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今朝、学校で会った時に、彼女は、夕方から母校の司祭に挨拶すると言っていた。
空港まで旦那を迎えに行くという話だったから、帰宅ラッシュに捕まったはずだ。まだ、教会に居るかもしれない。
ここからだと、その女子高は、バスで一駅の距離だ。通りを一瞥して迷いは消えた。この渋滞じゃ走った方が早いだろう。
☆☆☆
礼拝堂の壁は高く、ステンドグラスがはめられている。ゴシック様式の煉瓦造りを見上げると、昼とは違う顔を見せていた。隣接するK女学院高等学校の東北に位置し、木製の厳かな門口は、表通りに向けて広く開かれている。
来週、彼女がブーケを投げる場所だ。
異変に気づいたのは、到着して間もなくだった。
二重扉の玄関口内で、司祭が、気を失って倒れているのだ。
中に入ると、奏者を無くしたパイプオルガンが、躍り狂ったように不協和音を引き続けていた。
しをり先生と男性(実物は、はじめて見るがフィアンセだろう)は、僕に背を向けて、奥の祭壇に揃っている。十字架はなぎ倒され、燭台が床に散らばっていた。
怨霊となった少女は、天井のはりにまで届こうかという上方に身体を垂らして、二人を捉えている。
彼女が身をおどらせて飛びついたのは、マドンナの隣で腰を抜かしたフィアンセだった。
もはや少女の面影はなく、奇怪な手足の動きは蛇を思わせる。
“この女だ、この女が私を殺した”
???
その時、背後の扉が音を立てて開かれた。
「お止めなさい」
有栖川の声?オルガンは演奏を中断させ、僕の身体から強張りが溶けていた。
振り替えると、そこには葵くんの姿がある。僕のスマートフォンを片手に持っていた。その平面には、有栖川の顔が映し出されている。Skypeか。
「あなたは、どうして人を憎んだの。どうして命を絶たれたことが悔しかったの。生きたかったからではないの。産まれたかったからではないの。人間になりたかったからではないの。このままだと、あなたは、もう二度と人に戻れなくなるわ」
みるみる少女の顔から狂気の色が消えいく。
彼から離れると、彼女は、全身を光に包まれていた。
細胞の一つ一つが輝き、それは、丁寧に本来在るべき姿へと巻き戻されていく。
やっと言葉が使えるほどの幼子になって、その無垢な瞳は、辺りを見回し、その人を呼んだ。
“ママ”
我に返ったしをり先生が駆け寄った時には、女の子は、もう胎児に還って跡形なく消滅していた。
フィアンセの嘉藤さんは、しをり先生が泣き崩れる姿を、表情一つ変えることなく離れて見ている。
二人の物理的距離に、どこか違和感を感じた。
その空間に、メスを入れたのは、やはり有栖川だ。
「嘉藤さん、ひとつ聞かせていただきたいの。
あれだけ、誰かに恨まれるのですもの、まさか心当たりがないわけでは、ないでしょう?」
「どういうことかな」
有栖川は、引き下がらない。
「せっかく、新しい性を手に入れて街を出たのに、どうして、戻っていらしたのか、とても興味深いわ」
せ…性転換。しをり先生は、了承していたのか。特に、取り乱すでもなかった。
「しをりに会うために決まっているだろう」
「あなたの正体に気づいていないか怖くなったのかしら?」
「きみの言いたいことが見えないな」
「13年前、サバトを牛耳っていた女子中学生は、あなたね」
なっ、こいつが葵くんの言っていた黒幕。しをり先生の婚約者じゃないか。
「サバトの存在を感ずかれたのかしら。あなたは、日下部女史を押さえ込むために、仲間をけしかけ、集団強姦事件を手引きした。事件は、時代の闇に葬られ、今、方舟に乗って、再び姿を現したわ。彼女をどうする気?」
なんだ。この男(?)、さっきまでと、まるで、様子が違う。ネジが一本飛んじまったようだ。
「きみは、なにか誤解しているようだ。
僕は、ただ、しをりを愛しているんだよ。今までも、これからも、ずっと。
あれは、僕なりのプロポーズさ。
どんなに汚らわしい女であっても、僕だけは、きっと君を綺麗な花嫁にしてあげられるってね」
彼女が、通報できなかったのは、男子中学生との恋仲を恥じたからじゃない。
事件は終わってなんて、いなかった!それが、始まりだったんだ。
「チェックメイト」
有栖川の一声で、制服警官数名が聖堂内になだれ込みその場で彼を取り押さえた。




