8.夕陽に照らされて
午後五時、校内スピーカーから切なくも美しい『別れのワルツ』のメロディが流れ始めたとき、二日間に及んだ翠明祭の公式プログラムはすべて終了を迎えた。
つい一時間前まで熱気と歓声に満ちあふれていた校舎の廊下では、どこか物悲しい寂寥感のなかに、台車を運ぶガラガラという重い音が反響している。各教室では、黒板の装飾が消され、模造紙が剥がされ、積み上げられたゴミ袋が祝祭の終わりを静かに告げていた。
しかし、そんな片付けの気怠い空気と並行するように、グラウンドの方向からは、地鳴りのような別の熱気がじわじわと湧き上がってきている。年に一度の祝祭を締めくくる、生徒たちだけの特別な時間、後夜祭。その始まりを告げるキャンプファイヤーの薪がグラウンド中央にうずたかく組まれ、闇が降り立ち始めた空に向かって、じりじりと火の粉が舞い上がる準備を整えていた。日常への帰還を拒むような、どこか狂おしい高揚感が、翠明高校の夕暮れを再び包み込んでいく。
「……本当にお祭りが終わっちゃうんだね。なんだか、少し寂しいな」
校舎の非常階段を下りながら、くるみがぽつりと呟いた。
「佐倉くん、私……さっき、あんな大胆なこと言っちゃって、ちょっと恥ずかしいな。でも、嘘じゃないからね」
くるみは、西日に照らされた頬をさらに赤く染めながら、小さな、けれど弾んだテンポの口調で呟いた。
中庭の吹奏楽部の演奏で、湊の肩に頭を乗せて自らの本音を真っ直ぐにぶつけてきた彼女は、あの瞬間を境に、明らかに雰囲気を変えていた。これまでの周囲に気後れしてばかりいた押し弱さは鳴りを潜め、その大きな瞳には、どこか腹を括ったような、ほんの少しだけ大胆な光が宿っている。湊のグリーンのクラスTシャツの袖を掴むその指先にも、決して離さないという強い意志が込められていた。
「う、うん、名取さんの気持ち、すごく嬉しかった。僕なんて、本当に空っぽだけど……そんな風に言ってもらえて」
一方の湊は、完全に防戦一方だった。中庭の踊り場でくるみから放たれた、剥き出しの好意の質量。そして、薄いTシャツ越しに伝わってきた彼女の確かな体温と鼓動の残響が、未だに彼の脳内で激しくループし続けている。実直で嘘が苦手な湊にとって、自らの感情の整理は全く追いついておらず、いつになく内気で、縮こまったような態度になってしまっていた。
「空っぽなんかじゃないよ。私にとっては、佐倉くんが一番の……」
「おい、湊、名取!何のんびり歩いてんだよ、早くグラウンド行かねーとフォークダンスの場所がなくなっちまうぞ!」
昇降口の前で待っていたのは、クラスTシャツを着た柏木や、同じく1-Cのクラスメイトである斉藤たちだった。柏木は持ち前の快活な笑みを浮かべ、二人のグリーンのペアルックのような姿を見つめてニヤニヤとしている。
「名取、お前さっき吹奏楽の時に湊と二人でどっか行ってただろ?クラスのために頑張ったんだから、後夜祭くらいは特等席で楽しまねーとな」
「うん。ありがと、柏木くん。私、最後まで佐倉くんと一緒にいるって決めたから」
くるみは少しだけ頬を赤くしながらも、柏木の茶化しに対して、驚くほどストレートに応じた。その大胆なセリフに、今度は斉藤たちが「おおーっ!」と声を上げて沸き立つ。
「ちょ、ちょっと名取さん……!」
湊がパニックになって顔を真っ赤にしていると、昇降口の重い鉄の扉の向こうから、冷え切った、けれど圧倒的な存在感を持つ足音が近づいてきた。




