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放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
02.最初の赤字は、宣戦布告

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02.EX.入部テスト執筆原稿

テーマ:『翠明高校で見つけた、自分だけの違和感』


『配布された空白と、僕の居場所』(佐倉 湊)


 翠明高校に入学して、まず驚いたのは、一人一台配布された最新型のタブレット端末だった。校長先生は「これは君たちの武器であり、自由の象徴だ」と言った。確かに、この薄い板一枚で世界中の知識にアクセスでき、自分の考えを瞬時に発信できる環境は、中学生までの僕からすれば魔法のように思える。


 けれど、僕が感じている「違和感」の正体は、まさにその便利さの中にある。


 教室を見渡すと、みんなが手慣れた様子で画面を操作している。クラスのトークグループには、入学初日から凄まじい量の言葉が流れ、SNSには「#翠明高校」「#JKブランド」といったタグと共に、キラキラした写真がアップロードされ続けている。彼らにとって、このタブレットは文字通り「武器」であり、自分を飾り立てるための道具だ。


 一方で、僕はといえば、真っ新なメモアプリの画面を前に、いつも指を止めてしまう。

 自由に使っていいと言われたこの場所で、僕には書き込むべきことが何もない。みんなが「何者か」になろうと、あるいは「何者かであること」を証明しようと言葉を消費していく中で、僕だけがその熱狂から取り残されているような気がする。


 学校が掲げる「自主自立」という言葉も、今の僕には突き放されているようにしか聞こえない。自分から動かなければ、何も始まらない。中身のない人間には、自由さえも重荷になる。

 この端末の中に広がる無限の「空白」は、僕が抱えている「空っぽな心」そのもののようで、眺めていると息苦しくなる。


 僕が翠明高校で見つけた違和感。それは、誰もが発信者になれるこの場所で、発信すべき中身を持たない自分という存在そのものだった。この「色のない春」を、僕はどうやって書き直していけばいいのだろうか。


---


『「自由」という名の思考停止について』(瀬戸口 結衣)


 翠明高校が掲げる「自主自立」という教育方針、および全生徒へのICT端末配布は、一見すると先進的で理想的な学習環境に見える。しかし、入学後数日間の観察を通じて、私は現在の校内環境に強い違和感を抱かざるを得ない。


 最大の違和感は、生徒たちが享受している「自由」の質の低さにある。

 本来、ICT端末は自律的な情報の収集、整理、そして論理的な発信のために活用されるべきツールである。しかし、現状の教室において、この強力なリソースは単なる「刹那的な感情の垂れ流し」に使用されている。休み時間に交わされるSNSのやり取りや、コンテクストを欠いたスタンプの応酬は、コミュニケーションの効率化を装った「思考の放棄」ではないだろうか。


 「何でも書いていい」という自由は、裏を返せば「何を書いても責任を問われない」という無責任な土壌を生んでいる。論理的な裏付けのない主観的なポエムや、事実確認を怠った噂話が「自分だけの意見」として肯定される空気には、教育現場としての危うさを感じる。


 私は、言葉とは設計図であるべきだと考える。

 誰に、何を、どのような目的で届けるのか。その戦略なき発信は、受信者の時間を奪うノイズでしかない。翠明高校という恵まれたプラットフォームに立ちながら、多くの生徒はその特権を浪費している。


 私がこの学校で見つけた違和感。それは「自立」を掲げながらも、感情という名の安易な波に流されている周囲の怠慢である。私は、このライティング部という組織において、氾濫するノイズを淘汰し、真に価値ある情報を構築するための「論理」を確立したい。感情に逃げず、事実と論理によって世界を定義し直すこと。それこそが、本来あるべき「自立」の姿であると確信している。

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