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聖剣に選ばれなかった俺、帰宅したら聖剣が玄関で待っていた  作者: てへろっぱ


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3/13

第3話 聖剣は俺を選んだらしい。でも勇者にはしたくないらしい



「――順番に説明して」


 ミリアが、ものすごく低い声で言った。


 場所は俺の居間。


 長椅子にはミリア。


 その向かいには俺。


 そして俺たちの間に置いた低いテーブルの横には、王国中が血眼になって探している国宝《聖剣アルセリア》が、何食わぬ顔で立っている。


 逃げ場のない状況だった。


「何から?」


「最初から」


「昨日、勇者選定で俺が聖剣を抜けなかったところは見てたよな?」


「見てた」


「その後、俺は帰った」


「そこも知ってる」


「家に着いた」


「うん」


「玄関にこいつがいた」


「そこで急におかしいのよ!」


 ミリアが机を叩いた。


 聖剣が、ぴかっと光る。


「あなたも喜ばない!」


 どうやらミリアにも、こいつが光である程度返事をしていることは伝わったらしい。


 俺は昨日から今朝までの出来事を一通り説明した。


 玄関前に聖剣がいたこと。


 返そうとすると逃げたこと。


 今朝、無理やり神殿へ連れていこうとしたら突然重くなったこと。


 それでもどうにか持ち出した結果、検問で聖属性反応を出して危うく捕まりかけたこと。


 話し終わるころには、ミリアはこめかみを押さえていた。


「……本当に?」


「俺がこんな嘘ついて何の得があるんだよ」


「ないわね。むしろ、もっとマシな嘘を考えると思う」


「信頼されてるのか馬鹿にされてるのか分からないな」


「両方」


 ミリアは大きく息を吐いてから、聖剣を見た。


「つまりあなたは、カイルを選んだの?」


 ぴか。


「即答なのね……」


 俺も同じ質問を昨日した。


 だが第三者から問いかけられても反応するらしい。


 ミリアはしばらく聖剣を眺めると、急に表情を引き締めた。


「じゃあ、どうして昨日抜けなかったの?」


 聖剣は沈黙した。


「……」


 ミリアが目を細める。


「それ、私も聞きたいんだけど」


 反応なし。


「都合が悪くなると黙るんだよ、こいつ」


「本当に生き物みたいね」


「俺も昨日からそう思ってる」


 聖剣が抗議するように、ぴかっと一度だけ光った。


「否定なのか肯定なのか分かんないわよ」


 ミリアは椅子から立ち上がり、聖剣の周囲をゆっくり回った。


 魔法科の人間らしく、柄や刀身へ不用意に触れることはせず、少し離れた場所から魔力の流れを観察している。


「……やっぱり本物ね」


「偽物の可能性、考えてたのか?」


「当たり前でしょ。国宝と同じ形の剣がカイルの家にある、ってだけなら精巧な複製品の可能性もある。でもこれは違う」


「分かるのか?」


「魔力の質が変なの」


「変?」


「変というか……濃すぎるのよ」


 ミリアが顔を近づける。


「普通の魔道具は、魔力を溜め込んで術式を動かすでしょう? でもこの剣には、溜め込んでいる感じがほとんどない。周囲の魔力を勝手に循環させて、自分の一部みたいに扱ってる」


「よく分からん」


「簡単に言えば、普通の魔道具が水筒だとしたら、これは井戸」


「なるほど」


「しかも底が見えない井戸」


「怖くなってきたな」


「私もよ」


 ミリアが半歩下がる。


 俺は改めて聖剣を見た。


 昨日までは、妙に人懐っこい面倒な剣くらいに思っていた。


 だが冷静に考えれば、三百年前に魔王を倒した伝説の武器だ。


 王国が国宝として管理し、神殿が何重にも結界を張っていた。


 その結界をこいつは勝手に抜け出し、俺の家まで来た。


「なあ」


 俺は聖剣へ声をかける。


「お前、本当にどうやってここまで来たんだ?」


 沈黙。


「自分で飛んできたのか?」


 反応なし。


「誰かに持ってこられた?」


 反応なし。


「瞬間移動?」


 ぴか。


 俺とミリアが同時に固まった。


「……今、光ったわよね?」


「光った」


「瞬間移動できるの?」


 ミリアが聞く。


 ぴか。


「できるんだ……」


 俺は頭を抱えた。


「だったら昨日、何で居間で俺から逃げるとき床を這ってたんだよ」


 ぴかぴか。


「遊んでたのか!?」


 強く光った。


 ミリアが口元を押さえる。


「笑うなよ」


「だって……伝説の聖剣が床を這って逃げるなんて、誰が想像するのよ」


「被害者は俺だぞ」


「ごめん。でも少し面白い」


 聖剣まで調子に乗ったように光った。


「お前は便乗するな」


 どうやら、かなり自由な性格らしい。


 ミリアは笑いを収めると、また真剣な顔へ戻った。


「でも、瞬間移動できるなら話が変わってくるわ」


「何が?」


「神殿の警備を突破した方法よ。誰かが盗み出したんじゃなくて、聖剣自身が移動したなら、少なくともカイルに盗難の罪はない」


「俺もそれを主張したい」


「問題は、誰が信じるかね」


「だよな」


 王国中の人間が知っている聖剣は、「選ばれし勇者だけが抜ける神聖な武器」だ。


 勝手に瞬間移動する。


 床を滑って逃げる。


 気に入った人間の家の玄関に居座る。


 そんな話を神官へしても、信じてもらえるとは思えない。


「証明できないのか?」


 俺がそう言うと、ミリアが考え込む。


「聖剣自身に瞬間移動してもらえば……」


「やってくれるか?」


「聞いてみましょう」


 ミリアが聖剣へ向き直った。


「アルセリア。今ここから、部屋の反対側へ瞬間移動できる?」


 聖剣は、ぴかっと光った。


 次の瞬間。


 消えた。


「うおっ!?」


 目の前から剣が消失する。


 ほとんど同時に。


 カラン。


 背後から音がした。


 振り返ると、聖剣は窓際に立っていた。


「……すごい」


 ミリアが呟いた。


「本当に転移した」


「これなら証明できるんじゃないか?」


「できる。でも」


 ミリアは少し黙った。


「神殿でこれをやったら、もっと大問題になると思う」


「……なんで?」


「聖剣が自律的に転移できるなんて、少なくとも私は聞いたことがない。王国側も知らなかった可能性が高いわ」


「つまり?」


「国宝が今まで隠していた能力を、あなたの前だけで使っていることになる」


 俺は窓際の聖剣を見る。


 ぴか。


「嬉しそうにする話じゃないからな」


 むしろ問題が増えている。


 ミリアは腕を組み、部屋の中を歩き始めた。


「一つずつ考えましょう。まず聖剣はカイルを選んだ。これは本人――剣だけど――が認めてる」


「そうだな」


「なのに勇者選定では抜けなかった」


「うん」


「そして選定が終わる前に逃げ出して、カイルの家へ来た」


「正確には俺が帰ってから一時間くらいだけどな」


「重要なのはそこじゃない」


 ミリアが指を一本立てる。


「普通なら、カイルを選んだならその場で抜ければよかったはずなのよ」


「俺もそう思う」


「なのに拒否した。ということは――」


 ミリアの視線が聖剣へ向く。


「カイルを選びたい。でも、あの場所では選びたくなかった」


 聖剣が。


 ぴか。


 光った。


 俺とミリアは同時に黙った。


「……当たり?」


「みたいだな」


 ミリアがさらに質問する。


「神殿が嫌だった?」


 ぴか。


「選定儀式そのものが嫌だった?」


 ぴか。


「王国が嫌?」


 今度は光らない。


「王国そのものではない……」


「じゃあ、勇者になるのが嫌だった?」


 俺が何気なく尋ねた。


 聖剣は。


 強く光った。


「……え?」


 ミリアも目を見開く。


「もう一回聞くぞ」


 俺はゆっくり言葉を選んだ。


「お前は俺を選んだ。でも俺を『勇者』にはしたくない?」


 ぴかあああああっ!


「眩しっ!」


 部屋いっぱいに青白い光が広がる。


 これまでで一番強い反応だった。


 俺は腕で目を覆い、ミリアも顔を背けている。


 数秒後。


 光が収まった。


「……どういうこと?」


 ミリアの声から笑いが完全に消えていた。


 俺にも分からない。


 聖剣が人を選ぶ。


 選ばれた人間が勇者になる。


 それが三百年間、この国で常識として伝えられてきた。


 なのに聖剣自身は。


 俺を選びながら、勇者にはしたくないと言っている。


「じゃあ何のために俺を選んだんだ?」


 聖剣は答えない。


「魔王を倒してほしいわけじゃない?」


 反応なし。


「戦ってほしい?」


 反応なし。


「世界を救ってほしい?」


 反応なし。


「じゃあ何だよ」


 俺が困り果てた、そのとき。


 ミリアが口を開いた。


「もしかして――守ってほしいの?」


 ぴか。


 小さな光。


 俺は眉を寄せた。


「俺が世界を?」


 反応なし。


「人間を?」


 反応なし。


「王国を?」


 反応なし。


 ミリアが聖剣を見つめる。


 そして、ゆっくり問いかけた。


「……あなた自身を?」


 ぴかああああっ!


 また部屋が青白く染まった。


「え」


 俺は言葉を失った。


 ミリアも何も言えない。


 聖剣は、確かに答えた。


 世界を守ってほしいわけではない。


 王国を救ってほしいわけでもない。


 魔王を倒してほしいとも言わない。


 こいつが俺を選んだ理由は。


「……俺に、お前を守ってほしいのか?」


 今度の光は弱かった。


 けれど。


 どこか安心したように、穏やかに灯った。


「待てよ」


 俺は思わず立ち上がる。


「逆だろ」


 聖剣は勇者の武器だ。


 人間が聖剣に力を借り、魔王と戦う。


 聖剣が守ってもらうなんて話は、聞いたこともない。


「お前、何から守ってほしいんだ?」


 沈黙。


「魔王?」


 違う。


「魔物?」


 違う。


「……神殿?」


 ほんの一瞬。


 青い宝石が揺らいだ。


「今の何?」


 俺が問う。


 聖剣はもう反応しない。


 ミリアの表情が険しくなった。


「カイル」


「何だ」


「しばらく神殿には行かないほうがいいかもしれない」


「でも聖剣を隠したままってわけにもいかないだろ」


「分かってる。でも今の反応を見た後で、何も考えず返すのは危険よ」


「危険って……」


「誰にとってかは分からない」


 ミリアは聖剣を見る。


「あなたかもしれないし、聖剣かもしれない。あるいは両方」


 昨日まで。


 俺にとって聖剣は、ただの伝説の武器だった。


 勇者を選び、魔王を倒すために使われる道具。


 それだけだった。


 だが今。


 目の前にいるこいつは。


 俺を選び。


 俺の家へ逃げ込んできて。


 そして俺に。


 守ってほしいと言った。


「……事情くらい話してくれれば楽なんだけどな」


 俺が呟くと、聖剣は申し訳なさそうに小さく光った。


 ミリアがため息をつく。


「言葉は話せないの?」


 ぴか。


「話せない?」


 ぴか。


「じゃあ文字は?」


 反応なし。


「書くとか」


 反応なし。


「魔法で意思を伝えるとか」


 反応なし。


 どうやら、今のところ光る以外の意思疎通方法はないらしい。


「質問を絞れば、ある程度は分かるかもしれない」


 俺が言うと、ミリアが頷いた。


「ええ。ただし、先入観のある質問ばかりすると危険ね。私たちが勝手に答えを誘導することになる」


「面倒だな」


「国宝相手なんだから我慢しなさい」


 もっともな話だった。


 そのとき。


 玄関の外から、再び音がした。


 コンコン。


「……」


 俺とミリアが顔を見合わせる。


「また誰か来た」


「誰かしら」


「今度こそ騎士だったら終わるぞ」


 俺が小声で言った直後。


「王国騎士団です!」


 外から男の声が響いた。


 俺とミリアは揃って固まった。


「カイル・レインズ殿のお宅で間違いありませんか!」


「……」


 早い。


 今朝の検問で俺が逃げたせいか。


 それとも候補者への事情聴取が始まったのか。


 どちらにしても最悪のタイミングだった。


「どうする?」


 ミリアが囁く。


「出ないわけにはいかない」


「聖剣は?」


 俺たちは同時に振り返った。


 そこに。


 聖剣はいなかった。


「……は?」


 さっきまで窓際にいたはずなのに。


 消えている。


「アルセリア?」


 俺が呼ぶ。


 反応なし。


「どこ行った?」


 次の瞬間。


 俺の寝室のほうから。


 カタン。


 小さな音がした。


「まさか」


 俺が寝室へ走る。


 扉を開ける。


 そして固まった。


 聖剣は。


 俺のベッドの上にいた。


 しかも掛け布団の中へ刀身のほとんどを突っ込み、柄だけを枕元から出している。


「何してるんだ、お前」


 ぴか。


「隠れてるつもりか?」


 ぴか。


「見つかるだろ!」


 ミリアが後ろから覗き込み。


 数秒黙ったあと。


「……ちょっとかわいい」


「感想そこ!?」


 玄関が再び叩かれる。


「カイル・レインズ殿! 在宅であれば応答を!」


「分かった、今行きます!」


 俺は返事をした。


 もう時間がない。


「ミリア」


「何?」


「頼む。こいつ見てて」


「私が!?」


「変なことしそうになったら止めてくれ」


「聖剣をどうやって止めるのよ!」


「俺だって知らない!」


 俺は寝室を飛び出した。


 玄関へ向かう途中、心臓が嫌なほど速く打っている。


 何も悪いことはしていない。


 それなのに。


 今の俺の家には。


 王国騎士団が探している国宝が、俺のベッドで布団をかぶって隠れている。


「……どう考えても捕まる絵だろ」


 呟きながら玄関扉へ手をかける。


 一度だけ深く息を吸い。


 俺は扉を開けた。


 そこには三人の騎士と。


 白い神官服を着た、一人の少女が立っていた。


 年齢は俺たちとそう変わらない。


 長い銀髪。


 透き通るような青い瞳。


 胸元には、大神殿でも上位の者しか身につけられない金色の聖印。


 少女は俺を見ると、丁寧に頭を下げた。


「突然の訪問をお許しください。大神殿聖務院所属、エルナ・フィリスと申します」


「……どうも」


「昨日の勇者選定について、いくつか確認したいことがあります」


 やっぱり来たか。


 俺が覚悟を決めた、そのとき。


 エルナと名乗った少女の目が。


 俺の肩越し。


 家の奥へ向いた。


「……?」


 何かを感じ取ったように、眉を寄せる。


「どうかしました?」


「いえ」


 少女は少し迷い。


 やがて小さく首を振った。


「ただ――」


 青い瞳が、鋭くなる。


「この家から、非常に強い聖剣の気配がします」


「…………」


 終わった。


 そう思った瞬間。


 寝室の奥から。


 ぴかあああああっ!


 壁越しでも分かるほど、強烈な青白い光が漏れ出した。


「アルセリアぁぁぁぁぁぁ!」


 俺の絶叫が、朝の住宅街に響き渡った。


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