第四話 出会いは突然? いいえ必然です
いきなり登場してきた青年は一目散にリルの所まで来ると彼女の手を取ってダークブルーの瞳をキラキラと輝かせながら彼女を見つめた。
「結婚の申し込みが遅くなってゴメンね? でも貴女が他の人のところに嫁ぐ前に間に合ってよかったよ。 本当に――」
「旦那様、そこまでになさいませ! 応接室でお出迎えの予定でしたでしょうに全く……」
執事のジェイムスに叱咤されてその青年は渋々とリルの手を離す。突然のことに驚いて何も言えなかったリルは改めて目の前の青年を見つめた。
まるでお日様の光を集めたような明るいふわふわとした短めの金髪とダークブルーの瞳、体格は中肉中背でほどよく日焼けした顔には少しだけそばかすがあり、それが若干幼さを醸し出している。
旦那様、と呼ばれたと言うことはこの人が自分の結婚相手である南方辺境伯フレデリック・バーンズ卿だと思い至りリルは慌ててぴょこんとお辞儀をする。
「お初にお目もじ仕ります。女神ヤーミー様の神殿にて巫女を務めさせて頂いておりましたリル・レントと申します。バーンズ卿におかれましてはこの度の私への婚姻申し込み……あ、ああっ! 大変申し訳ありません!」
(いけない! 初めてバーンス卿にお目にかかる時にはカーテン……? いや違う……カーテシー! そう、カーテシーで淑女の礼をしないといけないって神官長から言われてたんだ!)
顔を真っ赤にして大慌てでカーテシーをするリルをフレデリックは目を丸くして眺めていたが、やがて小さく「ぷっ!」と吹き出すとの手を優しく取る。
「挨拶なんてそんな気にしないで。それに私のこともバーンズ卿、などではなくフレデリックと名前で呼んで欲しいな。さあ取りあえず中に入ろう」
「は、はい。フレデリック……樣」
フレデリックにエスコートされ、背後には使用人達が付き従う中、玄関ホールを抜けて応接室へと入ると丁度その入ってきた扉の真正面の壁に一人の男性の大きな肖像画が飾ってあった。
それを見たリルは思わずその絵の近くにより心の中で叫んだ。
――わあ! 何という私好みの「いけおじ」! さっきのアンドリュー隊長もなかなかだったけどこの方は一体誰かしら!?
未来の妻となる人の心の叫びを知ってか知らずかフレデリックは彼女の横に並んで立ってこの肖像画について話し出した。
「この絵が気になる? これは私の父の絵なんだ。父は私が十五の時――今から三年前に視察先に事故に遭って亡くなってね」
「まあ、そうだったんですか。亡くなったお父上の……」
「ただ、本当の父はこの絵みたいなイケオジというよりはちょいワルオヤジって感じだったんだよね」
「それはまた意外ですね」
「私もいまはまだ貴女にとっては頼りないだろうけど歳をとればきっとこんなナイスミドルになれると思うので期待して待っていて欲しいんだ!」
「は、はぁ……」
「……こほん! 旦那様、お茶が入りました。リル様もどうぞこちらに」
眩しい笑顔で楽しそうに話すフレデリックになんと言えば良いのかリルが困っていると、執事のジェイムスが助け船を出してくれた。
「ああごめん! 長旅で疲れてるのに。さ、座ってお茶でも飲もう」
「あ、ありがとうございます」
ソファに座りお互い向かってお茶を飲みつつ最初は当たり障りのない会話をしていた二人であったが、その会話が途切れた瞬間を狙って思い切ってリルはかねてからの疑問をフレデリックに突きつけることにした。
「あの、フレデリック様はどうして私との婚姻を望まれたのですか? 私は巫女ではありましたが辺鄙な田舎出身の平民でご覧のように容姿も見栄えのしない、かなり年上の女です。そんな私を何故? いえ、実はそれ以上に疑問に思っていたことが一つあるのですが……フレデリック様は一体どこで私の事を知ったのですか? 私にはフレデリック様とお目にかかった記憶が無いのですが」
「そうか、そういえばまだそのことを話してなかったね。あれは今から三年前、さっきも言ったように丁度父が亡くなったあとのことだった」
ティーカップの中の紅茶を飲み干してテーブルに置くとフレデリックはソファに深く座り直して遠くを見るような目をして話し出した。
それはフレデリックが十五になってまださほど経っていないある日のことであった。
領内で続いていた大雨の被害を確かめるべく視察に赴いていた父が崖崩れに巻き込まれたとの急報が館に飛び込んできたのだ。
彼は館の警備を任されていたアンドリュー団長と共に急ぎ現場へと向かったが、着いた時には既に父は帰らぬ人となっていた。
フレデリックは前辺境伯のただ一人の子であったため父の死と同時に自動的に南方辺境伯の領地と爵位を受け継ぐこととなっていたが、各種書類の手続きや叙勲の儀式等を王城にて行う必要があったので慌ただしく葬儀を済ませると王都へと向かった。
「……で、私はその時暫く王都に滞在していたんだけど、その時にあなたに出会ったんだよ」
「私に?」
「あなたに」
懐かしむように穏やかにリルを見つめながらフレデリックは話を続けた。
複雑な書類手続きや王城での一連の形式的な儀式も終わり領地に帰ろうとしていたところに、王都に住んでいる父の古くからの友人の貴族の男性がフレデリックにお悔やみの言葉を言いにやってきた。
本来であるなら辺境で行われた葬儀に出席したかったのだが、実は自分は明後日にここ王都で結婚式を挙げる予定があったためどうしても行けなかった。どうか許して欲しい、と。
勿論事情が事情なのでフレデリックも気にすることはなく、こちらこそ本当なら父が結婚式のお祝いに来なければならなかったのに申し訳ないと謝罪をし、その時にふと思い付いてその人に尋ねた。
王都でと言うのなら結婚と家庭を司る女神ヤーミーの本神殿で挙式を挙げると思うのだが、もしそうなら式典だけでも参列させていただけないだろうか? ただ自分は喪中なので正式な参列者ではなく聖堂の後方にいるであろう一般参列者に紛れてで構わないから是非父に代わってお祝いをさせてほしい。
「私がそう申し出るとかの御仁は大層喜んでくれてね。で、私は当日ヤーミー様の本神殿に行ったんだけど、そこで初めて祭壇の前に立つ貴女を見て私は貴女に一目惚れ――いや、正確にはちょっと違うな。あえて言うなら『一聞き惚れ』とでも言えば良いのかな。とにかくその時貴女に初めて会って、私は貴女こそ私の探し求めていた人だと知ったんだ。
本当ならその場ですぐに婚約の申し込みをしたかったんだけれど何しろまだ喪中だったし、領地の引き継ぎやら何やらで結局私が結婚できる年齢になるまで申し込みが遅れてしまって、もしもそれまでに貴女が引退して結婚でもしてしまったら……と気が気でなかったんだよ?」
「……うひゃぁ!」
思いもかけないフレデリックとの出会いを聞かされてについてリルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
三年前の結婚式については正直リルにはどの結婚式のことだか思い出せなかったが「一聴き惚れ」ということはリルが結婚式で歌った『祝婚歌』がこの若き辺境伯の心を揺さぶったと言うことであろう。
それは今までずっと巫女として『祝婚歌』を歌い続けて来たリルにとっては何よりも嬉しいことであった。
「フレデリック様、覚えていなくて申し訳ありません。でも、そう言って頂けてとても嬉しいです」
「ん? そ、そうかな? まぁ、そんなわけでこれからよろしくね」
「はい、こちらこそ末永くよろしくお願い致します」
「よかったぁ! なにしろあと十日で結婚式だから明日は早速この領内で一番大きな街に結婚式用の衣装の仮縫いに出かけようね! 勿論私もついて行くから」
「……え?」
なんとなくよい雰囲気になっていた二人であったが、フレデリックが放ったその一言にリルは思わず耳を疑った。
え? 今なんて? あと十日? あと十日で結婚式? いや、いくら何でも早すぎませんか!? 庶民の結婚式でも普通もうちょっと準備期間ありますよ? 貴族の結婚式で流石にそれは無茶ではないですか? もしもばっちゃがここにいてそれを聞いたらぶっ倒れるくらいですよ!?
「ああ、大丈夫だよ? 来賓への招待状とか式の手配とかは既に全部終わってるから貴女は何も心配しないでいいからね。 さ、今日はもう疲れたろう? まだ慣れてないだろうから今夜の食事は部屋に運ばせるようにしたのであとのことは部屋にいる侍女のメイアに聞くと良いよ。それじゃあ僕はまだやり残したことがあるので……レベッカ、あとは頼むよ」
「かしこまりました、旦那様。リル様、こちらへどうぞ。お部屋までご案内致します」
驚きのあまり二の句が継げないでいたリルは結局その日はそのまま館の最上階にある自室で夕食を食べて入浴を済ませると今までの旅の疲れが出たのかベッドに入るなりすぐ眠りに落ちてしまった。
――同時刻、リルが眠りに落ちた頃――
「ああ、リル。やっぱり貴女は私が思っていた通りの人だった」
屋敷内の今はその部屋の主がいなくなってしまったため空き部屋となっている室内でフレデリックはかつてその部屋の主が使っていた椅子にすわり感慨深げに呟く。
「あの日、彼女と出会えたこの幸運。これもやはりあなたのお導きなのでしょうか? 偉大なる我が師よ」
己が座っている椅子の前にある机上においてある一枚の紙。
その紙にはある人物の姿があり、フレデリックはそこに本人がいるかのように話しかける。
「まあ、どちらにしても私はもう決してリルを手放すつもりはないです――ええ、あなたの教え通りに」
ゆらり……と机上のろうそくの明かりが揺らめく中、フレデリックはリルが眠る部屋の方を見てうっそりと笑った。




