第6話 誰かが言ってたから
遠目に見える建物の群れから、うっすら焦げっぽい臭いが立ち込めている。
森を抜けた俺たちを出迎えたのは、開けた野原の川沿いに作られた小さな村だった。
そこでは普段なら村人たちの牧歌的な営みが見られたはずだ。
しかし、どうやら今はそうではないようだ。
「これは……」
村のはずれに積み上がった、黒煙の立ち上る黒い塊。
焦げ臭さの元はここだろう。
その塊をよく見てみると……真っ黒な手が、足が、頭が、あちこちから飛び出している。
――大量の死体を燃やしている
そう気づいたその時。
「おうおう、お前らこんな辺鄙な村に何の用だ?」
明らかに牧歌的ではない、武器を携えた男どもが俺たちを取り囲んでいた。
昨日に続き、野盗か。
どうやら村を滅ぼして占拠しているらしい。
というか昨日の連中はここを根城にしていたのかもしれない。
「姉ちゃんすんげぇ美人じゃねぇか。ちょっと俺たちと遊んでくれよ?」
「そうそう、ついでにそのガキも――」
バツンッ――
そう言いかけた男の頭が突然、スイカみたいに弾け飛んだ。
「じ、ジギー? おいジギー!!?」
「な、何しやがったテメエ!?」
「よくもジギーを!!!」
仲間を殺された野盗どもが蟻のように群がってくる。
しかし彼らの頭も次の瞬間には……割れて、破裂して、砕けて。
彼らの残された鼻から下の体は、物言わぬ人形として地面に倒れ伏すだけだった。
「ティオ……」
……昨日の肉塊化は、さすがに可哀想だと思った。
だから、あんな風にするくらいなら殺した方がまだ慈悲だとティオには言っておいたのだ。
……とはいえ、さすがに躊躇が無さすぎて怖いよ。
「お兄ちゃん。ちょっとこの村立ち寄るね」
ティオはきっと、盗賊を全員殺すつもりだ。
止めるつもりはない。
野盗の討伐はむしろ国が推奨しているくらいだからな。
でも……ティオが人を殺すことに躊躇がない様子を見るのは、やっぱり複雑だ。
*
村を見下ろせる丘の上に建てられたこの小さな屋敷は、元々は村長とその家族のものだった。
「〝苛虐〟のヤツが帰ってこない、だと?」
それを奪い自分のものにした野盗の首領は、配下の報告に眉をひくつかせた。
「アイツぁそこいらの傭兵に負けるような雑魚じゃねぇ。何かあったな」
腕を組み、首領は険しい眉を更にぎゅっと固くした。
彼はチンピラ紛いの下っぱとは違い、ものを考える力があったのだ。
「……ん? なんだ、外が騒がしいぞ?」
しかし、熟考している首領の沈黙を、外の喧騒が切り裂いた。
「お頭ぁ!! 敵襲だ!!!」
盗賊の下っぱが、部屋の扉を叩き壊すように飛び込みそう伝えた。
「敵は何人だ?」
「それは――」
そう言いかけた下っぱの頭が、水風船のように弾け飛んだ。
「――1人よ」
薄暗い廊下の奥から、ゆらりと幽鬼のようにその影が寄ってくる。
「は……?」
「敵は私1人だって言ってるの」
この盗賊の首領は、人類の中ではかなりの上澄みの実力者であった。
100年前のエスペランサとも、ある程度戦いが成立するほどだ。
だからこそ、理解してしまう。
――目の前の羅刹には、決して敵わないと。
「俺の村は――飢饉で滅んだんだ。生き延びた仲間たちに食わせてやるには、盗賊になるしかなかった。もうこの村からは手を引く。だからこれ以上は――」
「……で?」
バツンッ――
魔神王は、盗賊の首領の上半身をノーモーションで破裂させて殺した。
この殺しに理由はない。
というか盗賊を皆殺しにしたことそれ自体にも意味はない。
人間は苦しんで死ぬべきだ。
その程度の理由しかない。
*
ティオが歩いているだけで、周囲の野盗どもが破裂していく。
けれども俺には血の1滴すら当たることはない。
「化物っ! 化物だぁぁ!!!」
背を向け逃げ惑う奴等も、瞬きする間に肉片と化していく。
村に入ってから五分。
野盗どもは、1人残らず死んだ。なんかちょっと強そうだったボスも一瞬で下半身だけになって倒れた。
「行こっかお兄ちゃん」
ティオの表情は見えない。
俺たちの故郷の村は、どうして滅んでしまったのだろう。
ティオの仕業ではない。そう信じたいが、今まさにティオがやった事を見ていると、揺らいでしまう。
「あの、誰かいるんですか……?」
屋敷を出ようと一階へ降りた所でふと、か細い声が俺たちを呼び止めた。
「わたし達っ、あいつらに捕まって……」
一階の奥。薄暗く閉ざされた部屋に、彼女は閉じ込められていた。
盗賊……の仲間ではなそうだ。
ティオとそう変わらない年齢の見た目をした少女だ。
そこはドアの代わりに金網がはめ込まれていた。
その部屋の奥には、他にも女の子が何人かいる。しかしほとんどの子がこちらに怯えて隅で縮こまっていた。
……若い女の子だけ生かして閉じ込めて。
連中が彼女たちをどう扱っていたのか、わかってしまった。
今更ながら、胸の奥がぎゅっと握られたように痛む。
「あいつらは?」
「全員殺した。1人残らず」
淡々と告げるティオの言葉に、少女の表情は花が咲いたように明るく変わってゆく。
「ありがとう……! ねぇ、貴女の名前は?」
「……ティオ」
ティオは質問に答えながら、部屋と外界を隔てる金網を引きちぎる。それから小さく〝治癒〟と呟いた。部屋の奥で衰弱していた子たちを回復させてあげたようだ。
「ティオ……勇者様と同じ名前ね!」
「勇者ね……。故郷すら滅ぼしてみせた邪悪の権化だって言われてるけど?」
「勇者様がそんなことするはずないわ! きっと何者かの陰謀だったのよ!!」
少女はティオに食って掛かった。
ティオの顔が……歪んでいるとも知らずに。
「……根拠はあるの?」
「ひいおじいちゃんが言ってたの! 勇者様は良い人だったって!
サミリーシュの村を焼いたのは勇者様じゃないって、だから――」
バンッ。話を遮るように、ティオの手のひらが壁を叩きつけた。
「黙れ」
「ティオ……?」
獣が唸るように、ティオの声がお腹の奥に響く。
数日前、ティオが憲兵たちを殺しかけた時のような……あるいは、もっと冷たく深いような。
ティオの鋭い敵意が、目の前の少女を突き刺していた。
「誰かが言ってたから? ふざけるな。
人間どもはいつもそうだ。
自分で確かめた訳でもない話を鵜呑みにして、誰かがでっちあげた話を真実のように扱う……!」
「ひぃっ!?」
少女はその場ではね除けられたように尻餅をついて、震えながらティオを見上げる。
……ティオの頭に、魔神王の角が伸びていた。
怒りの感情が強く出ると、魔神王の容姿に近づいてしまうのかもしれない。
「いくよお兄ちゃん」
少女たちへ背を向け、ティオは後ろに立っていた俺を抱き上げた。
暗がりの中で呆然としている名も知らない少女の姿が、ティオの背中越しにどんどん小さくなっていった。
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