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第15話 赤い糸 夢の狭間

――君はそれでいいの?


ティオちゃんを守りたいんじゃなかったの?


あの脚本家気取りの神の思い通りで、悔しくないの?


ホントは私はそういう神様じゃないけれど、君が願うなら少しくらい手を貸すわ。


……そう。


そうでなくちゃ。バッドエンドなんてつまんないもの。


さあ行きなさい。


少しだけ、時間をあげる。


つまらない因果(脚本)に抗ってみなさい。



……頑張れ。





「おにい、ちゃ……」


 天より迸りし【神罰】の凶弾。

 それはティオの目の前で、エスペランサを消しさってしまった。


 木っ端微塵に、跡形もなく。


 ティオは魔神王としての【心臓】を分離し、エスペランサの依り代としていた。


 それが破壊された事は――


 ――ティオの「死」も意味する。


 糸が切れたように、半身しかないティオの体から力が抜ける。

 眼の光が失せてゆく。






 ――バッドエンドは、成された。


 これで、いいの。


 ハッピーエンドなんてつまんないもん。






『ごめん、なさい』


 戦争の魔女(アルマゲドン)は独り空しく呟いた。


 謝る相手はもういないのに。







 ――しかし。









 その時、戦争の魔女(アルマゲドン)は見た。


 骸となったはずのティオの身体が、ひとりでに宙に浮かび上がるのを。


 否。


 ティオの全身に、赤い糸のようなものが絡み付き吊り上げている。


 赤い糸は、ティオの欠けた半身を包み込んだ。

 まるで、失くなった部位を補うように。


 ティオを吊り上げる赤い糸の先には……半透明の、赤く丸く膨らんだ半円形の何かが浮かんでいる。


 それは傘のような、気球のような。


 あるいは――紅海月(ベニクラゲ)のような。


 海月の紅い触手が、あるいは〝赤い糸〟が。ティオを守るかのように、辺りに張り巡らされる。




 白い糸が戦争の魔女(アルマゲドン)の身体を軋ませる。

 受けた傷は瞬く間に癒えてゆく。


『滅せよ』


 再び、無数の機関銃による射撃がティオと紅海月を襲った。


 だが……


 弾丸はなぜか、不思議なことに1発も当たることなくすり抜けてゆく。


 ゆっくりと、ティオの両の瞼が開いた。


 その眼は、海月と同じように紅色に淡く光る。


 ティオの意識は、微睡みの中に浮かんでいた。





 殺せ。

 ハッピーエンドなんて夢を見させるな。



 戦争の魔女(アルマゲドン)は、次の攻撃に移る。


 背後から無数の流星が放たれる。

 追尾弾だ。


 弾丸が当たらないのであれば、追尾して直接炸裂させればいい。


 だがそれらも――


 ティオに当たる寸前で、追尾弾たちは全て何故か7色の光の粒となって破裂した。


 まるでその光景は――打ち上げ花火のようで。




 ――ティオを守る紅海月(ベニクラゲ)の正体は、現世に残留するエスペランサの遺志()が形を得たもの。


 エスペランサの属性【運命(ファタール)


 因果を覆し、望む運命で上書きする。


 エスペランサの遺志は、弾丸が当たるという因果を書き換え、全て奇跡的に外れるという運命を書き加えた。


 それに加えて、ティオの持つ【魔神王(アルナ)】の事象の改竄。


 この2つが組合わさる事により、限定的な現実改編すら可能となった。




 戦争の魔女(アルマゲドン)のあらゆる攻撃が、次々に花火へ変換されていく。


 ミサイルも、砲撃も、何もかも。


 赤、青、緑。色とりどり。


 火薬の臭いと景気の良い破裂音。


 戦場は、夜空に咲く花に満たされる。




 ――もう、誰も傷つけたくない。



 嘗て少女はそう願った。

 夜空を満たす彩りに、いつかの夏が甦る。


 戦争が、ただの女の子でいられたあの日の事を。


 今一度、神の意思に抗ってみようか。


 戦争の魔女(アルマゲドン)の動きが鈍くなってゆく。


 ――神の名において却下されました。


 ――神の名において却下されました。


 ――神の名において却下されました。


 error


【プロトコル【魔弾の射手】を起動します】


 ――戦争の魔女(アルマゲドン)は【魔弾の射手】の破棄を申請……神の名において却下されました。【魔弾の射手】が発動されました。



 戦争の魔女(アルマゲドン)の右手に、小さな黒色の拳銃が握られる。


 それは先の兵器群と比較すれば、拍子抜けも良いところ。


 今さらそんなものでティオを仕留められるわけがない。


 だが、撃つ。撃て。


 パンッ――


 乾いた破裂音が反響する。


 拳銃から放たれた弾丸は、逸れることも花火に変わることもなくティオの胸に当たった。


 しかし、傷は無い。


 ところが――紅海月(エスペランサ)は、ティオと自身の異変(いたみ)を感知していた。



魔弾の射手(ザミエル)


 戦争の魔女(アルマゲドン)の持つ奥の手。


 その力は、『死』という概念そのものを付与する。


 黒き拳銃に装填された弾は7発。これらを全弾命中させることで、巨人だろうが神だろうが物理的な肉体を持たない思念体だろうが、どんな存在でも例外なく死に至る。


 概念が絡む力だ。【運命(ファタール)】による因果の改編も及ばない。


 再び銃声が鳴り響く。


 海月の触手がティオを守ろうと銃弾を防ぐ。

 だが今のティオと紅海月(エスペランサ)は一心同体。同じ対象として、7発身体のどこにでも当たれば即死だ。


 ティオの眉が歪む。


 異変(いたみ)が2人の命を蝕む。


 避ける手段が無い。





 ――ダメ。この子達を死なせたくない。


 戦争の魔女(アルマゲドン)の神に抗おうとする意思も虚しく、3発目の銃弾がティオの脚に刺さった。


 戦争の魔女(アルマゲドン)を支配する(因果)の前には、彼女の意思など関係ないのだ。




 なら――



 突如、紅海月の触手が戦争の魔女(アルマゲドン)の方へと伸びていった。


 運命、因果。それらを壊して上書きする力。


 海月の姿はそれが可視化されたものなのだ。


 赤い糸が、戦争の魔女(アルマゲドン)の左腕に絡み付く。


 因果の上書き――


 戦争の魔女(アルマゲドン)の左腕を縛っていた白い糸(神の意思)が数本、ほつれて千切れた。



 ――!!


 だが〝赤い糸〟は、すぐに振り払われた。


 そして、戦争の魔女(アルマゲドン)は再び銃をティオたちに向ける。


 残り4発。緩慢な海月の動きでは避けられるはずがない。


 神の意思は、願うバッドエンドを成すためにティオを殺す。


 悲劇こそ至高。


 悲しみがドラマを産み、苦しみが深みをもたらす。


 だからここで死んでもらわないと困るの。


 今度こそ、これで――





 ――そんなのお断りだ




 突然。放たれた弾丸は、何にも着弾することなく虚空に消えていった。


 戦争の魔女(アルマゲドン)の左手が、自らの右腕を抑え込んでいる。


 白き因果は赤い運命に上書きされた。


 戦争の魔女(アルマゲドン)は、左腕に自由を取り戻した。


 神の意思から脱したならば。やることは一つ。


『滅せよ。私ごと』


 左手を天に掲げ、戦争の魔女(アルマゲドン)は呟く。


【神罰】を放ったのだ。


 だが狙いはティオと海月ではない。

 その標的は――


 ――自分自身。


 もう、誰も傷つけさせない。


 極星から零れ落ちた光。あるいは闇か。




『これで、いいんだよね。お姉ちゃん――』



 そう小さく呟いたのは、気のせいだろうか。


 それと同時に、【神罰】が戦争の魔女(アルマゲドン)自身の脳天に着弾する。


 


 ――彼女は嘗て人として生き、人として死んだ。


 人を、未来を、世界を守るために戦った。


 笑わせるものか。神にさえ。




 月は見守り、星は微笑む。

 今宵も世界は変わらず回っていた。




あと二話で終わりです

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