第12話 戦争は女の顔をしている
こんなはずでは……神よ、申し訳ありません……
ワタシは貴女の定めた因果を取り戻せませんでした……。世界の理が、乱されたまま……このままでは……
……
神よ? それは一体どういう事で……?
いや、違う、そんな、お戯れを……
そ、そんなの嘘だっ! だったら僕は何のために産まれたんだよ!?
いや、嫌だっ、やめてぇっ!! 誰か助けて!!
僕が、消えちゃう……
……
誰か……おねがい
僕を、抱き締めて……
「私の心臓を得て、私が死んで、どうしてあなたは自由になれるの?」
『厳密には違う。今代勇者が死ぬ必要はない。ただ、〝因果〟を騙せればそれでよいのだ』
――
何もない。
熱くもない。
寒くもない。
痛くもない。
ただひたすらに何もない虚無の世界を、私の眼は『暗闇』として認識している。
きっとこの暗闇すら本質的には存在しないのだろうに、そうとしか処理できない。
少し前の事を思い出す。
貴族たちの求婚から逃れ、私は故郷へと飛んだ。
……帰ってきた私を迎えたのは、蝿とウジの湧く死体たちと焼け焦げた瓦礫だった。
〝英雄様が乱心した〟
〝英雄様が故郷を滅ぼした〟
行く先々で、私は悪者に仕立て挙げられていた。
〝魔神王を倒したのはティオ・ペペリアではない。魔神王を倒したエスペランサに嫉妬し、栄誉を奪うべく謀殺したのだ!〟
そんな風説も人々の中で飛び交うようになった。
ふざけるな。
お兄ちゃんがどんな思いで私を庇ったと……!
お兄ちゃんへの冒涜だ。お兄ちゃんの死に様を侮辱するな。許さない。許せない。
何も知らないくせに。お兄ちゃんの顔すら見たこともないくせに。
それでも人々は誰かが流した刺激的な話に飛び付いて、私へ石を投げる。
これが、お兄ちゃんが守ろうとした人間なの?
嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い……!
何もかも大嫌い。全部。
人間なんて、滅んでしまえばいいのに。
でも……
私が人を傷つけたら、お兄ちゃん悲しむだろうなぁ。
そう思ったら、人間を殺すことはできなかった。
……。
〝勇者〟を名乗る者が私の前に現れた。
ペミディアという名のそいつは、確かに勇者の光の力を持って私を殺そうとしてきた。
でも私の方がずっとずっと強かった。
だからそいつは……私を、封印することにしたらしい。
――王都の人間40000人の魂を生け贄に。
私は宙に口を開けた黒い穴ようなモノの中へ引きずり込まれて……。それから……
それから……ずっとここに、いる。
声を出そうにも空気が無い。
辺りを見ようにも光が無い。
肌で感じようにも温度が無い。
これが、不甲斐ない私への罰なのだろうか。
……。
何年経ったかな。
いつもいつもずっと、お兄ちゃんの事を考えてる。
ここを出たら、お兄ちゃんを生き返らせるんだ。
お兄ちゃんの温もりと香りを抱き締めたいな。
昔みたいにいっぱいなでなでしてほしいな。
お兄ちゃんと一緒に、歌って踊って笑って見せて。
昔みたいに……
……あぁ。
生き返ったお兄ちゃんはきっと、これからも私を守ろうとするんだろうなぁ。
いつかまた私を庇って、傷ついてしまうんだ。
……お兄ちゃんが傷つく姿なんて、もう見たくないのに。
……そうだ!
もう私を守れないようにしちゃえばいいんだ!
そう、私を守れないくらいに……小さくてか弱く!
私が考える、〝1番か弱い姿〟。それは――
――今宵も世界は伽藍堂。
辺りの空気に自由が満ちる。
*
ペミディアだったモノの体が、ぱっくり縦に割れた。
そしてその断面から、黒い何かが這い出してくる。
夜の闇の中でもなぜか、『それ』が黒いことが認識できた。
闇の中で輪郭だけが白く光っているような、そんな存在感。
「なにあれ……」
「お兄ちゃん……絶対に私から離れないで」
『それ』が、殻を脱ぎ捨てて宙に浮き上がる。いや……〝引きずり出された〟。
白い糸のような、血管のような、ケーブルのような。
そんな紐状のものが、『それ』の体に絡み付いて操り人形のように吊り上げる。
そして『それ』の顔がゆっくりと不自然に持ち上がった次の瞬間――
「えっ?! なにここ?」
「は……?」
辺りの景色が、世界が、全く別のものに変わっていた。
夜の世界に星屑のごとく煌めく摩天楼。河のように広がるアスファルトに刻まれた、白の横断歩道。
そして『109』の文字が書かれた看板が一際目を引くそこは――
「なんで渋谷に……?」
「シブヤ? お兄ちゃんここが何なのか知ってるの?」
「あ、あぁ。ここは――」
そこまで言いかけて、上空に浮かぶ『それ』に俺の視線は釘付けになった。
やはり輪郭だけ光って見える。
黒い軍服を纏った幼い少女のような何かが、白い糸に宙吊りにされている。
そんな彼女の背には、玉虫色の光を放つ膜のようなものが2対……蜂の羽によく似ている。
目を凝らして見るに、顔は……無かった。
顔があるべき場所は、黒いクレヨンで塗りつぶされたように、あるいはノイズが走っているかのように隠れて見えない。
そして……両の手には、それぞれ杖のように長い銃と、小さな拳銃が握りしめられていた。
一目見ただけでわかった。
アレは、魔神王すら目じゃない怪物だと。
というか……俺たちの世界の存在じゃないと。
『……滅せよ』
〝それ〟が俺たちへ銃口を向けた瞬間――
きらりとすぐ横を光が通り抜けたと同時にビルが数棟、消えていた。
刹那の間を置いて、凄まじい爆発音が俺の鼓膜を殴った。
「……神さまは、バッドエンドがお望みらしいね」
ティオは自嘲気味に呟いた。
――さぁ、踊れ。無意味に無様に抗ってみろ。
――それは、嘗て神の意思に抗い戦い散っていった、ある少女の幻影。
名は――
――【戦争の魔女】
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