姉教官
バイト洗い場三度目の日、教育係が付いた
「じゃ茜ちゃん優しくね」
蓮さんは笑顔振り撒きキッチンへ
「…姉ちゃんが教えてくれるの?」
「何よ不満なの?あんたが凹んでるって聞いたから優しいお姉ちゃんが来たって言うのに!」
「いや、不満とかじゃなくて出来るのかなって」
「優斗が知らないだけで私もここからスタートだったのよ」
初耳だ、キッチン補助はこなせると聞いていたがメインはフロアのイメージしか無かった
「どうせあんたの事だから手元しか見えてないんでしょ」
グサリと刺さる事実に反論が出来ない
「まず開店してすぐは見る事予測する事からなのよ」
そう言って姉はフロアとキッチンの両方を見比べている
「洗い場ピークまで後十〜十五分ってとこね、優斗先に鍋関係やっちゃいなさい」
言われるがまま仕込みに使われた鍋を洗っていくと
「そこで顔上げてフロアを見える範囲でチェック」
下げた皿やグラスを溜めるボックスを指された
「今三十%ってとこだから十分もしたら一回転目が来るわよ」
そんな事を見てるのかと感心する
「今の鍋どかしてスペース確保なさい、最優先はグラス!お皿は重ねて湯張シンクに沈めとく!」
熱血教官のように指示が飛んでくる
「充分ボックス溜まったから交換!交換時にフロアをチェックして第二陣予想を立てなさい」
溜まったボックスを空のボックスに替え戻る
「ざっくり第二陣までの間使える時間とハンドスピードの差を計算出来るように身体で覚えなさい」
姉がどんどん体育会系になるが、言ってる事は理論的だ
とりあえずグラスに集中して洗い終えて次の皿に移ろうとした時…
「ストップ、ここでまたフロアボックス見てみなさい」
内容量的に五十%くらいだろう
「うちの回収スピードだと容量が足りないわ、だからアレを先回収」
半分なのに?と思いながらボックス替えをする
「今がチャンスよ全力で洗いなさい」
チャンスなのか?不思議なリズムと言うかテンポがまるで違う世界だ
とにかく洗う、ひたすら洗うと繰り返し…
「はい、また前を見る!」
今度はボックスが70%程である
「さっき変えてなかったらアレが山盛りでアンタのタイミング無視して運ばれたの」
「あ…」
確かにそうだ、前回までリズムを崩される要因は追加追加で洗う事しか出来ない状況に追い込まれたのだ
先取りしたおかげで洗うスペースも余裕がある
サッとボックス替えを行い洗い物を進めて行く
途中途中「前を向け」の鬼教官が鞭を振るう
情報を得て判断するとはこう言うことか
ハンドスピードも必要ではあるが、先取りの判断で必要な時に集中し状況を見極めるメリハリが大事だと気付く
そうこうしている内に二十一時となり終了の時間となった
結果、荒れる事なく前回より遥かに多くの洗い物をこなせた
しかも身体への負担が軽い
「まあまあね、これを声無しで自己判断出来れば更にスピードもクオリティもチームワークも上がるのよ」
「姉ちゃん…凄かったんだな…」
「はは!どうやら上手くいったみたいじゃん!」
蓮さんが笑いながらこっちに来た
「茜ちゃんありがとね!」
「いえいえ、まだまだだけど優斗なら出来そうよ」
サラッと期待の言葉が嬉しい
「優斗、茜も最初はお前と同じだったけど改善していったんだ」
父もキッチンから出てきた
「蓮から茜、茜から優斗と繋がる技術を忘れないでくれな」
そう言って父は頭をポンポンと叩いた
(この洗い場も継がれていってるのかぁ)
店の歴史の一端を垣間見た気がした




