第9話 ちゃんと辛かったよ
次から隔日投稿にすると言ったな
あれは嘘だ
『この先立ち入り禁止』
昼が終わり、空が赤く塗り潰される刻。
この世界の文字でそう書かれた古びた看板が、燃えるように赤く染まりながら立っていた。
辺りには雑草が生い茂っている。そこから朽ちた柱が辛うじて草丈より高く頭を覗かせており、それがこの場所がかつて人の手の入った土地だったことを示唆していた。
……すっかり変わってしまっているが、俺はこの場所を知っている。辛うじて、辛うじて、ここがあの道だと分かった。
この先に、あるのだ。
「やっとここまで来れたね、お兄ちゃん」
「ああ。ようやく帰って来れたな。――故郷に」
――サミリーシュの村に。
*
朽ちて僅かに骨組みだけの残る、嘗ての家々。村のシンボルだった石の櫓は、崩れて下半分しか残っていなかった。
それでも、変わり果てても、俺の目には懐かしい故郷として映った。
「……」
俺に見られている事に気づいたティオが、無表情を崩してにかっと笑う。
けれどもその笑顔に眩しさは無くて、ただ何かを押し殺した上辺だけのように見える。
「みんな……ほんとに死んじゃったんだな」
100年も経っていれば、人はみんな死ぬ。
それは仕方ない。
けれども村のみんなは、殺されたらしいのだ。
『ティオが殺した』と、皆がそう嘯く。
だが俺は信じない。
ティオが殺した訳じゃない。
きっと、何かがあったんだ。
「ここはメライくんのパン屋だった場所だよ」
「懐かしいな。アイツのパンあんま美味しくなかったんだよな」
「ここはラミラさんのお家」
「よくシチューをご馳走してくれたっけな」
村中をあちこちに散乱する瓦礫に、嘗ての面影を探す。
それからやがて、ティオは一軒の瓦礫の前で立ち止まった。
「お兄ちゃん、ここだよ。お兄ちゃんのお家」
ティオに手を引かれてやって来たのは、黒ずみ苔むしたぼろぼろの朽ち木の山。
それでもなお感じる既視感が、ここが俺の生家だと告げていた。
……父さん、母さん。
ごめん、親不孝者で。
前世の両親も、今生の両親も。
子供の俺が先に死んでしまって、悲しませてしまった。
本当に俺は……親不孝者だな。
ティオはそんな俺の手をおもむろに引き、またどこかへ連れていこうとする。
「お兄ちゃん。こっち」
日が沈み、夜の帳が辺りを包み込む。
僅かな昼の残滓を頼りに、ティオと俺は懐かしい坂道を駆け登っていく。
無数の黄緑の光の粒が、マリンスノーのように辺りに漂ってゆく。
「そうか、今なんだな。蛍の時期」
「よく一緒に見に行ったよね~?」
「暗いの怖いって俺の背中にしがみついてたっけな?」
「も~! 恥ずかしいよお兄ちゃん!」
「はははっ」
思い出話を弾ませながら、俺たちはとうとう村はずれの丘の頂上へたどり着いた。
村を一望できるこの丘は、子供の頃によくティオや他のガキんちょどもと遊びに来ていた場所だ。
「……これは?」
そこには、盛られた土の上に石が置かれた何かが2つ並んでいた。100年前には無かったそれは、まるで……
「――お墓だよ。こっちは村のみんなの。こっちのは……
……お兄ちゃんの」
「これはティオが作ったのか?」
ティオは俯いたまま、静かに頷いた。
……そうか。
やっぱり、そうだったのか。
ティオは別に村のみんなを恨んじゃいない。
殺す理由なんてないんだ。
村が滅んだ理由は、きっと――
「――ちゃんと辛かったよ。100年間」
みんなの墓石に手を合わせながら、ティオは訥々と語りだした。
「――勝手に悪者にされて。真っ暗闇にひとりぼっちで、お兄ちゃんもいなくて」
暗くてよく見えない。
けれど、ティオの声が震えているような気がした。
「泣いて叫んでもがいても、寂しくってなんにもなんなくって。自分で自分を慰めようとしてもどうにもなんなくって」
辺りの空気に暗闇が満ちる。
「死にたくても死ねなくって――」
何も見えないけれど。
きっとティオは。
「でもね……。いつかお兄ちゃんにもう一度会うんだって決めたから、耐えられたの」
ふわりと、愛しい温もりが俺を包み込んだ。
あぁ、やっぱり……
俺が、ティオの『呪い』になってしまっていたんだな……
「ティオ……。ごめん、ごめんな……。辛い思いをさせてしまって。俺、俺っ……」
「大丈夫だよ、知ってるから。私が死ぬ運命を変えるために頑張ってたってこと」
「そっか、そうか……」
はは、変だな。
ティオの泣き虫が俺にも移っちゃったのかな。
俺はティオのことを力一杯抱き締めた。
小さな体で、すっかり大きくなったティオの体を精一杯。
「ティオ……。一緒に行こう。どこか遠くに、誰も俺たちのことを知らない場所へ。
そして教えてほしい。ティオが見てきた100年間のことを。少しずつでいいから」
「うんっ……!」
暗闇の中でも見えなくても。
ティオが笑ってるってわかるんだ。
なのに……
「お兄ちゃん離れて!!」
うわっ!?
唐突に突き飛ばされて、俺は地面に頬を擦りむいてしまう。
ティオの豹変に何なんだと顔を上げて、俺は見てしまった。
胸の奥が急速に凍てついてゆく。
「ティ、オ……?」
暗闇の中で、ティオの胸の辺りだけが白く光っていて……。
その光の正体が、ティオの胸を貫く剣の切先だったとしたら?
「お久しぶりです、先代勇者よ」
背後からティオを刺したソイツが、呟くように言った。
「魔神王を返してもらいに参りました」
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