第六話 拭いきれない不信感
「……もしかして私、フレデリック様に嫌われているのでしょうか?」
この館に来て一週間たち、結婚式を三日後に控えた日の午後。
色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園の東屋で一人お茶を飲んでいたリルが不意に小さく溜息交じりに呟くと、横で給仕をしていたメイドのメイアは思わず驚いた声を出した。
「リル様! 一体何をおっしゃるんですか!? リル様がここにいらして一週間になりますが旦那様がリル様を大事になさっておられることは屋敷の者なら皆知っていることですよ? 昨日もリル様にお似合いの素晴らしい装飾品一式とお召し物をご注文になりましたし、一昨日は確かとても珍しいお菓子を両手に抱えてお帰りになったではありませんか」
「……そうね。確かに毎日お帰りになる時に欠かさず贈り物は下さってるわ」
「そうですとも! それに、屋敷の者だけではありません。今では領民からも仲睦まじいお似合いの二人だとの声が聞こえてきております。それなのに何故そんなことを?」
訳がわからないと言ったメイアにリルはテーブルに戻したティーカップをじっと見つめながら静かに尋ねる。
「それなら――そんなに大切だと想っているのになぜフレデリック様はここに来てから一度も私と夕食を共に取っては下さらないのでしょうか?」
確かにこの屋敷に来てからフレデリックは朝と昼の食事はできうる限り彼女と共に取るようにしていたが、夕食の時間になると何故か言を左右にして一緒にテーブルを囲もうとはしなかった。
まさか旦那様の「あのこと」に気づかれた!? リルのその一言にメイアの心臓が早鐘を突くように早くなる。
「そっ、それはそのっ、旦那様は夜は書類仕事がお忙しいのでご自分の書斎で御夕食を召し上がることになってますので……あ、あの、でも、ご結婚式が終わればきっとご一緒に夕食を取られると思いま――」
「ねぇメイア、お為ごかしはやめてちょうだい」
ここに来てからメイアが聞いたこともないような冷ややかな声でリルは言う。
「私、昨夜見てしまったのよ。フレデリック様がご自分の書斎で夕食を取ってなどいなかったことを。ええ、フレデリック様が今は使われていないケイト先生の部屋にご自分の食事を運ばせているところを」
ああ、もうダメだ! メイアは体から力が抜けて思わずその場にへたり込みそうになる。
「 ねぇメイア? あの部屋は確かケイト先生がこのお屋敷を出て行ってから使用する人がいないからって鍵をかけたまま開かずの間になっているって教えてくれたわよね? どう見てもあのお部屋で書類仕事はしてませんよね? それなのに何故フレデリック様は毎晩あの部屋でお食事をするのかしら?」
明後日になれば、結婚式さえ終わればなんとかなるだろうと思って今まで「あのこと」をひた隠しにしてきたが、ここまで露見してしまってはもはや隠しようがない。メイアはなんとか気力を振り絞ってリルに向き合う。
「……承知致しました。私の判断でそのことについてお話しすることは出来ませんので執事のジェイムスさんに相談してからでよろしいでしょうか?」
「ええ、それで結構よ」
「ではこれから早速行って参りますので失礼致します」
一礼して去って行くメイアの後ろ姿を見てリルは一人ですっかり冷めてしまったお茶を飲み干すのであった。
――その日の夕刻――
「リル様、お話ししたいことがございますので少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
いつになく緊張した面持ちでリルの元へと来た執事のジェイムスは部屋に入るといきなり平身低頭で謝罪を言い出した。
「申し訳ございません! 本来ならば最初からこのことをお伝えせねばならなかったのに私どもは今回のこの婚儀を恙なく終わらせるためにリル様に申し上げなかったことがございました!」
あーやっぱりねー。と、リルは思った。
実は彼女は昨夜の様子を見て「フレデリックが恋人を開かずの間に囲っており、夕食はそこで二人で取っている」と予想していたのだ。
おかしいとは思っていたのだ。肩書きだけは立派だけれど七つも年上の年増の嫁なんてそんなありがたがって貰うわけはないだろう。きっと私は体面上の嫁で他に若くて可愛い女性をどこかに囲っているに決まってる。そう、まさに「開かずの間」なら女性を囲うにもうってつけだよねぇ。
いやまぁなにも結婚前だからって私に気を使って人を狭い部屋に閉じ込めなくても良いんですよ。ご機嫌取りの贈り物も大変だったでしょうし、夕食だけしかその女性と一緒に食べられないなんて可哀想でしょうが。私のことはそんなに気にしないでなんならその女性と二人で公務に出ていっても良いんですよ? 私はのんびりここで「にいとらいふ」を楽しみますから!
ジェイムスがお相手の女性のことを言ってきたらそんな内容のことをもうちょっと穏やかな表現で伝えて肩の荷を下ろしてあげようと思っていたリルであったが、その後の彼の発言は彼女の予想とは大きくかけ離れたものであった。
「実は……旦那様は夜になると奇妙な行動を取るのです」
「……え?」
「何と申しましょうか、あれは何時の頃からだったか……そう、確か御領主になられてからさほど経っていない頃からです。旦那様は夕食の時になると発作のようなものを起こしまして……ああ、いえ! 発作と申しましても決して人に危害を加えるとか物を壊すとか、そのような類いのものではございません。ただ、あまりにも異質な発作でして、お医者様に見ていただいても原因不明だと……ええ、勿論旦那様ご自身もそのことは理解しておりまして、協議の結果ご成婚が済むまではリル様とは別々の夕食を取ることに致した次第でございます」
「と、言うことは、フレデリック様はその発作を私に見られないために開かずの間であるケイト先生のお部屋で夕食を取っていた、と?」
「左様でございます」
「お一人で?」
「お一人で」
「……」
「……」
うーん、と顎に手を当ててリルは考え込んでしまった。
どうやら事は女性を囲っているという自分の予想を遙かに上回って複雑らしい。だがここでこうしていても埒があかないので彼女は一つの決断を下す。
「……わかりました。まずは一体どのような発作を起こされているのか見てみなければわかりませんので今夜フレデリック様が夕食を取る時には私もお部屋に行ってみようと思いますので、手配の方をよろしくお願いしますね」
「ご、ご覧になるというのですか!? 旦那様のあのご様子を!」
酷く慌てた様子になるジェイムスにリルは落ち着き払って述べる。
「たとえどのような発作であろうともわたしとフレデリック様はヤーミー女神様の御名の元に夫婦となるのですからなんの問題もありません」
「ああ、やはりリル様こそ旦那様の奥方様に相応しいお方です! 実はもう一つお話ししていなかったことがあるのです。以前旦那様は他のご令嬢と縁談話が持ち上がったことがございまして、勿論旦那様はその頃にはリル様とご結婚を希望されておられたのですが、どうしても断れないお相手からのお話でしたので形だけの夕食会を開いたことがございました。ですがその時に旦那様の発作が出てしまったのです」
「あら、それはまた」
「はい。そしてその時にお相手のお嬢様が旦那様のことを悪魔付きだのなんだのと酷く悪し様に罵られまして……屋敷の者は普段の旦那様を存じておりますからそのようなことはないと申し上げたのですが、全く失礼な話でございます!」
腹が立っているらしく大きめの声で話すジェイムスを宥めるようにリルは静かな声で指示を出した。
「なるほど。ここの使用人があなたをはじめ全員フレデリック様のことを大事に思っていることはよくわかりました。ありがとう、感謝しております。では今夜のこと、よろしくお願いしますね」
承知致しました、後でメイアを通じてお知らせ致します。と、ジェイムスが頭を下げて出て行くとリルは再び顎に手を当てて考え込んだ。
うーん、悪魔付きとまで呼ばれるなんて一体どんな発作なんだろう? 暴れるというわけでもないみたいだし、王都の神殿にいた時にもそんな人は見たこと無かったんだけれど……はて?




