの身分証はございますか?」
「あ、持ってます。これでいいですか?」
「……確認できました。それではこちらにご記入を」
先輩は笑顔で対応しています。
私も見習わなくちゃ。
レンコンさんが書類に記入している時が、謝罪のチャンスです。
「大変申し訳ありません。新人とはいえ、ご不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
レンコンさんは書類とにらめっこを終えて、紙を渡してくれました。
「いいんだよ。はいこれ。これで合っているかな?」
先輩が私に指導しつつ、対応します。
「……はい! では写しを持ってきますので、おかけになってお待ち下さい」
私はPCの席に移って、照会します。
『立川圭吾。令和十年十一月八日死亡』
この名前には心当たりがあります。
センセーショナルなニュースでした。
去年から行方不明になっていた男性が、山奥で発見されました。
遺体の状態は、全身に五寸釘が刺さっていたそうです。
――顔も、身体も。
だから、穴だらけだったんですね……。
「先輩、どういうことですか? 発見されて二ヶ月の無言の帰宅の人じゃないですか」
「どうもなにも、〝そういうこと〟だよ。亡くなられた人や妖怪なんかがこの窓口に来るんだ」
えーー? いやいや、なんで?
あ、説明はされてましたね。
でも、信じがたいです。
目の前の事実は、小説よりおかしなことになってます。
「立川様。一番の相談窓口までお越しください」
私が呼ぶと、レンコンさんこと立川さんが来てくれました。
「ええっと、こちらが写しになります」
「それで、どういったご要件でこちらに?」
先輩が神妙な面持ちで尋ねます。こうして不思議な住民さんに寄り添うのも大事なんですね。
「あー……ははは。実はあの世課への提出兼、現世での困りごともありまして」
「ええ、存じております。オカルト掲示板でも、その話題で持ち切りでしたもの」
初耳です。
忌部さんってそういう趣味、いえ、きっと仕事のためなんでしょう。
「あの、どういうことでしょうか……?」
私の表情を見て、察する立川さんと先輩。
「いやね、近頃、僕の家を夜中に訪ねたり、遺体発見現場の山に不法侵入する人が増えちゃって。困ったものだよ」
レンコンさんの声は、まるで近所の噂話のようなトーンで私に顔を向けてきました。
表情は穴だらけなので、わかりませんが。
「榊さん。こういった相談を調べたりするのも、ここでの仕事だよ」
先輩がノートPCを持ってきて、オカルト掲示板のスレッドを見せてくれます。
『五寸釘殺人事件』
『(画像)犯人、わかってないとか、怖すぎ』
『行ってきた。(画像)めっちゃ山だった』
『こっちは被害者の家(画像)』
プライバシーもあったものではないですね。
「これは……ご家族や山の所有者が迷惑していそうですね」
「そうなんですよ! 近所の人も不気味がっちゃって。家族も村八分状態なのが、心残りなんです」
怒りなのか悲しみなのか、全身の穴から赤い液体がピューッと出ちゃってます。
「あわわ、汚れ……てない?」
地面に着地すると液体は、消えてしまいました。
「あくまで霊体だからね。というか、榊さんがここに来たのも、〝見える〟からだよ?」
「はじめて知りました……」
どうやら私は幽霊が見える体質だったようです。
でも試験や面接でそれがわかるのでしょうか?
「警察に同僚が犯人だって何回言っても、伝わらないわけだ。幽霊になった気分だって思ったら、ホントに幽霊になっているんだもん。面白いね」
面白くないです。
でも立川さんと先輩はなごやかに笑っています……。
引きつった顔を戻して、話を進めましょう。
「生前のご住所、遺体発見現場の二箇所での被害ですね」
「そうです、そうです。あの世課に言っても民事不介入だからって取り合ってもらえませんでしたし……」
私は書類に相談者(?)の相談内容と被害の状況をメモしていきます。
先輩の顔をふと見ると、うんうんと頷いてます。
「……先輩、思ったんですけど、犯人を知っているならここから通報して情報をリークした方がよくないですか? 今は捜査中ですし」
「ダメなんだよ。死者の証言は警察にもどうにもできない。というか法律で幽霊の証言は採用しない。俺たち役所の人間も個人情報法保護法で通報も出来ないんだ」
「そうなんだ? 僕ならここで思う存分〝うたう〟のに」
うたうって、なんでしょう?
「〝うたう〟は証言するっていう意味だよ」
先輩、ナイス解説です!
「ええと、遺体発見現場の山は『あけぼの山』でしたか?」
「そうそう。殺されたあと、たくさん釘を打たれたんだ。はっはっは」
笑い事じゃありません。
「相当、恨まれてたんですかぁ?」
「いいや。彼は日頃から仲良くしていたつもりなんだけどね。勧めてくる映画がグロものばかりだったくらいで」
「「はっはっは!」」
もう、ついていけないです……。
書類をひと通り書き終わる頃、先輩は市のジャンパーを羽織ってました。
「さて、調査に行くから、榊さんもついてきて。これ、羽織ってね」
紺色に『赤草市』の白い文字。
憧れのジャンパーをここで羽織ることになるとは、感慨深いです。
先輩と私の分の出張手続きはその場で受理され、私は早速、ジャンパーを羽織って腕章をつけます。
おお、一端の職員さんじゃないですか!
そんな喜びは一瞬でした。
公用車に乗り、助手席に座ると、後部座席にはレンコンさんがいるんですもの。
まるで幽霊タクシーじゃないですか。
「なんか、よくある怖い話みたいですね、僕」
バックミラー越しに確認すると、立川さんは頬をポリポリ掻いています。
……自覚、あるんかーいとツッコむのを抑えて、声をかけました。
「立川さんは、不安じゃないですか?」
「まぁ、そうですね。でも役所に行く前に何度も通ってましたし」
先輩が私に耳打ちしてきます。
「未練がある霊には、まず『話を聞く』。これは出来ているね。緊急用にこれを渡しておくよ」
そう言って渡されたのは、百均ショップにあるようなチープな容器。
側面には白地に黒文字で『赤草市役所・一課備品』のテプラ。
くるりと回すと『盛り塩スプレー(緊急用)』と書かれていました。
「これは……」
「暴れそうになったらこれを吹きかけて、大人しくさせるんだよ。あくまで緊急用だからね」
とても、不穏です。
現場の『あけぼの山』に着くと、駐車している車が目立ちました。
「あー、まだ聖地巡礼する人がいるんですねぇ」
立川さんの声色は諦めたように聞こえます。
「ニュースでも最近、特集されてましたしね……」
先輩の雰囲気がなんだか恐ろしいです。
発見現場に行く途中の山道は登山客もちらほらいますが、中にはスマホで撮影しながらの人もいました。
「先輩、あれって」
「心霊系配信者、だろうね。撮影機器は回してる?」
ここに来る前に、胸元に小型カメラを設置して、録画中です。
なんでも『こうすると揉めた時に、役に立つから』と。
なるほどです。つまりは、ここは危険な場所ということですね。
それにしても、亡くなられた本人と心霊スポット調査とか前代未聞です。
先輩も目が爛々《らんらん》としてて、私はますます怖くなりました。
現場にはひとりの配信者が撮影中でした。
「五寸釘殺人事件の遺体発見現場ですが、規制線が貼ってんね。え? 入っちゃえだって? オッケー、中に入りまーす」
私たちは侵入を確認すると、ネームプレートを掲げて、姿を見せます。
「赤草市役所、一課の忌部と申します。自然環境保護条例、および私有地の不法侵入を確認しました。まずは配信、止めてくれるかな?」
「ちょ、役所の人間が来たんだけど。配信は止められないんっすよー」
この男、平気で嘘をつきますね。
「では、スマホを下げて、映さないようにしてください」
私もマニュアル通り、注意します。
「うわ、へらへらしてるなぁ。ここに死んだ本人もいるのにね」
立川さんは黙っててください!
男はスマホをポケットに突っ込みます。
「なに、オレはここで登山していただけなんですけどぉ? たまたま知らないとこに迷い込んだだけなんですよ」
反省の色が見えませんね。
「ここで撮影していたことも、規制線を越えたところも録画済みです」
私は左胸の小型カメラを指さします。
「あれー? 役所の人間は撮影オッケーなんですかぁ? お姉さん、それは違くないっすかぁ?」
男はポケットのスマホを掲げて、挑発してきます。
「榊さん、なんとか言ってくださいよ!」
レンコンさんは興奮しているのか、穴から赤い液体を放出しています。
「撮影許可はここにあります」
先輩が書類を渡すと、男はニヤリと笑います。
「ええ? じゃあオレにもくださいよ、撮影許可。オレらには発行してくれないんっすかぁ?」
「こいつ、ムカつきますね! 僕がいること、言っていいんですからね」
それは出来ません。
あと、鼓動するようにピュッピュッと液体を撒き散らさないでください!
「身分証の提示をお願いします」
「嫌と言ったら? 〝忌部さん〟、〝榊さん〟?」
自分の名前は名乗らないのが、上だと思っているんでしょう。
でも、スマホに目を落とすと、彼の顔色がみるみる青ざめます。
『ふたりの間に変な影、あるよな?』
『なんか、レンコンみてぇ』
「は? まさか……えっ、ぎゃああぁぁ!」
ああ、立川さんが興奮しているから、レンズ越しなら見えるのかもしれません。
スマホをほっぽりだして、逃げ出してしまいました。
「え? 僕、なんかやっちゃいました?」
レンコンさんはまだ液体を放出しています。
「そんな『なろう系』みたいなこと、実際に聞けるなんて……」
私はため息をつきます。
「立川さんというか、幽霊が興奮すると、レンズ越しなら見えちゃうんですよね。このスマホは押収して、連絡先に連絡して持ち主を特定しましょう」
「助かります!」
立川さんは嬉しさで液体の放出量が増えています。
シュールです。
役所に戻り、先輩からまたも助言がありました。
「そうそう。対外的にはこの怪異相談窓口課は『一課』ってことになってるからね。生きてる人にはそう告げてね」
「あ、そうなんですね! メモしときます」
小さなメモ帳に書いていると、先輩と立川さんの会話が聞こえてきました。
「今日は所有者に許諾出来ていませんでしたが、これからはご家族や山の所有者に事情をお聞きして、警察とともに連携して対策していきます」
「それは、よかった。僕も心置きなく『あの世課』に死亡届の写しを提出出来ます」
その時でした。
レンコンさんが淡く光り、粒子になって消えてしまいました。
「先輩、これは……」
「成仏もとい、あの世課に行ったのさ。立川さんは優しい人だったみたいだね」
不思議な光景です。
ここは『怪異相談窓口課』。
生きている人間には用はありません。
でも、幽霊や妖怪さんが訪れるそんな窓口です。
あなたが、死んでしまった時、この窓口のことを思い出してください。
私たちが心を込めて、ご相談にのります。




