宿るモノ
帰り道、鹿島さんから貰ったフライヤーを見ながら歩く。
アントガールズの名前と共に同日のバンド名が連なる、そして行った時には緊張で見てなかったライブハウスの名前がある。
「スパイスボックス」
どうやらライブハウスの名前だ、どうなってこのスパイスボックスと言う名になったのだろう。
店長のサトルさんが命名したのか?
現在、つむぎ亭の新メニュー名を任された自分にとっては気になるところ。鹿島さん達のバンド名アントガールズも他の出演バンド名も、名前が全て気になりだしている。
名前を付けることは意外と難しい、付けられた時から今後ずっとその名前で呼ばれていくものだ。
自分の名前も本当の両親からの贈り物、これだけは両親が亡くなっていても側にある。
そう考えるとより深みにハマり、考えていた名前候補がしっくりこない。
「うーむ、どうしよう」
「何やってんのあんた」
聞き慣れた声に顔を上げる。
いつの間にか姉が横に居てフライヤーを覗いていた。
「うわ、やめろよ」
「あんたライブハウスに興味あったっけ?」
しっかり見られた上で声を掛けてきたようだ、こうなっては姉に隠すよりハッキリ言ってしまう方が、被害は少ないだろう。
「友達の……あの鹿島さんがバンドやってて出るんだよ」
「え?詩華ちゃんバンドなの?オーケストラとかじゃなくて?」
どこからオーケストラが出て来たのかと思ったが、鹿島さんの父はピアニストだ。結びついてもまあおかしくはない。
「キーボードやってるんだよ、今度の日曜観に行く」
「へ〜ほわほわしてたけどカッコいいも持ってるのね〜」
姉の感想には同感だ、普段の様子がほわほわのんびり系だが演奏中や、勉強会の時もキリッとカッコよくなる。
「姉ちゃんは何してんのこんなとこで」
家が近いと言え道端で捕まるのは珍しい。
「コンビニ行ってたらアンタが見えたのよ」
色々悶えていた姿を見られたのか、恥ずかしさが込み上げてくる。
そのまま二人で帰宅、今は父も母も店だ。
店休日じゃ無ければ姉と二人になる事が多かったが、姉は大学生だからか不規則に動く。
ちゃんと単位は取ってると言うが、普段の動きが謎なとこがある。これで店のバイト手伝いもやっているし、時間の使い方が上手いのか行動力があるのか……
福羽含めつむぎ亭のイベントに来たクラスメイトは皆口を揃えて言う。
「茜さん美人だよな」と。
正直分からない、小さな頃から見てるし姉と弟、血の繋がり薄くとも自分にとっては暴君みたいなものだ。
浮いた話も聞かないが、友達が多そうで自分と逆属性だと思う。
「何よ、人の顔見て?アイスはあげないわよ」
「……いらないよ、少ししたら自分店行くからね」
「あれ?アンタも今日バイトだっけ?久しぶりに洗い場の成長を見せてもらおうじゃないの」
「マジかよ……」
バイトに出る前からプレッシャーで疲れる、とりあえず着替えてバイトまで休もう。
ニコニコでアイスを食べる姉を尻目に自室へと籠った。
その日の夜は久しぶりに家族全員揃った営業となる。
姉は宣言通りにチラチラと洗い場の自分を伺う、非常にやりにくいが自分も教わった時から成長したはず。
問題無く作業をこなしていく。
「お、どうしたの今日?なんだか気合い入ってるじゃん〜」
キッチンから蓮がからかってくる。
「姉ちゃんが見てくるんですよ」
「あー茜ちゃんはチェック厳しいからな〜」
「何よ二人共、ちゃんとやれているか成長したかは大事な事よ」
またもチラ見していた姉が入って来て蓮さんは逃げた。
「全く……それはそうと動けるようになったじゃない」
「……まあ、少しはね」
姉はうんうんと頷いてまたフロアに帰って行った。
なんなんだ一体と息を吐いたところで、時計を見ればそろそろ上がりの時間だ。
洗い場は区切りが付いているし、キッチンの物を洗おうと中に入ると父が声を掛けてきた。
「優斗もだいぶ板についてきたか、そろそろ……中営業やるか?」
「え?」
父の意外な言葉だ、これまで危険だと言う事で十年間営業中のキッチンには基本立ち入らないのが、暗黙のルールとなっていた。
「優斗も十六歳、正式なバイトとして契約したからな。やれる事は増やして貰おう、蓮残り何がある?」
「明日のスープ仕込みありますよ!」
「ふむ、ちょうど良さそうだ蓮に付いてまず見ていけ」
「はい!」
少し嬉しかった、これまで近くに見ていても関われなかった部分である。大鍋前に居る蓮さんの側に寄り仕込み風景を見せてもらう。
「明日はオニオンスープだけど……サービススープとオーダースープがウチにあるのは分かるよね?」
「はい、注文が入ったら仕上げ出す特別なスープですよね?」
「そうそう、そっちは営業中に入ってからだから今日はサービスの方だ」
つむぎ亭の一部メニューにはスープ付きメニューがあり、そちらの方を仕込むらしい。
流石に量が多いから大鍋仕込み、中に炒められてる玉ねぎの量にイベントで福羽と仕込んだビーフシチューを思い出す。
ベースは同じなんだろうか?焦げ付かないように底の方から持ち上げるように炒めていく、ある程度炒め出していたのか全体は茶色く香りが立っていた。
「よし、ここにあらかじめ作っていたブイヨンを小分けに入れていくんだ。レシピはまた教えるよ、少しずつ温度を下げないように入れていくんだよ」
蓮さんの慣れた手つきに見惚れる、ただブイヨンスープを入れていくだけなのに綺麗だ。
全てのブイヨンを入れ切ってよく混ぜてる、火は付きっぱなしで全体加熱しているのか。
「玉ねぎの旨みを十分に出したスープ、飲んだ事あるでしょ?シンプルだからこそ美味いよね」
「ええ、お客さんからも料理に合うホッとするスープって人気です」
「お、嬉しいね!中に居ると食べる人の声って生で聞けないのよね」
フロアなら対面しているがあくまで運んだスタッフ。実際作るスタッフは料理を見送るところまでになる。もちろん可能な限りお客さんから貰った反応は伝えるが。
「見にくい場所に居るからこそ、食べる人の事を想うんだよ?コレはオーナーからの受け売りだけど」
蓮さんはウインクしながら教えてくれる、父達はこの想いと空間でやってきているのかと辺りを見渡した。
いつもと違って見えてくる。
ただ調理器具があるわけじゃなく、見えないモノが確かに宿ると感じていた。




