第八話 いま明かされる真実(前編)
「……異世界転移者ではない? 本当に? いやでもあり得ないだろう!? もしあなたが転移者でないのなら何故ケイト先生が教えてくれた異世界の言葉を知っているんだ?」
「そう言われても私は本当に異世界……転移者と言うのですか? それを知りません。ですが流石に私も今までのことで疑問に思うことがあるのでこうなったら最初からお互いの情報のすり合わせをしていきませんか?」
訳がわからないという顔で問いただしてくるフレデリックに負けじとリルも訳がわからない顔で提案をし、二人は椅子に座ると膝をつき合わせてお互いのことを話し出した。
「ああ、そうだね。それじゃあ、まず私から話そう。事の起こりは私とケイト先生――ケイト・オーツとの出会いからだった――」
フレデリックが眼帯やら包帯やらを取り外しながらリルにこれまでのいきさつを語り出した。
この前リルがアンドリューから聞いたフレデリックが子供の頃に「やんちゃ坊主」であったのはどうやら本当のことであったらしく、幼少の頃に母親を亡くしたせいかもしれないと彼の父親や屋敷の者も最初は甘い顔をしていたが座学が始まる年齢になってもそのやんちゃぶりは止まることを知らず家庭教師達はすぐに匙を投げて職を辞する自体となっていた。
幾人もの家庭教師達が館を去って行き、いよいよ次のなり手がいなくなって困っていたある日、ふもとの街から顔役に連れられてある一人の男性がこの館にやってきた。
どことなく異国風の顔つきと見慣れない服を纏った「ケイト・オーツ」なるその人物はフレデリックの父親である前領主に面会すると次のように願い出た。
自分はここから遠く離れた場所からこの国に辿り着いたのだが、どうも途中で事故にでも遭ったらしく何故ここに来たのか? と言う記憶が曖昧になっている。
ただ、以前自分が「低年齢の子供達に勉強を教える教師」をしていたことは覚えており、丁度こちらのお屋敷で家庭教師を探していると伺ったのでもしよろしければ自分を雇ってはもらえないだろうか? 勿論いきなりやってきた身元不明の人間がこんなことを言っても信用してはもらえないだろう。なのでまずは試用期間として無給で、この館の何処かに住まわせてもらえるだけでも良いので使ってみてはくれないだろうか? と。
どうせ他の教師のなり手はもういないし駄目で元々……ということでケイトがフレデリックの暫定家庭教師となったのだが、結果としてこれが大当たりであった。
ケイトは記憶が曖昧になっている部分があるせいかこの国の歴史や地理については殆ど何もわからず、逆にその辺りのことについては後にフレデリックから教わる事があったくらいだったが数字を使った学問や動植物などの自然学問においては画期的な教育方法を行い、元々礼儀作法などを頭ごなしに教え込まれることに反発して「やんちゃ」をしていたフレデリックは彼の教育によって徐々に落ち着きを取り戻していった。
この功績を認められてケイト・オーツは無事に試用期間を経て正式にフレデリックの家庭教師となったのだが、フレデリックが一二歳になったある日、ケイトは彼に「そろそろ君に私の秘密を教えてあげよう」と言って一枚の紙を見せてきたのだ。
「紙?」
不思議そうな顔をするリルにフレデリックは小さく頷くと席を立ち壁に据え付けられた本棚から一冊の本を引き出してその中に挟んであった一枚の紙を取り出した。
それは、リルがこの館に初めて来た日の夜にフレデリックがこの部屋で見ていたあの「紙」であった。
「我が師はこの紙のことを『スマホからプリントアウトした』と呼んでいた。そこに描いてあるのがケイト先生ご本人なんだ」
「この方が……もの凄く精巧に描けているんですね、絵画とはまるで違うのがわかります。手に持っている本の表紙に『たのしいさんすう いちねんにくみ 担任 大津 圭人』って書いてあるのもよく見えますし、後ろの板には……『にっちょく』って書いてありますね」
そう、リルが受け取った写真には、小学校低学年用教科書を手にして黒板の前の教壇に立つスーツ姿の三〇代前後の日本人男性教師「大津 圭人」の姿が映っていたのだ。
「リル! あなたはここに書いてある異界の言葉が読めるのか!? 私も一時ケイト先生に習おうとしたんだがどう見てもこの変な記号を覚えることは出来なかったんだぞ? やっぱりあなたは異世界転移者ではないのか?」
興奮して詰め寄るフレデリックはリルは首を横に振ると言葉を選ぶように答える。
「……いいえ、フレデリック様。私は間違いなくこの世界で生まれ育ったものです。何故私がこの字を読めるのかは後で私の過去を話す時にお教え致しますのでどうかお話をお続け下さいませ」
「あ、ああ。すまない、では話を続けよう」
「スマホからプリントアウトした」紙を受け取るとフレデリックは再び話し出す。
あの日、ケイトはこの紙をフレデリックに見せてこう言った。
自分は遠いところから来たと言ったがあれはある意味正しくてある意味違っている。
自分は本当はこの世界の人間ではなく、「日本」という異世界からここにやってきた『異世界転移者』と言われる者なのだ。
「日本」にいた頃の自分は「小学校」の教師をしていたが酷く「ブラック」な職場で、ある日体調が悪いと思ったら突然意識不明になって、気がついたらこの世界に飛ばされていた。
幸いなことに私はここで君の教師として雇ってもらえたが、この世界は今まで自分が住んでいた世界より文明がかなり遅れているところがある。もし君がこの紙を見て、この紙だけでは信じられないというのなら私が持ってきたこの本――君は読むことは出来ないだろうから私がこの本の内容の読み聞かせをしてあげよう。その本の内容を聞いて、私が異世界から来たと言うことを信じてくれるならここの領地で特産品を作ることも可能になるがどうだろうか? と。
「ケイト先生はその紙だけでは無くこの世界に来る時に一緒に持ってきた鞄の中に入っていた本とかも見せて読んで聞かせてくれてね、私は師の言うことを信じることにしたんだ。 で、その先生の異世界での知識のおかげでこの領地には養蚕産業が根付く事になったんだ。でもね、リル。ケイト先生が教えてくれた異世界でのことで一番僕が素晴らしいと思ったのは学問でも産業でも無いんだよ」
「あら、それは一体なんですか?」
「結婚する相手は話が通じる人にしなさい――これが我が師の最大にして最良の教えだと私は信じているんだ」
「話が通じる人、ですか? 普通の人となら大体通じるのでは?」
こてん、と首を横にするリルをフレデリックは微笑みながら見つめた。
「ねぇ、リル。私があなたと何時初めて会ったと言ったか覚えているかい?」
「ええと……確かフレデリック様が十五歳で爵位の継承のため王都にいらして、ヤーミー本神殿で行われたお知り合いの結婚式に参列なさった時に私の歌を聞かれて……でしたっけ?」
「うん、そうなんだけどね。あの時私はあなたの歌声に惚れて結婚を申し込んだんでは無いんだよ。ああ、誤解しないで欲しいんだが勿論あなたの歌が悪かったという意味では無いんだ。それよりもね、私が聞いて惚れたのはあの結婚式の時にあなたが言ったある一言だったんだよ」
「えっ? 私が言った一言ですか!?」
「そう。その時結婚式を挙げたのは父の古くからの友人で名前を『ロリンコ男爵』と言うんだが……何か思い出さないかい?」
「ロリンコ男爵ですか? 今から三年くらい前で……ロリンコ男爵……ロリン、コ……あ! ああ! 思い出した!!」
「思い出したかい?」とフレデリックは意味ありげにニヤリと笑う。
「ええ、ええ! 思い出しましたとも! あの『ろりこん』男爵じゃないですかやだーー!!」




