9 王太子の苦悩 2
「なぜうまく行かない」
隣の小国バドの占拠は短期間で終わった。
軍事作戦には半月もかからなかっただろう。後は戦後処理で終わるはずだった。
しかし滅ぼした小国の向こうにある大国が、牙をむいたのだ。秘密裏に同盟を組んでいたのかもしれない。
さすがに大国ザフラを打ち負かすことが何げなことは王太子にも分かっていた。
彼に分からなかったのは、周りを賛同者ばかりにする危険性だ。
「ザフラを滅ぼすにはどうする?」
「邪心アダールを信仰するザフラには、女神の加護が得られません。我々の聖なる力の前に、すぐひれ伏すでしょう」
「魔道砲と魔道バリスタの威力には奴らも手出しができません。ぜひ攻め滅ぼすべきでしょう」
聖女は宗教的な視点でしか物事を見られなかったし、側近は王太子の望む回答しか答えない人間で固めていた。
もしそこにシルビア・サフランがいたら、どんな手を使っても止めたであろうが。
王都では物価の上昇が止まらない。兵器を起動させているため、魔晶石も底をついた。
(これでは魔道砲が使えぬ)
小国を滅ぼしてから、なぜか思う通りに行かない。
バリスタは魔法使が魔力をこめれば済むが、魔道砲は燃料として魔晶石が必要だ。一気に使えなくなる。
大国相手には魔道砲の攻撃は必須だと言うのに。
「北西のウィード国なら鉱脈もあるし、弱いはずだ。そちらを先に攻め落とし、魔晶石を奪うぞ」
彼の意見に異を唱える者はいなかった。彼の暴政につき合って尻拭いをしていた元婚約者はもういない。
戦線の拡大は決定事項になって行く。
終わらぬ戦争に民の不安は増大し、王都の混乱はより一層激しくなった。
「ええい、地方から食料と魔晶石を徴収せよ。この混乱をひとまず抑えるのだ!」
命令を出しても役人たちの動きは遅々として、なかなか実行されない。
「今まではすぐできていたのに、なぜだ?」
宰相を呼びつけて詰問すると、困ったように返答された。
「今までは役所同士の足りない部分を補い、つなげる方がおったのですがのう‥」
「そんな重要な者を手放したのか? いったい誰だ」
王太子はイラっとして宰相につめ寄った。
「殿下の罵倒に耐えかねて、みな出て行かれました」
「あの程度で? それはただやる気がないだけだろう」
宰相困り顔は収まらない。
「せめてサフラン令嬢だけでもいてくれれば違ったのでしょうなぁ」
「は? なんであんな女を出す」
彼にとって捨てた婚約者。たしかに官僚たちから評判は良かったが。
「あの方と協力してなら、何とかできたやもしれませぬ」
「あんな無能な奴が?」
ふうっと宰相はため息をつく。
「あの方はできることとできないことを見分け、できる部署を結び付けることに才能が特化しておりました。王妃としては足らなくとも、王宮には必要な人材だったのですよ」
宰相の言葉を聞いた王太子は鼻で笑う。
「は、まさか」
「虚偽は申しておりませぬ。現にこの混乱はあの方がいなくなってからではありませぬか」
真剣な宰相の言葉に、王太子の顔から血の気が引いて行った。
「なぜそれを早く言わない!」
「それに関してはこちらの落ち度ですが、いなくなってやっと彼女の働きが分かりました。いつも何をやっているのか分からない内に解決させている方でしたから」
元婚約者のシルビア・サフランが具体的に何をしていたのかは王太子も覚えていない。
(何もやっていないようで、役に立っていただと?)
王太子は混乱する。そんなこと知らなかったのだ。追い出した決断が間違っていたと?
しばらく言葉を発することができなかった。
(この私が間違っていただと? そんなことありえない!)
王太子には自分の過ちを自覚できなかった。
「な、なら奴を呼び戻せばいい。行政官でも何でも」
そうすればこの場の混乱は収まるはず、と彼は浅慮する。
「しかしペレニアル地方は戦禍の影響が少ないとか。サフラン嬢のおかげでしょうなあ。オーキッド伯が手放さぬかと」
「奴の成果だと決まった訳でもない、さっそく手紙を送れ!」
宰相は「承知」と王太子の元を去ったが、去り際に一言つぶやいた。
「もう遅うございましょう‥」




