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第3話 帰って確かめるんだ

 雷鳴響く曇天の下。

 血と肉の燻る臭いが辺りに立ち込め、黒い風がごうごうと唸っている。


 膝を付きつつ胸を押さえ、深傷を負った魔神王は眼前の勇者(ティオ)を見上げる。


『今代の勇者の力……これほどまでとは』


 ティオの眼はどす黒く染まり、無機質に魔神王を捉えていた。

 最愛の人の死が齎した〝覚醒〟は、魔神王を圧倒したのだ。


「お前を殺して、生きて帰る。それがお兄ちゃんとの約束だから」


『そうか……あの男は貴様の愛する者だったか』


「……」


 ちらりとティオは後ろを見やる。

 そこにあったエスペランサだったものは焼き尽くされ、既に骨の欠片しか残っていない。


 正面に向き直り、魔神王にトドメを刺そうと剣を振りかぶる。


『――我と契約せよ。我に貴様の心臓を捧げれば、その男を生き返らせてやる(・・・・・・・・)


 ぴたりと、ティオの動きが止まった。


『我の力ならば、死者の蘇生など容易い。どうだ勇者よ?』


 そんな魔神王の取り引きに対し、ティオは――




 *





 さく、さく。

 人気の無い、もはや獣道のようなほっそい道を歩む。


 あの決戦から――100年が経過していたらしい。


 隣を見上げれば、ニコニコ微笑むティオの顔が浮かんでいる。だが俺の気分はヘドロに沈んだまま浮かばない。


「お兄ちゃん難しい顔してる? 大丈夫?」


「大丈夫だ」


 そしてティオがその100年の間に、人をたくさん殺した、らしいのだ。


「疲れたの? そろそろ休憩にする?」


「そうだな」


 貴族を、俺たちの故郷の人たちを、王都の人たちを――その手で。


「私の話聞いてる?」


「ああ」


「ほんとに?」


「ああ」


 嘘に決まっている。そう思いたいが、否定できるだけの材料が無い。


「じゃあさ、お兄ちゃん私と結婚しようよ」


「それもいいな」


『お兄ちゃんは知らなくていいことだから』と、直接聞いてもはぐらかされるだけだ。


「えっほんとに?」


「ああ」


 だから俺は確かめなきゃいけない。

 息子を失くした上にこんな二の腕ぷにぷにでちいちゃな身体になってしまったが、それでも俺は『お兄ちゃん』だからな。


「子供は10人は欲しいねぇ」


「そうだな」


「でも今のお兄ちゃん女の子だから、お兄ちゃんが産むことになるかも? ふへへ……」


「そうだな」


 ……ん?

 今ティオ何の話をしてた? 適当に相槌してたけど、なんか変な話題になってなかったか?


「なぁティオ、今なんの――」


「よいしょっと」


 その時、おもむろに脇腹に手を入れられ、ひょいっと猫のように持ち上げられた。


「どうせ私の話聞いてなかったんでしょ?」


「……すまん」


「ま、いいや。お兄ちゃん私のお嫁さんだ(なってもらう)から」


「……? 何の何に?」


「秘密~♪」


 そうしてティオは俺を抱えあげたまま近くの切り株に腰かけた。

 俺はティオの膝の上に猫みたいに座らされている。


「空気が美味しいねぇ」


 木漏れ日がきらきら瞬いて、緑の風が爽やかに肌を撫でる。


 いつの間にかずいぶん森の奥に入っていたようだ。


 そういえば、昔は『おおきくなったらお兄ちゃんとけっこんする!』とか言ってたっけな。


「お兄ちゃんかわいいねぇ」


 そう言って笑うティオの吐息が俺の額を仄かに温める。

 その屈託のない笑顔は、子供の頃から何一つ変わっていない。





 ――だが……ティオは魔神王の姿になって、俺の目の前で人を殺そうとした。



 だから、確かめなくては。


 ティオが本当に人をたくさんを殺したのかを。なぜ魔神王の姿に成れるのかを。


 そして――


「それにしても……サミリーシュにはもう何にもないけど、いいの?」


「構わない。何もなくなってても、故郷なんだ」


「……そっか」


 ……ティオが本当に自分の意思で、俺たちの故郷を滅ぼしたのかどうかを。


 帰って、確かめるんだ。



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