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僕は、いつもの調子で屋敷の門前に立っていた。

三木さんの自宅から電車で30分とかかっていないのに、街並みはすっかり変わるものだ。

駅から住宅街までテーマパークを切り取ったような風景は統一化され、唯一、電信柱が希薄になった現実感を保たせていた。

有栖川の家は、ここから延びている坂を登って一段丘の上にある。


監視カメラに深々お辞儀をすると、珍しくイターホンに出たのは、彼女だった。


「また、ろくでもないもの連れてきたわね」


後方から、大きなクシャミが聞こえた。



☆☆☆



今、赤の絨毯の上に半べそをかいて正座している彼は、団地ですれ違ったスタジャンの青年だった。僕の後を付けてきたという彼は、どこか間の抜けた男で、“葵そら”と名乗り、探偵事務所のアルバイトだと言う。

スカートを履けば、そのまま、女子更衣室に潜入調査できそうな女顔だった。


「うはー、ベーカー街の探偵が帰ってきそうですね」


自分の正体を、さらりと、白状したかと思えば、今度は、部屋をぐるりと見回し、目を輝かせて、これは何だあれは何だと、引きこもり少女の虚栄心をくすぐった。

よく表情の変わる子だ。


落ち着きを取り戻したのか、彼は、姿勢を正しキリリとした顔を見せた。


「詳細は、語れませんが、ボクも、その資料が必要なんです。どうでしょうか。ここは、お互い手を取り合って…」


「協定を結ぶってことね」


肘掛け椅子で、さっと考えるふりをして、有栖川は潔く答えた。


「わかったわ」


“いいのか!こんな得体の知れない奴を信じて”と、無言の訴えをしてみたが、やはり有栖川が、僕の忠告を受け入れるはずもない。


仕方なく、今しがた奥さんから預かった資料をローテーブルに並べてみた。

三木さんが几帳面な性格で助かった、インデックスの付いた紙ベースの原稿とフロッピーディスク、そして、手帳。

大抵は、フロッピーディスクに収まっているようで、そちらの確認作業は後日に持ち越されることになった。

他に、重要な手がかりとなりそうなものは、手垢にまみれた彼の手帳だ。

メモとしても使われていたようでかなり厚い。たかだか数ページの余白を埋めるために、これだけ労力を必要とするのか。


葵くんの指示を受けながら、ページを飛ばしていると、次に、僕たちが会うべき、人物が明らかになった。

情報提供者だ。


明日、葵くんと二人で、この男の元を訪ねるということになり、新たなメンバーを迎えた探偵ごっこは、まだ終わる気配を見せない。



☆☆☆



さて玄関口に向かうと、ご婦人は、ディナーに参加することを、なかば僕に強制した。

葵くんは、すでに居ない。

正直、今日ばかりは、すぐにでも家に帰って休みたかった。けれど、だれかの寂しそうな顔を振りほどいてまで断る力は、もう残っていなかったのだ。



廊下を進めば、大きな食堂があるのだが、有栖川は、部屋で食事を摂りたいのだという。


ダイニングテーブルをパソコンデスク変わりに使っているので、婦人は、ローテーブルに、皿を並べてゆく。

手伝おうかとしたが、彼女は、僕の介入を阻止した。“お茶でも飲んでいてください”なるほど、彼女の動きは、きびきびと素晴らしいものだ。これは、邪魔をしないに限る。


有栖川は、三人掛けソファの中央を陣取り、膝を抱え込んで、今度は、タブレットPCに夢中になっていた。ピンクベージュのドレスだ。フリルの裾を翻し、カボチャパンツが見えている。編み込みの頭は、やはり婦人がセットしたのだろうか。


僕は、三木さんの手帳に、もう一度手を伸ばした。特に、何を探すでもなくパラパラとめくってみる。


「あなたは、今出来ることをすれば、それでいいのよ」


そっと、視線だけ動かすと、有栖川は、こちらを見ていた。

付き合いは長いのに、はじめて彼女と目があった気がする。


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