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「また気に入られたのね」
彼女は、肘掛け椅子に両膝を抱えてノートパソコンから目を離さない。
漆黒の髪に、小さな顎、ふっくらした唇。淡い水色のフリルワンピースが、深窓のお嬢様を演出している。きっと、教室で黙って本でも読んでいれば、男子の噂になっただろう。
僕は、一人がけソファに居座っている先客をサイドテーブルに移した。
タイトルを、“犯罪精神病理学”“血の酩酊”“シャーロキアンの墓標”
やっと腰を落ち着けられたところで、初老のご婦人が紅茶を注いでくれた。
たちまち薄緑色のティーカップから湯気が立ち上る。
持参した豆大福にホークが添えられると、これがコジャレたスイーツに見えてくるから不思議だ。
一通りティータイムの用意が調うと、婦人は、会釈して部屋を後にした。
「またとは、なんだ。言っておくがな、これも精神疾患の一つだ。死霊なんざ本当に居てみろ。人口が増えてたまらん」
「先月だっかしら、毎晩、老婆が夜這いにやってくるって泣きついてきたのは誰」
平淡な口調だ。
「や、あれはなんというかだな…もごもご」
元を辿れば、僕と彼女の巡り合わせも、すべては、これらの疾患がもたらしたことなのだ。うん、これは病気だ。そうだ、そうに違いない。そうであって欲しい。
僕は、生まれながらに幻覚や悪夢に苦しみ、それは、大学入学を境に顕著になっていった。
当時、唯一の友人である男にそのことを打ち明けると、精神医学に精通する彼は熱心に耳を傾け、同症状を持つ自分の妹を紹介してくれた。そう、有栖川の兄だ。後に、彼は、僕と知り合う何年も前に他界していたと聞かされることになる。
彼は、たった一人の肉親である妹のために、莫大な遺産と、乳母だと名乗る謎多き御婦人、そして、話し相手に僕を残し、姿を消した。
僕が知能社会で生きうるためには、一連の事象をやすやすと容認するわけにはいかなかった。
そう、サイキックは実在してはならない。
だが、全くもって、どうしても、辻褄の合わないことが、今もこうして、僕の理性を衰弱させていくのだった。
「殺されたと言うなら、事件・事故。間接的に自殺や、病気という線も考えられるわ。誰に殺されたか分からないというのだから、それを突き止めて欲しいのかしら」
相変わらず、彼女は、淡々としゃべる。それとなく聞いてみた。
「かまわずに、そっとしていたら、どうなると思う」
「犠牲者が出るかもしれない。それは、あなたかもしれないし、無関係な人かもしれない。今できることは、事件の真相を追求することよ」
言い忘れていたが、彼女は、犯罪心理学のマニアであり、無類のミステリーファンでもある。
あぁ、また仕事が増えた。




