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ここは、駅前通りのファミリーレストラン。約束通り、葵くんにジュースを奢らされている。

彼は、クリームソーダのアイスを突っつきながら呟いた。その瞳に、いつもの人懐っこさはない。


「クライアントは、ただの被害者ではなかったか」


しをり先生が、どんどんと知らない人になっていく。

葵くんは、なおも続けた。


「影山さんは、事実に、耐えきれなくなったのでしょうか。ゴシップ誌に彼女を売るような真似をしてまで、彼が守りたかったものは、一体なんだったのでしょう」


またあの回りくどい老紳士の話が聞こえてくるようだ。


「何にしろ、女性一人がサバトの被害に合ったという事実は、変わらん。それはあの記者が裏付け調査によって明白にしているんだ。さっき有栖川に聞いたよ。“現代に甦った魔女狩り”と銘打って未発表の原稿をフロッピー内に残していたそうだ」


「因果なものですね。僕が、今、こうしているのは、その続報記事があったからですよ」


葵くんは、長いスプーンをタクトのように振り回した。


「ボクは、今、ある男の過去を洗っています。そこに浮上したのが、三木という雑誌記者でした。彼は、あるネタを元に男の親族をゆすりました。そのネタというのが、今話に出た“魔女狩り”です。男は、当時、中学生。サバトの首謀者でした」


僕は、すっと瞼を閉じた。奥さんにいれてもらった日本茶の味を思い出す。きっと、三木さんも晩酌の最後に、一口啜っていただろう。


「葵くん、そんなにしゃべってしまって良いのかい」


彼は、ニカリと笑って、捨て台詞を投げた。


「ボク、アルバイトですから」




葵くんは、上司から電話が入ったと席を立った。

窓際のシートからは、家路を急ぐ人がよく見える。もうこんな時間か。誰も、こちらを気にかける様子はない。

葵くんと同じくらいの年格好をした団体が入ってきた。

続けて、家族連れ、中高生くらいのカップル。

店員が右往左往しはじめる。



残りを飲み干そうとコップを持ち上げた。テーブルに水滴の輪が出来る。


なんだ?コップの水が小刻みに揺れていた。手が痙攣しているのか?次第に、その波が高くなる。水は、もう三分の一ほどしかないのに、零れてしまいそうだ。地震かと、周囲を一望するが、締まりない客たちの談笑する光景があるだけだ。


何度か抵抗したが、まるで張り付いてコップが手元を離れない。

そして、ピタリと動きの止まったその中に、一本の黒い髪を認識した。



…彼女だ。



おかっぱ頭の彼女が、重力を嘲るように、逆さになって、僕の頭上に立っていた。

陰っていて、もう顔かたちは、しっかり見えない。


“あの女だ。あの女が私を殺した”


ふっと煙のように彼女がいなくなると、自由になった指先から、プラスチックグラスが離れて転がっていった。

テーブルに、いくつもの水の筋が通る。

ひとところに集めた視線は、やがて、ちりじりになり、アルバイトの女の子が布巾を探してバックヤードに消えた。

電話を済ませて戻った葵くんは、頭にハテナマークを浮かべてその場に立っている。どこから見ていたのだろうか。


「どうしました?」


それが濡れたテーブルのことでないのは分かったが、今はもうそれどころではない。

僕は、おかっぱ少女が残した最後の難題に対峙している。


「なぁ、魔女狩りで死亡者が出たという話はあったか」


「いえ、さすがに、そうなれば、ここまで揉み消すことはできませんでしたよ。強いて言うなら、女性講師の流産した胎児くらいですかね。日下部先生でしたか。ストレス性の発作が致命傷になったらしいです」


それだ。生きていたら13歳になる。彼女は、しをり先生の死産した胎児だったんだ。


まずい。彼女は、誤解している。君を殺したのは、しをり先生じゃない。



「玲聞さん、電話ですよ」


水害から免れたスマホが、テーブルの端で、自己主張していた。


「有栖川からだ。すまん。相手しといてくれ」


僕は、スマートフォンを葵くんに押し付けると、一目散に走り出した。



しをり先生が危ない。




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