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放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
13.リライト・フレンドシップ

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02.部長の微笑み

「あーあ。今日もまたやってるよ、あの三人」


 部室の入口から少し離れたソファーの席で、スマートフォンの画面を弄んでいた二年の三村陽菜が、呆れたような、しかしどこか楽しげな声を漏らした。彼女は持ち前の賑やかで社交的な性質から、学内のあらゆる噂話に精通している、いわゆるお節介な姉御肌だ。


「ねえねえ、太陽。あれ、どう思う?結衣ちゃんと湊くん、翠明祭が終わってからずっとあんな感じよねー。結衣ちゃんのガードが日に日に硬くなってるっていうか、完全に目がマジだもん」


 陽菜が肘で小突いた先には、中野太陽がいた。太陽は、部室の奥にあるスチール棚の整理をしながら、ニカッと白い歯を見せて笑う。


「いいじゃないっすか、青春って感じで!湊のやつ、普段はオドオドして頼りないのに、あんな可愛い二人に奪い合われるなんて、男冥利に尽きますよ?俺だったら毎日のタスクなんて全部放り出して、生徒会室でもどこでも付いてっちゃうけどな!」


「タスクを放り出したら、俺のデータの裏付けが泣くぞ、太陽」


 ノートパソコンを叩きながら、ハハッと自信満々に笑ったのは、二年の小野寺拓海だった。彼はデータを根拠にハキハキと話す快活な性格で、Writiaのアクセス解析を担当している。


「クリック率の推移を見てみろよ。翠明祭期間中の湊の記事は、平均より3%も閲覧数が高かった。それは瀬戸口の徹底的なチェックがあってこその数値だ。だから名取さんに時間を奪われるのは、データの観点から見ても、今のライティング部にとっては明らかな損失なんだよな」


「ちょっと、拓海くんはすぐそうやって数字で言うんだから。私が心配してるのは、数字じゃなくてあの子たちの『心の距離』なのよ」


 陽菜は、未だに部室の入り口付近でぎくしゃくとした押し問答を続けている結衣とくるみを見つめ、少しだけ眉をひそめた。


「最初は、くるみちゃんがちょっとお節介で湊くんを誘ってるだけかと思ってたけど……。結衣ちゃんのあの、絶対に湊くんを渡さないぞって張り詰めた空気、少し心配だわ。二人が本当にケンカしちゃったら、部活の雰囲気までピリピリしちゃうじゃない?」


「……確かに、少し空気が重いな」


 それまで部室の隅で、カメラのレンズを静かに磨いていた二年の高城陸が、言葉少なに呟いた。彼は極端に寡黙で、必要なことしか口にしない少年だが、その観察眼は誰よりも鋭い。陸はレンズを覗き込み、ファインダー越しに三人を見るような仕草をしながら、「……撮りづらい空気」とだけ付け加えた。


 二年生たちがそんなふうに、面白がりつつも、どこか後輩たちの関係性を危惧している間にも、部室の入り口の冷戦は一段と激しさを増していた。


「瀬戸口さん、佐倉くんの時間を独占するのはずるいと思うな。彼はライティング部の部員である前に、一年のクラスメイトなんだから。生徒会だって、彼の力を必要としてるの」


「独占しているわけではないわ。私はただ、部活動としての正当な成果物とスケジュールを管理しているだけよ。名取さん、あなたの要求は、彼の優しさに甘えた、ただの計画性のない割り込みに過ぎないのではないかしら?」


 結衣の、理路整然とした、しかし明らかにトゲのある言葉。くるみは、普段の愛嬌のある表情から一転して、キュッと唇を噛み締め、負けじと結衣の瞳を見つめ返す。


「そんな言い方しなくてもいいじゃない......!私は、佐倉くんと、もっと……」


 くるみの言葉が、感情の昂ぶりによって途切れそうになったその瞬間。


 部室の重い木製の引き戸が、ガラガラと静かに、しかし確かな存在感を伴って開け放たれた。


「そこまでにしなさい、二人とも」


 低く、穏やかでありながら、室内の空気を一瞬で統率するような丁寧な声が響いた。


 現れたのは、ライティング部の部長を務める三年生、神崎涼香だった。彼女は長い黒髪を優雅に揺らし、包み込むような、しかしどこかミステリアスな笑みを浮かべて部室へと足を踏み入れてくる。その背後には、同じく三年生で、生徒会のメンバーでもある一ノ瀬駿の姿もあった。


「一ノ瀬先輩……」


「神崎部長……」


 結衣とくるみが、同時に動きを止めて涼香を見る。


 涼香は、オドオドしたまま消え入りそうになっている湊に視線を送り、それから二人の少女へと歩み寄った。


「結衣ちゃん、あなたのその熱量はわかるけど、独りよがりになってしまえば、ますます迷子になってしまうわよ。言葉の刃をそんな風に人に向けてはいけないわ」


「すみません、神崎部長。私、つい取り乱して……」


 結衣がバツの悪そうな表情で俯く。涼香の、すべてを見透かしたような重みのある言葉には、誰も反論することができない。


 一ノ瀬駿は、生徒会の後輩であるくるみの肩をポンと叩き、フランクな口調で苦笑した。


「名取、お前が生徒会の手伝いを探してるのは知ってるけどよ、ライティング部の部室に突撃して相棒を強奪するのは、さすがにやりすぎだぞ。葛城会長が見たら、また規律がどうのって、お小言をもらうことになるぞ?」


「一ノ瀬先輩……。でも、私はただ、佐倉くんと一緒に……」


 くるみは不満そうに頬を膨らませたが、一ノ瀬に宥められると、それ以上は強く主張できなくなった。


 しかし、結衣とくるみの間に流れる、互いを強く意識し、牽制し合うようなピリピリとした空気は、簡単に消え去るものではなかった。青春の日常の中に生まれた、小さな、けれど明確な境界線。


 その様子をじっと見つめていた神崎涼香は、ふふ、と意味深な笑みをこぼし、人差し指を顎に当てた。


「結衣ちゃん、そして名取さん。お互いに伝えたい言葉と、譲れない理由があるのは素敵なこと。けれど、そのエネルギーのぶつかり合いを、ただの言い争いで消費してしまうのは、少しもったいないわね」


「え……?」


「ちょうど良い機会だわ。あなたたちのその有り余る『熱量』を、翠明高校の未来のために、正しく注ぎ込める場所を用意してあげましょう」


 涼香の言葉に、部室内の全員が動きを止めた。


 湊は、オドオドしながらも、涼香のそのミステリアスな微笑みの裏に、何か大きな企みがあることを予感し、ごくりと唾を飲み込んだ。翠明祭という大きな山場を越えたはずの放課後に、新たな嵐の予感が、秋の涼しい風と共に部室の窓から吹き込んできていた。

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