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やさぐれ巫女は祝婚歌を歌う  作者: Eμ(エミュー)
9/10

第九話 いま明かされる真実(後編)

 今から三年前の王都、ヤーミー本神殿にて。


(いやぁないわー! これはないわー! 流石にないわー!!) 

 

 ロリンコ男爵の結婚式もいよいよ終盤の『祝婚歌』を歌うために控えの間に入っていたリルであったが祭壇前の新郎新婦を見て思わず心の中でそう叫んだ。


 本日の新郎のロリンコ男爵は三十五歳。こちらは良い。ちょっと歳行ってるかもしれないが全然良い。むしろ私的には素晴らしい年齢だ! とさえ思う。

 が! 問題は新婦である。こちらもさる男爵家の令嬢らしいのだが何と彼女は今年で十三歳だというではないか!


 確かに貴族の間では政略結婚とかの兼ね合いで若くして嫁ぐことはあるだろうし、結婚できる年齢自体もある程度融通してもらえるのかもしれない。だがそれにしたって流石に十三歳はないだろうが! 幼妻にも程があるぞ! 


(神官長に確認したら犯罪絡みではないみたいだし、本人同士は納得してるって言ってたけど……なんだっけなー、ばっちゃが昔こんな男の人のことをなんとかって言ってたなぁ、なんだっけ、ええと……あ、そうだ!たしかろりこ――)


 そこまで考えいた時にリルに呼び出しがかかり、気を取り直して祭壇前で祝婚歌は無事に歌い終えることは出来たのだが問題はその後の祝福の言葉を述べる時に起きた。


 リルはついうっかり「『ろりこん』男爵ご夫妻にヤーミー女神の祝福があらんことを」と、言ってしまったのだ!


 幸いなことにこの単語は「ばっちゃ」から聞いた「方言」であり、他の誰もこの単語の本当の意味に気がつくことは無かったので「ロリンコ」を「ろりこん」と言い間違えた、とその時は誤魔化すことが出来たと思っていた。思っていたのだが――


「まさかフレデリック様もこの単語の本当の意味をご存じで……」

「ケイト先生が読み聞かせをしてくれた本に出てきたからね。いやぁ、私もあの結婚式に参列していて同じ事を考えていたから『ロリコン男爵』と聞いて吹き出さないようにするのに苦労したんだよ?」

 

 うきょ! と、思わず変な悲鳴を上げてリルは思わずテーブルに突っ伏す。


「でもね、リルのその一言を聞いて私にはわかったんだよ。この女性こそ本当に私と話が通じる人だって。ほら、あなたがここに来てからも私は敢えて異世界の言葉である『チョイわるオヤジ』とか『イケオジ』を使ったけどあなたは何の疑問もなくそれを受け入れていただろう? 『中二病』すらも、ね」

「た、確かに……」


 リルはここでようやく気がついた。そうか、まるで昔ばっちゃと二人きりで村で暮らしていた時の会話のようだったから今まで話したことのなかったフレデリックとの会話がどことなく懐かしい気がしたのだ。


「だから私はあなたはてっきりケイト先生と同じ転移者だと思って、私とともに歩んでくれるに相応しい人だと思って君にプロポーズしたんだ」


 そこまで言うとフレデリックの顔からそれまで微笑みは消えて、その目には何かを探るような冷めた色が浮かんでいた。


「私はあなたが異世界転移者ではないとしても結婚するつもりでいるのだけれど、転移者でないのにあなたはどうしてここまで異世界の言葉に詳しいのかな? あるいは……そう、ヤーミー女神の巫女というのは異世界転移者で無くとも異世界の言葉がわかるようになるのかな? ねぇリル。私に本当のことを教えてくれないかい? 」

「うーん……まずですね、私は普通の人間ですし、巫女にはそんな能力は無いです。ただ、今までのフレデリック様のお話を聞いてわかったことが一つだけあります」

「ほう、それは?」

「それはですね……」

 リルはじっと自分の瞳をのぞき込んでくるフレデリックに負けじとその瞳を見つめ返した。


「多分これで間違いないと思うんですが、私の育ての親であった『ばっちゃ』がケイト先生と同じようなその『異世界転移者』だったんじゃないかと」

「あなたの育ての親? 確かあなたが王都に来てから一年後にはいなくなられたという?」

「ええ。そのばっちゃです」


 こうして今度はリルがフレデリックに自分の過去を話す番となった。


 リルが七歳の時に両親が流行病で揃って亡くなると、彼女は村外れの方で一人暮らしをしていたばっちゃに引き取られることになった。

 彼女は滅多に村の人と付き合いをしない「変わり者」と言われていた人物であったが、二人だけで暮らす日々はそれなりに楽しいものであった。

 そうして何年か過ぎたある時、ばっちゃはリルに「もしかしたらいつか役に立つ日が来るかもしれないから」と、自分が生まれ育った「ぱられるわーるど」という場所の言語と自分の過去を教え始めたのである。


「パラレルワールド……異世界、または日本のことをそうとも言うのかな?」

「多分そうなんだと思います」


 ふうむ、と考え込むフレデリックにリルは続きを話す。


 ばっちゃは「ぱられるわーるど」では「ぶらいだる関係」の仕事をしており、そこがとんでもない「ぶらっく」な企業で毎日ヘトヘトになっていたらしい。

 そんな日々を送っていたからか、ある日ついうっかり階段を降りている時に足を踏み外して気がついたらリルが住んでいた村にいたというのだ。


「気がついたらここにいた、と言うのも我が師と同じだね」

「ええ。それにさっきケイト先生が昔の職場を『ぶらっく』と言っていたと聞いた時に、私はばっちゃと先生は同じ所から来たんだろうと確信したんです」

「なるほど」


 こうしてリルはばっちゃから「ぱられるわーるど」の言葉の読み書きを彼女が持っていた小説を教本として叩き込まれる事になったのだが、同時にこうも教えられた。


 いいかい? リル。これから私がアンタに教える私の故郷の言葉のことだけれどね、もしかしたらこの言葉がわかる人にアンタはいつかどこかで出会うことがあるかもしれない。もし出会えたらそれは凄いことだから出来れば私はアンタにこの言葉を知ってる他の人とも出会って欲しい。

 ただね、もし出会ってもその中にはこの言葉を知っているアンタを悪用しようとする人がいるかもしれないんだ。私の故郷の言葉にはなんていうかね……そう、ここにはない色々な秘密があってね。

 だからこの言葉を使う時には「自分が育った田舎の方言」と言うことにして相手がどのような人物か見極めがつくまでは決して「ぱられるわーるど」での言葉だとは言わないようにするんだよ? そうしないと私の故郷のことを巡っての思わぬ厄介事に巻き込まれるかもしれないからね? と。


「……あの頃は幼くて何を言っているのかわからなかったのですが、今になってばっちゃのあの時の言葉の意味がわかりました。あれはきっと別の国どころではない、別の世界の技術や学問について悪用されることを恐れてのことだったんですね」

「多分そうだろうね。ケイト先生もこちらが尋ねれば色々なことを教えてくれたけれど、時々『これを教えるのはまだここで早すぎる』と言って教えてくれなかったことがあったからなぁ」


 暫しの間、静かな時が二人の間に流れたが、その空気を打ち消すようにフレデリックが天井を見上げて少し不満げな声でぼそっと呟く。


「……あぁ、それにしても残念だ。ご存命のうちにあなたのお祖母様と会って色々と異界のことについてお話を伺ってみたかったなぁ」

「お祖母様……? フレデリック様は私の祖母のことをご存じなのですか? 私も知らないのに?」


 きょとんとした顔でリルはフレデリックに尋ねる。


「ん? いや、あなたの育ての親なのだろう? お祖母様は」

「んん? 違いますよ? 育ての親は ばっちゃ ですよ?」

「んんん? ばっちゃ って確か祖母のことを言うんだよね?」

「んんんん? いや、違いますよ? ばっちゃ は ばっちゃ ですよ?」

「???」


「ばっちゃは私とは血縁関係の無い赤の他人でしたし、それにそもそも私が王都に行ってから一年後に村から『いなくなった』だけで『死んだ』だなんて一言も言ってませんよ?」

「……え!?」


 何が何だかわからない顔をしているフレデリックにリルは『ばっちゃ』について詳しく話し出した。


 ばっちゃ は 正式な名前を 馬場(ばば) 由香里(ゆかり) と言って、先程も言ったようにリルがまだ幼かった頃に突然村に現れた。


 由香里はこちらの世界の読み書きがなぜか最初から出来たし、この村ではごく稀にこのような人がやってくることもあったので彼女はリルの故郷の村で生活を始めるのだが、その時に最初「ばばちゃん」と呼ばれていたのが、いつしか短絡化されて「ばっちゃ」という呼び名になったというのだ。

(ちなみに本人はこの呼び名について「何で独身でまだ二十代の私がこんな呼び方されなくちゃならないのよ!」と時々文句を言っていたらしい)


 そして七歳の時に両親が流行病で亡くなり、身寄りのなくなったリルは村内で女性の一人暮らしをしていた「ばっちゃ」に預けられ、以降王都の神殿に引き取られるまでの八年間を彼女と共に過ごすこととなる。


「で、そんなこんなで私は王都に行って村にはまたばっちゃが一人で住むことになったんですが、私が王都に行ってから一年後に村の村長さんから一通の手紙が届きまして……」


 村長からの手紙というのでリルは「ばっちゃに何か!?」と思いハラハラしながら封を切ったのだが、そこに同封されていたのはばっちゃがある日忽然と村から姿を消したとの村長からの知らせと、その彼女が家に残していったリル宛ての一枚の書き置きであった。

 そして、その書き置きにはリルとばっちゃにしか読めない例の「ぱられるわーるど」の文字でこう書かれていた。 


「リルへ


 ここに二十二歳の時にやってきて、二十三歳の時からアンタと暮らしはじめて八年間、三十一歳の時にアンタが王都に行って一年経った。私ももう三十二歳だ。アラサーだぜコンチクショー!


 で、私ももうすっかりこの世界に馴染んだからこの村を出ていこうと思う(なにしろこのままここにいたんじゃ良い男を見つけることが出来ないからな!)


 この世界をぐるぐる回っていけば私と同じような人間がきっと何処かにいるはずだと思うしね、女の真の魅力は三十からってことを証明してみせるよ。


 なぁにきっとどうにかなるさ。私の身に何かあった時には村長と神官長の所に連絡が行くようになってるからそれまではアンタは私のことは心配せずに元気にやんな。

 それこそ女神様の思し召しがあればいつかまた何処かできっと会えるさ。

 

 それじゃあ達者でな!


              ばっちゃ こと 馬場 由香里 より」



「……と、言うわけでして、いまだに村長の所にも神官長の所にもばっちゃについての連絡が無いのできっと今頃何処かの空の下でいい男捜しでもしてると思いますよ?」


「なんというか……内容もさることながら置き手紙一枚で出て行くという所もケイト先生と同じとは、もしかしてそれが異世界転移者の常識なのか?」

「うーん、流石にそれはないんじゃないでしょうか?」

「だよなぁ」


 全くあの人ときたら……と、フレデリックとリルは自分らを育ててくれた破天荒な、でも優しくて面白かった異世界からの住人の顔を懐かしく思い出して顔を見合わせてちいさく笑い合った。


 その後、リルはフレデリックにケイト先生が歪めて伝えてしまったらしい「中二病は格好いい!」についてはばっちゃから聞いていた「ちゅーに病」は「くろれきし」になるという正しい認識を教え、それを聞いたフレデリックは頭を抱えると「もう明日からすっぱりとやめる」事を決めてくれた。

 また、リルの方もばっちゃが(ひね)くれて伝えた「にいとらいふ」について、フレデリックがそれは良い意味で使われないのでケイト先生が教えてくれた「スローライフ」と言う表現の方がよいと教え、今後は「すろうらいふ」を目指すことにすると決心を述べた。


 このようにひとしきり異世界の言葉や転移者について話し合っていた二人であったが、この部屋に来てからかなりの時間が経っていたことに気がつきリルが「そろそろ部屋に戻りますね」とフレデリックに告げた。


「そうだね、私も自分の部屋に戻るとするよ。しかし……」

「しかし……?」

「いや、こうして異世界からの転移者に育てられた二人が出会ってるのだから転移者本人達も何処かで出会ってるんじゃなかろうかと思ってね」

 

 予想もしなかったフレデリックのその一言にリルが思わず聞き返す。


「ケイト先生とばっちゃが?」

「ケイト先生とばっちゃが」

「……」

「……」


「ないですわー! 流石にそこまでの偶然は」

「やっぱりないよなぁ、そこまでの偶然は!」


 うんうん!と頷きながら二人はそれぞれの部屋に戻るべくケイト先生の部屋を後にした。




―― 同じ頃、とある街にて ――


「へっくしゅん!」

「へっぶし!」


 異国風の顔立ちをした一人の男性と一人の女性が揃ってくしゃみをしたことをフレデリックとリルはこの時まだ知るよしも無かった。

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