8 王太子の苦悩 1
ブルーム国の王太子には、これまでの人生で大きな悩みなどなかった。
煌びやかに着飾り周りからの称賛を受ける、それが彼の仕事である。
「殿下、こちらの書類に不備がございます。もう一度ご確認を」
口の悪い婚約者には不満だったが、それ以外の無能は怒鳴りつけていれば勝手に辞めていく。
恵まれた立場の王太子には元々意気地のない奴らが集まったとしか思えなかった。
彼は少しずつ周りを自分の信奉者に置き換えて行ったが、婚約者のシルビア・サフランだけはしつこく残っている。
彼女は公爵家の令嬢と言う立場を笠に着て彼の言いつけに逆らうのだ。
「何となく嫌ですわ」
「気持ち悪いのでやりません」
そんな人間に王妃の座が務まるとは思えない。
式典で訪れた教会の聖女、ビビアン嬢の方がよっぽど自分に尽くしていると、彼は信じていた。
「殿下のおっしゃる通りですわ」
ビビアンは彼にとって一番必要なことだけしか口にしない。
「ああ、聖女ビビアンが私の婚約者だったらなあ」
つい愚痴をこぼすと側近たちは次々と追従する。
「まったくでございます」
「お前たちもそう思うか。シルビアとの婚約はどうにかして破棄したい。良い考えはないか」
昔と違って彼の側近は優秀だ。父王から了承を得てパーティーでのやり取りを計画する。
ビビアンを王太子妃の立場に着ける計画は着々と進んだ。
「何、王都で物価が上がっている? 商品の流通が滞っている?」
民の声にこたえるのは為政者の務めだ。
「そんなもの、他国から奪ってしまえば良い」
前々から領土を広げる計画を立てていた。隣の小国なら簡単に撃破できると側近たちに調べさせていたのだ。
「新兵器の魔道バリスタなら、敵の城壁も破壊可能です」
きちんと実証結果も出させた。
(数字は嘘をつかないからな)
彼にとって都合の良い数字しか計算させていないとも気づかず。
「その方向で進められるのでしたら、わたくしは手伝いません。気持ちが悪すぎます」
しかしこの完璧な計画をシルビアは拒否した。
しかも命令不履行の理由は気持ちが悪いから、である。
「王太子妃として失格だぞ」
「構いませんわ。どうぞ婚約を破棄して下さい」
(私情もはなはだしい。ふん、言質は取ったからな)
「お前は私の命令にことごとく反発し余計なことばかりした。王太子妃にふさわしくない。私は愛する聖女ビビアンと婚約する!」
夜会での断罪は計画通り行われた。
「ビビアンは泣きながら私に打ち明けてくれたのだ。貴様から陰湿な嫌がらせを受けていると」
嫌がらせを受けていたのは即興だが、王太子が言えばそれが真実になる。
唖然とした顔の女を見るのは気持ちが良かったが、まさか殴りかかってくるとは彼にも予測はできなかった。
「あんな暴力女、処刑してしまえ」
怒りに任せて怒鳴りまくったが、それでもサフラン公爵の影響力は大きい。シルビアの処遇は辺境送りで済ませた。
「シルビア様、お可哀そうですわ。ペレニアルを治める辺境伯は妻を追い出す冷血漢なのでしょう?」
ビビアンは優し気に同情を寄せている。
「まあ、この私に殴りかかったのだ。役には立ってもらおう」
もし王命で送り付けたシルビアを追い出すようなら、攻め入って滅ぼす名分になる。
広大な領地を持つ辺境伯など王家の邪魔でしかない。
彼には、何もかも都合良く片付いているはずだった。
「王都の物価が下がらない? ええい戦勝の高揚で覆い隠せ!」
しかしそれも一時しか持たない。
「魔晶石が足りない? 輸入すれば良いだけだろう。は? 高関税のせいで値が上がっているだと?」
魔晶石の欠乏は痛かった。国庫はたくわえが乏しくなり、町には困窮した民であふれる。
国は、確実に傾いていた。
数字は嘘をつかない、使ってみました(笑)




