第7話 聖剣泥棒として追われている俺を、助けた人たちが逃がしてくれた
「止まれ! カイル・レインズ!」
背後から飛んできた騎士の怒声に、俺は振り返らず走り続けた。
施療院までは、もう遠くない。
市場通りを抜けて二つ先の角を曲がれば、大神殿が運営する白い石造りの建物が見えるはずだ。そこまで辿り着けば、エルナの案内で地下へ入り、旧水路から王都の外へ抜けられる。
問題は、そこへ着く前に追いつかれそうなことだった。
「エルナさん! あの人たち、速くないですか!?」
「王国騎士ですから!」
「こういうときだけ頼もしさを実感したくなかった!」
「喋ってないで走りなさい!」
隣を走るミリアに怒鳴られ、俺は口を閉じて足へ力を込める。
さっき黒牙獣と戦ったせいで、思った以上に体が重い。アルセリアを握っていたときには感じなかった疲労が、戦闘を終えた途端に一気に押し寄せてきていた。
しかも今は、そのアルセリアを再び遮魔布で包み、背中に抱えて走っている。
『カイル』
頭の奥に、小さな声が届く。
「何だ?」
『つかれた?』
「ちょっとな。でも、お前ほど重くは――いや、今そこで重くなるなよ?」
『しない』
「ならいい」
返事はまだ短い。
声が聞こえるようになったとはいえ、アルセリアが自由に会話できるようになったわけではないらしい。それでも光だけを頼りにしていた昨日までと比べれば、格段に意思が分かりやすくなった。
そして、俺が聖剣と話している姿は。
「カイル、今それ他人から見たら、何もない背中に向かって喋りながら逃げてる危ない人だからね」
「分かってるよ!」
「分かってる人は普通やらないのよ!」
ミリアの指摘通りだった。
後ろを確認すると、騎士たちとの距離はむしろ縮まっている。
十人以上いたうち数人は黒牙獣の死骸と負傷者のところに残ったようだが、それでも六人ほどが追ってきていた。
「前を塞げ!」
「裏通りへ回れ!」
さらにまずいことに、追跡している騎士たちは無秩序に俺たちを追っているわけではない。
二人が別の路地へ入り、先回りしようとしている。
「エルナさん!」
「分かっています。次の角を左へ!」
俺たちは市場の露店と倉庫の間を抜けた。
しかし角を曲がった瞬間、エルナの足が止まる。
俺も危うく背中へぶつかりそうになった。
「どうし――」
言い終わる前に理由が分かった。
前方からも騎士が来ていた。
三人。
先ほど別れた者とは違う。騒ぎを聞きつけて、別の通りから合流したらしい。
後ろには追手。
前にも騎士。
左右は商店の壁で塞がれている。
「……綺麗に挟まれたわね」
ミリアが苦い顔で呟く。
「感心してる場合か?」
「してないわよ」
エルナが一歩前へ出た。
「私が話します。二人は何もせず、できるだけ顔を伏せていてください」
「でも俺、もう名前まで叫ばれてましたよ」
「それでもです。少なくとも聖剣は出さないでください」
俺は頷いた。
ここでアルセリアを抜けば、言い逃れは完全にできなくなる。それどころか、騎士相手に聖剣を構えた時点で「逃げている参考人」から「武装して抵抗した容疑者」に格上げされかねない。
前方の騎士たちもこちらへ気づいた。
「止まれ!」
中央にいた壮年の騎士が剣の柄へ手を添えながら近づいてくる。
エルナがフードを外し、聖務院の聖印を見せた。
「大神殿聖務院所属、エルナ・フィリスです。この二人は現在、私の調査に同行しています。道を開けてください」
「聖務官殿?」
騎士の動きが一瞬鈍った。
だが背後から追ってきた騎士たちが到着すると、状況はすぐに変わった。
「その男です!」
「カイル・レインズ! 聖剣を所持している可能性があります!」
壮年の騎士の表情が険しくなる。
「聖務官殿。説明していただけますか?」
「彼については私の権限で事情を確認しています。現時点で身柄を拘束する必要はありません」
「しかし、上層部から確保命令が出ています」
「誰の命令です?」
エルナの問いに、騎士はわずかに言葉を詰まらせた。
「……大神殿より、騎士団本部を通じてです」
「命令書は?」
「緊急命令です。書面は後ほど――」
「ならば私は、聖務官としてその命令の正当性を確認する必要があります」
普段の柔らかな様子とは違う。
エルナの声は静かだが、一歩も退く気配がない。
これが大神殿の上位神官としての顔なのだろう。
しかし。
「申し訳ありません、聖務官殿」
壮年の騎士も退かなかった。
「命令は命令です。カイル・レインズ本人がいるのであれば、少なくとも事情聴取のため同行してもらいます」
視線が俺へ向く。
「カイル・レインズ。背中の荷物を地面へ置き、こちらへ来い」
「……」
どうする。
逃げるなら今しかない。
だが左右には道がない。
正面と背後には騎士。
アルセリアの転移を使えば俺だけなら逃げられる可能性があるが、ミリアとエルナを置いていくことになる。
それはできない。
『カイル』
また声がした。
「今度は何だ?」
『あのひと』
「誰?」
『こまってる』
俺は一瞬、意味が分からなかった。
だがアルセリアが微かに震え、その柄が市場通りの方向を示すように動いた。
振り返る。
そこには先ほど俺が助けた人たちがいた。
黒牙獣に襲われていた母親と少年。
負傷していた男は別の人たちに肩を貸されている。
そして、その周囲には市場の商人たちまで集まっていた。
「その人は盗人じゃない!」
最初に声を上げたのは。
壁際に追い詰められていた母親だった。
騎士たちが振り返る。
「何?」
「その人が助けてくれたんです! 魔物に襲われていた私と息子を!」
女性は少年を抱いたまま、こちらへ歩いてくる。
「お母さん、危ないですから下がって」
「下がりません!」
止めようとした騎士へ、彼女ははっきり言い返した。
「さっき、あなたたちが来るより先にあの魔物が私たちを襲ったんです。この人は逃げられたのに戻ってきて、私たちを助けてくれました。それなのに、どうして捕まえるんですか?」
「それと聖剣盗難事件は別問題です」
「でも盗んだって決まったんですか?」
騎士が黙る。
すると今度は。
「俺も見てたぞ」
市場の八百屋らしい大柄な男が声を上げた。
「兄ちゃんは最初、普通の剣であの化け物に向かっていった。逃げるどころか、子供を助けるためにな」
「俺もだ!」
「こっちから全部見えてた!」
「騎士が来るまで待ってたら、あの親子は死んでたぞ!」
一人が声を上げると。
次から次へと声が続いた。
俺は呆然とする。
「……なんだこれ」
ミリアが隣で小さく笑った。
「カイルが余計な寄り道した結果じゃない?」
「俺じゃなくてアルセリアが言い出したんだけどな」
「でも最初に剣を抜いて走っていったのはカイルでしょ」
「それは……まあ」
『よかった』
アルセリアの声が聞こえる。
「お前、こうなるって分かってたのか?」
『……?』
「分かってなかったな」
どうやら、ただ人が襲われているのを感じ取って寄り道を要求しただけらしい。
壮年の騎士は困ったように市場の人々を見渡していた。
「皆さん、落ち着いてください。我々は彼を犯罪者として処罰しようとしているわけではありません。ただ事情を――」
「だったらここで聞けばいいだろ!」
「なんで剣を抜いて囲む必要があるんだ!」
「こいつを放したのは誰なんだよ! そっちを調べろ!」
最後の一言で。
エルナの表情が変わった。
「その通りです」
彼女は静かに言いながら、先ほど回収した黒い針を取り出した。
「この黒牙獣には、人為的な魔術処置が施されていました。王都内部へ侵入できた原因について、そちらを調査する方が先ではありませんか?」
「魔術処置?」
壮年の騎士が目を細める。
「確認させてください」
エルナが布に包んだ黒い針を差し出した。
騎士はそれを受け取ろうとして。
「待って!」
俺は反射的に声を上げた。
「どうしました?」
エルナが振り返る。
自分でも、なぜ止めたのか分からなかった。
ただ。
右手の契約紋が。
急に熱くなった。
「その針……何か変です」
エルナが手元を見る。
「先ほどと何も――」
そこで彼女も気づいた。
黒い針。
表面に刻まれていた術式が。
赤く光っている。
「離して!」
ミリアが叫ぶ。
エルナが針を投げた。
その直後。
バチンッ!
空中で黒い針が砕けた。
爆発というほど大きくはない。
だが砕けた破片から黒紫色の煙が噴き出し、周囲へ広がろうとする。
「下がってください!」
エルナが即座に聖術を展開した。
白い膜のような光が煙を包み込む。
同時にミリアも杖を抜き、風魔法で人々を遠ざけた。
「《風壁》! みんな、後ろへ!」
黒紫色の煙は二人の魔法に閉じ込められ、やがて小さくなって消えた。
残ったのは。
焼け焦げた石畳だけ。
「……今のは?」
壮年の騎士が顔をこわばらせる。
エルナは答えなかった。
地面へ落ちた針の破片を見つめる。
「証拠を消そうとした?」
俺が聞くと、彼女はゆっくり頷いた。
「その可能性が高いです。誰かがこの術式を追跡、あるいは遠隔で破壊できるようにしていたのでしょう」
「じゃあ」
ミリアが周囲を見た。
「私たちがこれを見つけたことも、向こうに知られた?」
「……おそらく」
嫌な予感しかしない。
そして。
『くる』
アルセリアの声。
「何が?」
『いっぱい』
俺は顔を上げた。
遠くから。
鐘とは違う音が聞こえる。
馬の蹄。
しかも一頭や二頭ではない。
エルナも気づいたらしい。
「騎士団の増援です」
「俺を捕まえに?」
「それだけとは限りません。あの針を作った者が、私たちの居場所を知った可能性があります」
壮年の騎士が険しい顔になる。
「聖務官殿。話が見えません」
「私にも全容は分かりません。ですが、この場に彼を留める方が危険です」
「しかし命令が」
「その命令を出した人間と、この術式が無関係だと断言できますか?」
騎士が言葉を失った。
エルナは続ける。
「私は彼を逃亡させたいのではありません。聖剣消失と、王都内に出現した魔物。その二つを正しく調査したいだけです。今ここでカイルさんを拘束し、正体不明の命令者へ引き渡すことが、本当に王都を守る行動だと思いますか?」
長い沈黙が落ちる。
増援の馬蹄は近づいている。
市場の人々も不安そうに周囲を見ていた。
やがて。
壮年の騎士が。
深く息を吐いた。
「……私は何も見ていません」
「え?」
思わず聞き返した。
騎士は俺を見ない。
「黒牙獣討伐後、現場は混乱していた。重要参考人らしき人物について目撃証言はあったものの、身元の確認には至らなかった」
「いや、今めちゃくちゃ確認しましたよね?」
「確認していない」
「名前まで呼ばれましたけど」
「聞こえなかった」
「無理ありません?」
騎士の眉間に皺が寄った。
「君は逃げたいのか、捕まりたいのか、どちらなんだ」
「逃げたいです」
「なら黙って行け!」
「はい!」
俺は即答した。
ミリアが横で吹き出す。
だがエルナだけは真剣な顔で騎士へ頭を下げた。
「ありがとうございます」
「勘違いしないでください、聖務官殿。私はあなた方を信用したわけではありません」
「分かっています」
「ただ」
騎士の視線が。
市場の壊れた屋台。
黒牙獣の死骸。
そして助けられた母子へ向く。
「命令より先に確認すべきことが増えただけです」
その言葉だけで十分だった。
「行って!」
母親が俺へ叫ぶ。
「早く!」
「兄ちゃん、こっちは俺たちが何とかする!」
「さっき助けてもらった借りだ!」
市場の人たちが。
自然と通りの中央へ集まり始める。
馬車を動かす者。
壊れた屋台を立て直すふりをして道を狭める者。
荷物を運ぶふりをして、増援が来る方角へ人の流れを作る者。
「……いいのか?」
俺が呟くと。
ミリアが背中を叩いた。
「カイル。今度こそ行くわよ」
「ああ」
俺は母親と少年へ一度だけ頭を下げた。
「ありがとうございました!」
何を言っているんだと自分でも思う。
助けたのは俺のはずなのに。
でも。
返ってきたものは。
たぶん、助けた以上に大きかった。
◇
施療院へ辿り着いたときには、俺たち三人とも完全に息が上がっていた。
エルナが職員用の裏口を開け、人気のない廊下へ俺たちを招き入れる。
「こちらです。地下倉庫まで行けば旧水路への入口があります」
「患者さんに見つかりません?」
「この棟は薬草と祭具の保管区画です。昼間はほとんど人が来ません」
静かな建物だった。
外では王都全体が大騒ぎになっているのに、厚い石壁の内側では薬草の匂いと、遠くから聞こえる足音しかない。
俺たちは廊下の突き当たりにある階段を下りた。
一階。
地下。
さらに地下。
「随分深いですね」
「施療院が建つ前、この一帯には古い神殿施設があったそうです。今使っている地下倉庫は、その一部を再利用しています」
「旧水路も?」
「はい。王都が今の規模になるより前のものです」
やがて。
重い木製の扉の前でエルナが止まった。
腰から鍵束を取り出し、そのうち一本を差し込む。
ガチャリ。
扉の向こうは、薄暗い倉庫だった。
棚には薬草箱や古い祭具が並び、奥には使われなくなった長椅子や燭台が積まれている。
「入口は?」
「この奥です」
エルナが大きな棚の横へ回り込む。
そこには。
石壁。
そして腰ほどの高さに、小さな鉄の取っ手が付いていた。
「これを引くと、壁の一部が開くはずです」
エルナが取っ手を掴んだ。
力を込める。
「……あれ?」
動かない。
もう一度。
「ん……っ」
「手伝います?」
「お願いします」
俺も隣に立ち、二人で引く。
動かない。
「これ、本当に入口ですか?」
「間違いありません。三年前の施設点検では開いた記録があります」
ミリアも加わった。
三人。
「せーの!」
動かない。
「……」
嫌な沈黙。
「エルナさん」
「はい」
「まさか封鎖されてるとか」
「その可能性があります」
「先に確認しておいてほしかったなあ!」
「私も今日ここから国宝を連れて脱出する予定ではなかったので!」
「それは知ってますけど!」
まただ。
逃げ道まで来たのに、最後の最後で詰まる。
外には騎士団の増援。
正体不明の神殿上層部。
そして俺たちの居場所を感知したかもしれない何者かまでいる。
「別の出口は?」
ミリアが尋ねる。
「ありますが、正面側へ戻ることになります。今からでは――」
エルナが言葉を止めた。
上から。
足音が聞こえた。
一人ではない。
「もう来た?」
俺が小声で聞く。
「分かりません。ただ、地下倉庫へ複数人で来る時間ではありません」
「つまり?」
「隠れてください」
エルナの声が低くなる。
俺たちは棚の陰へ身を寄せた。
上から足音が近づいてくる。
このまま見つかったら。
今度こそ逃げ場がない。
「アルセリア」
俺は小声で呼ぶ。
『うん』
「転移で三人まとめて逃げられる?」
少し間があった。
『むり』
「だよな」
予想はしていた。
俺だけ逃げても意味がない。
ならどうする。
俺は周囲を見る。
古い棚。
箱。
石壁。
使われなくなった祭具。
そこで。
右手の契約紋が。
また熱を持った。
「……?」
さっきの黒い針とは違う。
嫌な熱ではない。
むしろ。
何かに呼ばれているような。
『カイル』
「お前も感じる?」
『こっち』
アルセリアが遮魔布の中で動いた。
封鎖されているはずの石壁ではない。
その隣。
古い祭具が積まれた場所へ柄が向いている。
「何かあるのか?」
『ある』
俺は積まれた燭台を退かした。
木箱を動かす。
その奥。
石壁に。
見覚えのない模様が刻まれていた。
「エルナさん」
「何です?」
「これ、知ってます?」
彼女が近づき。
息を呑んだ。
「……いいえ」
円。
翼。
そして中央に一本の剣。
俺は自分の右手を見た。
「これ」
同じだ。
完全に。
俺の手の甲に現れた《契約紋》と同じ紋章だった。
「どうしてこんな場所に……」
エルナが呟く。
足音はもう階段のすぐそこまで来ている。
迷っている時間はない。
俺は右手を。
石壁の紋章へ重ねた。
瞬間。
青い光が走った。
「カイル!」
ミリアの声。
石壁全体に。
今まで見えなかった無数の線が浮かび上がっていく。
そして。
ゴゴゴゴゴ――。
重い音とともに。
壁が。
開いた。
「……旧水路?」
俺が呟く。
「違います」
エルナの声が震えていた。
「私が知っている入口は隣です。こんな通路、聖務院の図面にはありません」
壁の向こうには。
地下深くへ続く石の階段があった。
古い。
今の大神殿より。
遥かに古い。
壁には、青白く輝く文字が刻まれている。
「読める?」
ミリアがエルナへ尋ねた。
「古代神聖文字です。少しなら」
エルナは文字を目で追い。
途中で。
完全に動きを止めた。
「何て書いてあるんです?」
「……そんな」
「エルナさん?」
彼女は何度も文字を確かめたあと。
信じられないものを見るように、俺とアルセリアを見た。
「《聖剣は、王の所有物にあらず》」
俺は息を止める。
さらに。
その下。
「《神殿の所有物にもあらず》」
階段の上から。
倉庫の扉を開ける音がした。
もう時間がない。
だがエルナは。
最後の一文から目を離せなかった。
「そして――」
彼女の声が。
静かな地下へ響く。
「《聖剣が自ら選びし契約者と、共に歩むものなり》」
「……」
俺は背中のアルセリアを見る。
遮魔布の奥で。
青い光が。
穏やかに灯った。
『みつけた』
「何を?」
短い沈黙のあと。
アルセリアは。
嬉しそうに答えた。
『わたしの、道』
その瞬間。
俺はようやく理解した。
聖剣が俺の家へ逃げてきたことも。
大神殿へ戻ることを拒んだことも。
俺を《勇者》ではなく《契約者》として選んだことも。
全部。
今の王国が教えている聖剣の伝承そのものが。
何か。
根本から間違っているのかもしれない。
「二人とも、中へ!」
エルナの声で我に返る。
俺、ミリア、エルナの順に古い階段へ飛び込む。
最後に俺が振り返ると。
倉庫の扉が開き。
白い法衣の男たちが入ってくるのが見えた。
王国騎士ではない。
大神殿の神官たち。
その一人が。
開いた秘密通路を見るなり。
顔色を変えた。
「《契約者の道》が開いている……!?」
知っている。
こいつらは。
この場所を知っている。
「閉じろ! 何としても契約者を確保しろ!」
怒声が飛ぶ。
俺は壁の内側へ手を伸ばした。
契約紋が光り。
重い石壁が閉じ始める。
最後に見えたのは。
必死の形相でこちらへ走ってくる神官たちだった。
轟音とともに壁が閉じる。
暗闇が訪れ。
青白い光だけが残った。
俺は。
背中からアルセリアを抜いた。
古代の通路を。
聖剣自身の光が照らしていく。
「なあ、アルセリア」
『なに?』
「お前、本当は何なんだ?」
少しだけ。
間があった。
そして。
『……まだ、言えない』
「そこだけ妙に会話上手くなってないか?」
『えへ』
「笑えるの!?」
暗い地下通路に。
ミリアの吹き出す声が響いた。
エルナまで口元を押さえている。
王国から追われている状況は変わらない。
むしろ。
神殿が隠していたらしい秘密の通路へ入り込んだことで、さらに面倒なことになった気もする。
けれど。
俺の手にある聖剣は。
昨日までよりずっと楽しそうに輝いていた。
なら。
今は進むしかない。
勇者のためではなく。
王国のためでもなく。
この剣が。
自分で選んだ道を歩けるようにするために。




