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やさぐれ巫女は祝婚歌を歌う  作者: Eμ(エミュー)
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第五話 初でえと?

 翌朝――リルがこの館に来て初めて迎える朝がやってきた。


 窓の外から聞こえる鳥の鳴き声とカーテンの隙間から部屋に入り込む日の光に起こされて目を覚ますと、まるで見計らったかのようにドアをノックする音とメイアの声が聞こえてきた。


「おはようございます、リル様。夕べはよくお休みになられましたか?」


 トレイにのせた紅茶をメイアがベッドサイドに運びカーテンを開けると朝日が丁度リルのベッドの上に落ちる。

 

「おはよう、メイア。ええ、おかげさまでぐっすり眠れたわ」


 流石お貴族様だなぁ。朝にベッドの上でメイドが持ってきた紅茶を飲むことが出来るなんて、なんかもうこれだけで憧れの「にいとらいふ」が叶った気がする!


 などと朝からおよそ生産的ではないことを心の中で思いながらベッドから上半身を起こし、お茶を一口飲んでから窓の外をみた。


 ここ南方のエイブリー地方は彼女の生まれ育った北方のアイザス地方や王都ダーナンとはかなり気候や植生が違うらしく、まだ晩春だというのに既に外は明るく館内の青々とした木立や美しい花々が咲く庭園、そして眼下に広がる領内の集落の屋根が朝日を反射してキラキラと輝いているのが見て取れた。


「……なんて綺麗なんでしょう」

「ええ、この辺りは春の終わり頃の今が一番美しい季節なんです。リル様が気にいって下さって私も嬉しいです」


 お茶も飲み終えて窓際からその光景を見て思わず感嘆の声をあげたリルにメイアも嬉しそうに教えた。


「このお部屋から見えるあの集落が城下町とでも言えば良いんでしょうか? この領内で一番大きなトライアスと言う名前の街になります。本日は旦那様とのご朝食後にあの街にお二人で視察を兼ねてお出かけになる予定になっております」

「まあ! もしかしてフレデリック様と二人だけで?」

「いえ、護衛としてアンドリュー隊長もご一緒なさる予定です」


 デスヨネー! 流石に二人っきりでの初「でえと」なんてやはり立場的に無理デスヨネー! いやわかってますよ? この歳で「きゃっきゃうふふ」な「でえと」なんて似合わないって。でも少しぐらい夢見たって良いじゃないですかー! との心の叫びは曖昧な微笑みで巧みに隠し、リルはフレデリックと一緒に朝食を取るため身支度をメイアに任せることとした。


「やぁ、おはようリル。 昨日はよく眠れたかな?」


 ダイニングルームに入ると既にテーブルに着いていたフレデリックがニコニコとしながらリルに話しかけてきた。


「おはようございます、フレデリック様。ええ、よく眠れましたわ」

「そう、それはよかった! 今日はこの後街に出てドレス合わせの他にも色々案内したいと思ってるから昼食も街で取ろうと思ってるんだ」

「ええ、とても楽しみです」

「本当は二人だけで行きたかったんだけど警備の関係でアンドリューがどうしても着いてくると言ってきかなくてね。全く気が利かない男だよ」

「まぁ! そんなことを言うものではありませんわ」


 テーブルに卵やベーコンを使った料理やパンとフルーツ、果物のジュースなどが運ばれ和やかな雰囲気の中で始まった朝食が終わるとリルとフレデリック、そしてアンドリュー隊長の三人は馬車に乗り館のふもとにある街へと向かった。


「これは御領主様、おはようございます」

「おあよーございます! ふれでりっくちゃま!」

「お館樣、今日も良い天気ですなぁ」

「もしかしてお隣の方が奥方様ですか? まさかお目にかかれるとは!」

「わー! およめさんだってー! いいなー! おめでとー!」


 馬車が街の中心部にある広場に着き、リル達が外に出るとそばにある民家やまだ開店間もない商店から住民が老若男女問わず湧いて出るように集まってきて三人を取り囲んでくる。

 そしてアンドリューはそんな住民達を叱りつけるでもなく、だが毅然とした態度で下がらせた。


(なるほどねぇ。確かにこれは警備としてアンドリュー隊長が着いてくると言ったのは正解だったみたいね。しかし、まだ若年なのにフレデリック様はずいぶんと町の人に慕われてるのね。私も昨日初めてお話をしたけれどフレデリック様との会話ってなんとなく懐かしい感じでお話ししやすかったのよね)


 リルは周りの人だかりの様子を眺めながらそんなことを思いつつ、最初の目的地である自分の婚礼衣装を作るこの街で一番大きな仕立屋と言われている「ブランシュ」と言う名前の店へ向かった。


「これはフレデリック様、お待ち申し上げておりました。お隣におられる方がヤーミー女神の巫女様でいらしたリル様ですね? 初めまして、私は当店の店長、ライラ・ミラーと申します。以後お引き立ての程よろしくお願い致します」

「あ、こ、こちらこそっ!」


 ライラと名乗ったいかにも高級店の主らしい上品なご婦人からの挨拶にリルは思わず気後れしてしまうが、そんな彼女を助けるようにフレデリックがライラに話しかけた。


「ライラ、頼んでおいた彼女のドレスはどうなってるかな?」

「はい、既に仮縫いまでは出来ておりますのでどうぞこちらに」


 そうライラに案内されて奥の部屋に行くと、そこにはマーメイドラインのデザインで見事な純白のレースと絹の布で作られたリルの婚礼衣装が人台に飾られていた。


「――まぁ、なんて素敵な花嫁衣装でしょう!」

「お褒めにあずかり光栄ですわ。 こちらの婚礼衣装はこれからリル様に試着して頂いて補正が終わり次第縫製に入らせていたく予定です。大丈夫、式までには間に合うように仕上げてご覧に入れますので」


 そこまで聞いてリルは気づいた。どう見ても既製品には見えないオーダーメイドのこのドレス、何故一度も採寸していないのに既にドレスが仮縫いまで出来ているのだろうか?

 不思議に思ってライラに尋ねるとなんでもリルの服の寸法は神殿の神官長が教えてくれたと言うのだ。


 あの神官長、どうして私のサイズを!? まさかのぞきでもしてたの!? と一瞬不埒な妄想が頭をよぎったが、よくよく考えてみれば神殿で結婚式の時に来ていたローブを作る時に採寸をしていたのでそのデータを渡したのだと言うことに思い至りこっそりと「申し訳ない!」と謝罪の言葉を心の中で述べた。


「……ま、リル様? どうかなさいましたか? 何か気になる点でも?」


 神官長へあらぬ疑いをかけていたためぼうっとしていたリルにライラが不安げに話しかけていたのに気がついて慌てて返事をする。


「いえ、何もございません。ただ……そう、ただあまりにもこの布の光沢が見事なので驚いてたのです」

「まあ! そこに気がつくなんて流石フレデリック様の奥方様になられるお方ですわ! ええ、ええ! この布は実は最近ここで作られるようになった最高級の絹布で作られているのです。その絹布のお披露目も兼ねて今回はこちらの花嫁衣装に使わせて頂きましたの」


 満面の笑みで答えるライラの補足をするようにフレデリックがこの布について説明をしてくれた。


 なんでもこの南方辺境伯領は暖かい気候と水に恵まれて作物の育ちそのものは良いのだが、それに付きものの病害虫も出やすく生産性は今ひとつ上がらず収益にはなかなか結びつかなかったらしい。

 そこで何か付加価値の高い特産品を……と、色々模索していた時にフレデリックの屋敷で彼の家庭教師をしていたケイト・オーツなる人物が偶然この地方に絹糸の原料となる糸を吐き出す虫が好む植物が沢山自生しているのを見つけ、養蚕について領民に指導を始めた。

 最初は養蚕の経験など無く半信半疑であった領民もその家庭教師の教えに従って蚕を育てていくと非常に質のよい絹糸を取ることが出来るようになり、飼育開始から数年経った今、ようやく生産体制が整ったのだと。


「本当に、フレデリック様と家庭教師だったケイト先生にはここの領民は皆感謝致しておりますのよ。ケイト先生は養蚕だけでなく他にも色々と私達の生活に役立つことを教えて下さいましたし」

「そうだね、本当に素晴らしい方だったよ。我が師は……さて! それよりも今は彼女の花嫁衣装の方が大事だ。ライラ、私はちょっと店頭で待っているアンドリューに用事があるから仮縫いの方を頼むよ?」

「はい、かしこまりました。ではリル様、こちらの試着室へどうぞ」


 リルの胸になにやら「もやもや」としたものを残してフレデリックが出て行った後、早速仮縫い補正に入ったのだが、その時にリルはライラに花嫁衣装の名前を故郷の方言で「ウェディングドレス」という名前で呼んでいたので、これからここの絹布を使って作る花嫁衣装のことをその名前で呼ぶのはどうだろうか? と提案をした。


 ライラは少し考えると、結婚と家庭を司る女神ヤーミーの巫女であったリルがつけた名前なら他の衣装との差別化を図ってさらなる付加価値をつけることになるのできっとよい結果になるだろうと判断し、早速これからは花嫁衣装は「ウェディングドレス」との名前で呼ぶことに即決した。


 いや、本当にただの方言なんだけどなぁ……と、リルは少々面映ゆい心持ちであったが

そうこうしているうちに無事に仮縫いの補正も終わり、ライラに礼を述べるとフレデリックとアンドリューの元へと向かうこととした。


 ところが、いざ店頭に来てみればそこにはアンドリューしかおらず、フレデリックの姿は影も形も見当たらないではないか。

 もしや私の面倒を見るのが嫌になってここに置いて行かれたのでは? と急に不安になったリルであったが、アンドリューから「旦那様はこの後の昼食についての打ち合わせで先に食堂に向かっているので衣装合わせが終わったら自分がその店に案内することになっている」との説明を受けてほっと胸をなで下ろした。

 また、食堂の場所はここからさほど遠くはないらしいのでアンドリューとリルはフレデリックが待つ店へと徒歩で向かうことにした。


「あの、ジョーンズ隊長……さん?」


 道すがら、隣を歩くアンドリューにリルはおずおずと話しかける。


「リル様、自分のことはどうかアンドリュー、と呼び捨てで」

「あ、はい。では……アンドリュー」 

「なんでしょうか?」


 リルは先程から胸の中にあった「もやもや」について思い切って彼に質問してみた。


「アンドリューは以前フレデリック様の家庭教師をなさっていたケイト先生という方について知ってますよね?」

「……リル様、一体どこでその名前を?」

「先程のお店でフレデリック様とライラさんがとても嬉しそうにお話しなさってて……

お願いです、どうかどのような女性なのか教えて頂けませんか?」

「え、ええと……それは……いや参ったなこれは……」

「ええ、先程のあのお二人の話しぶりからしてとても教師としても女性としても素晴らしい方だったんだろうなとわかります、きっと私なんかではとても替わりにはなれないくらいの。でも――だからこそ知りたいのです。出来るならお目にかかってお話しできたら、とも思っているんです」


「わかりました。ではかの御仁について私の知る限りのことをリル様にお話し致しましょう」


 思いもかけない質問に最初は戸惑っていたアンドリューであったが、真剣な顔のリルを見て彼も真剣な顔で答えた。


「まずケイト・オーツは既に屋敷にもこの街にもおりません」

「それは……もしかしてお亡くなりになってしまったと言うことですか?」

「いえ、そうではありません」


 アンドリューがゆっくりと話し出す。

 

「その、子供の時分の旦那様のことなのですが何と申しましょうか……非常にやんちゃ坊主でしてね。武術の訓練は私が受け持っておりましたのでまだなんとかなったのですが、座学の時間とかそれはもう……当時はあの方が領主になったらここはもうダメだと言われていたくらいだったんです」

「そんなに?」

「ええ、今となっては信じられないですよ。ここの領民がフレデリック様と非常に親しげなのはそのやんちゃ坊主だった頃、お屋敷を抜け出してここに遊びに来ていたあの方のことをよく知ってるからなんですよ」

「まあ!」


 二人は思わず顔を見合わせて小さく笑い、それからまた真顔になる。


 そんなフレデリックのやんちゃぶりがますます酷くなっていよいよ今までの家庭教師の手に負えなくなってきた時であった。ケイト・オーツなる人物がある日突然この街に現れたのは。


 どこから来たのかは言いたがらなかったが読み書きは出来るし、どうも以前はどこかで教師をしていた経験があると言っていたので街の顔役はひとまずケイトを領主であるバーンズ家へと連れて行き、そこでフレデリックに出会いお互い話をするうちに馬が合った二人はいつしか家庭教師とその生徒という関係になったということらしい。


 そうこうしているうちにケイトの指導を受けて落ち着きを取り戻したフレデリックはそれまで隠されていた才能が一気に開花したかのように座学の成績を上げていったがそれは彼が一五歳になった時に突然終わることになる。


 フレデリックの父親が急逝し彼が諸手続のために王都へと赴き、諸々の用事を終えてここに戻ってくるとケイトは「自分の役目は終わったのでこから出て行く」との置き手紙を一枚残して屋敷から出て行ったというのだ。

 当然彼は恩師の行方を捜したがどうも周到にここから出て行く準備をしていたらしく領内のどこにもそれらしい姿は無かったという。


「全く、ある日突然この街にやってきたと思ったらある日突然いなくなってしまったのですから。まるで風のような御仁でした」

「それでお目にかかることが出来ない、と……そしてフレデリック様は未だに彼女を忘れることが出来ないのですね」

「そのことなのですが――」


 思わず伏し目がちになるリルに、アンドリューは「ゴホン!」と咳払いをすると彼女に伝えねばならない最も大事なことを口にした。


「フレデリック様の家庭教師であったケイト・オーツは女性ではありません、男性です。まあよくその名前で間違えられてはいましたが正真正銘、私と同じ歳くらいの男です」


「……は? え? ええっ!?」


 え? 男性? えっ? 男? 「ケイト」なんていう名前で男性? 赤毛で胸が大きくて色っぽそうな泣きぼくろがあって家庭教師先の男の子を「おねしょた」の道に引きずり込みそうな名前なのに男だったのっ!?


 あらぬ妄想で「もやもや」していたところに突きつけられた現実にリルは思わず言葉を失う。


「もしもお疑いなら屋敷に帰ってからジェイムスやレベッカ、メイアにも聞いてみればよろしいかと」

「――あ、すみません! なにもその、疑っているというわけではなくて――ただ、その、あまりにも予想外だったので」

「ああ、いやいや! こちらこそお話しするのが遅くなって申し訳ありませんでした。しかし……まさかリル様がケイト先生に嫉妬するとは思いもしませんでした。いやぁこれは大変喜ばしいことですよ!」

「え……? し、嫉妬!? そ、そんな――」


 わははっ! と朗らかに笑うアンドリューに思わず顔を赤くして誤魔化すリルであったが、ふと視線を前方に戻すと自分達の方に息せき切って走ってくるフレデリックが見えた。


「ごめんごめん! 仮縫いに時間がかかりそうだったから先に昼食のメニューを決めてきたんだ。 丁度出来上がるところだったからグッドタイミングだったね! あ、アンドリューも別のテーブルになるけど昼食を頼んでおいたから一緒に行こう。

 今日のメニューはね、我が師が特別にレストランに残していった秘伝のメニューなんだ。とってもスープが美味しい麺料理でね……」

「ケイト先生がですか? それは楽しみですわね!」


 並んで歩くリルとフレデリックを背後から穏やかな表情で着いていくアンドリューであったが、その胸中に一抹の不安があることを彼以外の誰も知ることは無かった。


 ―― どうかこのまま結婚式が終わるまでフレデリック様の「あのこと」にリル様が気がつきませんように、と――

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