第3話 聖剣は俺を選んだらしい。でも勇者にはしたくないらしい
「――順番に説明して」
ミリアが、ものすごく低い声で言った。
場所は俺の居間。
長椅子にはミリア。
その向かいには俺。
そして俺たちの間に置いた低いテーブルの横には、王国中が血眼になって探している国宝《聖剣アルセリア》が、何食わぬ顔で立っている。
逃げ場のない状況だった。
「何から?」
「最初から」
「昨日、勇者選定で俺が聖剣を抜けなかったところは見てたよな?」
「見てた」
「その後、俺は帰った」
「そこも知ってる」
「家に着いた」
「うん」
「玄関にこいつがいた」
「そこで急におかしいのよ!」
ミリアが机を叩いた。
聖剣が、ぴかっと光る。
「あなたも喜ばない!」
どうやらミリアにも、こいつが光である程度返事をしていることは伝わったらしい。
俺は昨日から今朝までの出来事を一通り説明した。
玄関前に聖剣がいたこと。
返そうとすると逃げたこと。
今朝、無理やり神殿へ連れていこうとしたら突然重くなったこと。
それでもどうにか持ち出した結果、検問で聖属性反応を出して危うく捕まりかけたこと。
話し終わるころには、ミリアはこめかみを押さえていた。
「……本当に?」
「俺がこんな嘘ついて何の得があるんだよ」
「ないわね。むしろ、もっとマシな嘘を考えると思う」
「信頼されてるのか馬鹿にされてるのか分からないな」
「両方」
ミリアは大きく息を吐いてから、聖剣を見た。
「つまりあなたは、カイルを選んだの?」
ぴか。
「即答なのね……」
俺も同じ質問を昨日した。
だが第三者から問いかけられても反応するらしい。
ミリアはしばらく聖剣を眺めると、急に表情を引き締めた。
「じゃあ、どうして昨日抜けなかったの?」
聖剣は沈黙した。
「……」
ミリアが目を細める。
「それ、私も聞きたいんだけど」
反応なし。
「都合が悪くなると黙るんだよ、こいつ」
「本当に生き物みたいね」
「俺も昨日からそう思ってる」
聖剣が抗議するように、ぴかっと一度だけ光った。
「否定なのか肯定なのか分かんないわよ」
ミリアは椅子から立ち上がり、聖剣の周囲をゆっくり回った。
魔法科の人間らしく、柄や刀身へ不用意に触れることはせず、少し離れた場所から魔力の流れを観察している。
「……やっぱり本物ね」
「偽物の可能性、考えてたのか?」
「当たり前でしょ。国宝と同じ形の剣がカイルの家にある、ってだけなら精巧な複製品の可能性もある。でもこれは違う」
「分かるのか?」
「魔力の質が変なの」
「変?」
「変というか……濃すぎるのよ」
ミリアが顔を近づける。
「普通の魔道具は、魔力を溜め込んで術式を動かすでしょう? でもこの剣には、溜め込んでいる感じがほとんどない。周囲の魔力を勝手に循環させて、自分の一部みたいに扱ってる」
「よく分からん」
「簡単に言えば、普通の魔道具が水筒だとしたら、これは井戸」
「なるほど」
「しかも底が見えない井戸」
「怖くなってきたな」
「私もよ」
ミリアが半歩下がる。
俺は改めて聖剣を見た。
昨日までは、妙に人懐っこい面倒な剣くらいに思っていた。
だが冷静に考えれば、三百年前に魔王を倒した伝説の武器だ。
王国が国宝として管理し、神殿が何重にも結界を張っていた。
その結界をこいつは勝手に抜け出し、俺の家まで来た。
「なあ」
俺は聖剣へ声をかける。
「お前、本当にどうやってここまで来たんだ?」
沈黙。
「自分で飛んできたのか?」
反応なし。
「誰かに持ってこられた?」
反応なし。
「瞬間移動?」
ぴか。
俺とミリアが同時に固まった。
「……今、光ったわよね?」
「光った」
「瞬間移動できるの?」
ミリアが聞く。
ぴか。
「できるんだ……」
俺は頭を抱えた。
「だったら昨日、何で居間で俺から逃げるとき床を這ってたんだよ」
ぴかぴか。
「遊んでたのか!?」
強く光った。
ミリアが口元を押さえる。
「笑うなよ」
「だって……伝説の聖剣が床を這って逃げるなんて、誰が想像するのよ」
「被害者は俺だぞ」
「ごめん。でも少し面白い」
聖剣まで調子に乗ったように光った。
「お前は便乗するな」
どうやら、かなり自由な性格らしい。
ミリアは笑いを収めると、また真剣な顔へ戻った。
「でも、瞬間移動できるなら話が変わってくるわ」
「何が?」
「神殿の警備を突破した方法よ。誰かが盗み出したんじゃなくて、聖剣自身が移動したなら、少なくともカイルに盗難の罪はない」
「俺もそれを主張したい」
「問題は、誰が信じるかね」
「だよな」
王国中の人間が知っている聖剣は、「選ばれし勇者だけが抜ける神聖な武器」だ。
勝手に瞬間移動する。
床を滑って逃げる。
気に入った人間の家の玄関に居座る。
そんな話を神官へしても、信じてもらえるとは思えない。
「証明できないのか?」
俺がそう言うと、ミリアが考え込む。
「聖剣自身に瞬間移動してもらえば……」
「やってくれるか?」
「聞いてみましょう」
ミリアが聖剣へ向き直った。
「アルセリア。今ここから、部屋の反対側へ瞬間移動できる?」
聖剣は、ぴかっと光った。
次の瞬間。
消えた。
「うおっ!?」
目の前から剣が消失する。
ほとんど同時に。
カラン。
背後から音がした。
振り返ると、聖剣は窓際に立っていた。
「……すごい」
ミリアが呟いた。
「本当に転移した」
「これなら証明できるんじゃないか?」
「できる。でも」
ミリアは少し黙った。
「神殿でこれをやったら、もっと大問題になると思う」
「……なんで?」
「聖剣が自律的に転移できるなんて、少なくとも私は聞いたことがない。王国側も知らなかった可能性が高いわ」
「つまり?」
「国宝が今まで隠していた能力を、あなたの前だけで使っていることになる」
俺は窓際の聖剣を見る。
ぴか。
「嬉しそうにする話じゃないからな」
むしろ問題が増えている。
ミリアは腕を組み、部屋の中を歩き始めた。
「一つずつ考えましょう。まず聖剣はカイルを選んだ。これは本人――剣だけど――が認めてる」
「そうだな」
「なのに勇者選定では抜けなかった」
「うん」
「そして選定が終わる前に逃げ出して、カイルの家へ来た」
「正確には俺が帰ってから一時間くらいだけどな」
「重要なのはそこじゃない」
ミリアが指を一本立てる。
「普通なら、カイルを選んだならその場で抜ければよかったはずなのよ」
「俺もそう思う」
「なのに拒否した。ということは――」
ミリアの視線が聖剣へ向く。
「カイルを選びたい。でも、あの場所では選びたくなかった」
聖剣が。
ぴか。
光った。
俺とミリアは同時に黙った。
「……当たり?」
「みたいだな」
ミリアがさらに質問する。
「神殿が嫌だった?」
ぴか。
「選定儀式そのものが嫌だった?」
ぴか。
「王国が嫌?」
今度は光らない。
「王国そのものではない……」
「じゃあ、勇者になるのが嫌だった?」
俺が何気なく尋ねた。
聖剣は。
強く光った。
「……え?」
ミリアも目を見開く。
「もう一回聞くぞ」
俺はゆっくり言葉を選んだ。
「お前は俺を選んだ。でも俺を『勇者』にはしたくない?」
ぴかあああああっ!
「眩しっ!」
部屋いっぱいに青白い光が広がる。
これまでで一番強い反応だった。
俺は腕で目を覆い、ミリアも顔を背けている。
数秒後。
光が収まった。
「……どういうこと?」
ミリアの声から笑いが完全に消えていた。
俺にも分からない。
聖剣が人を選ぶ。
選ばれた人間が勇者になる。
それが三百年間、この国で常識として伝えられてきた。
なのに聖剣自身は。
俺を選びながら、勇者にはしたくないと言っている。
「じゃあ何のために俺を選んだんだ?」
聖剣は答えない。
「魔王を倒してほしいわけじゃない?」
反応なし。
「戦ってほしい?」
反応なし。
「世界を救ってほしい?」
反応なし。
「じゃあ何だよ」
俺が困り果てた、そのとき。
ミリアが口を開いた。
「もしかして――守ってほしいの?」
ぴか。
小さな光。
俺は眉を寄せた。
「俺が世界を?」
反応なし。
「人間を?」
反応なし。
「王国を?」
反応なし。
ミリアが聖剣を見つめる。
そして、ゆっくり問いかけた。
「……あなた自身を?」
ぴかああああっ!
また部屋が青白く染まった。
「え」
俺は言葉を失った。
ミリアも何も言えない。
聖剣は、確かに答えた。
世界を守ってほしいわけではない。
王国を救ってほしいわけでもない。
魔王を倒してほしいとも言わない。
こいつが俺を選んだ理由は。
「……俺に、お前を守ってほしいのか?」
今度の光は弱かった。
けれど。
どこか安心したように、穏やかに灯った。
「待てよ」
俺は思わず立ち上がる。
「逆だろ」
聖剣は勇者の武器だ。
人間が聖剣に力を借り、魔王と戦う。
聖剣が守ってもらうなんて話は、聞いたこともない。
「お前、何から守ってほしいんだ?」
沈黙。
「魔王?」
違う。
「魔物?」
違う。
「……神殿?」
ほんの一瞬。
青い宝石が揺らいだ。
「今の何?」
俺が問う。
聖剣はもう反応しない。
ミリアの表情が険しくなった。
「カイル」
「何だ」
「しばらく神殿には行かないほうがいいかもしれない」
「でも聖剣を隠したままってわけにもいかないだろ」
「分かってる。でも今の反応を見た後で、何も考えず返すのは危険よ」
「危険って……」
「誰にとってかは分からない」
ミリアは聖剣を見る。
「あなたかもしれないし、聖剣かもしれない。あるいは両方」
昨日まで。
俺にとって聖剣は、ただの伝説の武器だった。
勇者を選び、魔王を倒すために使われる道具。
それだけだった。
だが今。
目の前にいるこいつは。
俺を選び。
俺の家へ逃げ込んできて。
そして俺に。
守ってほしいと言った。
「……事情くらい話してくれれば楽なんだけどな」
俺が呟くと、聖剣は申し訳なさそうに小さく光った。
ミリアがため息をつく。
「言葉は話せないの?」
ぴか。
「話せない?」
ぴか。
「じゃあ文字は?」
反応なし。
「書くとか」
反応なし。
「魔法で意思を伝えるとか」
反応なし。
どうやら、今のところ光る以外の意思疎通方法はないらしい。
「質問を絞れば、ある程度は分かるかもしれない」
俺が言うと、ミリアが頷いた。
「ええ。ただし、先入観のある質問ばかりすると危険ね。私たちが勝手に答えを誘導することになる」
「面倒だな」
「国宝相手なんだから我慢しなさい」
もっともな話だった。
そのとき。
玄関の外から、再び音がした。
コンコン。
「……」
俺とミリアが顔を見合わせる。
「また誰か来た」
「誰かしら」
「今度こそ騎士だったら終わるぞ」
俺が小声で言った直後。
「王国騎士団です!」
外から男の声が響いた。
俺とミリアは揃って固まった。
「カイル・レインズ殿のお宅で間違いありませんか!」
「……」
早い。
今朝の検問で俺が逃げたせいか。
それとも候補者への事情聴取が始まったのか。
どちらにしても最悪のタイミングだった。
「どうする?」
ミリアが囁く。
「出ないわけにはいかない」
「聖剣は?」
俺たちは同時に振り返った。
そこに。
聖剣はいなかった。
「……は?」
さっきまで窓際にいたはずなのに。
消えている。
「アルセリア?」
俺が呼ぶ。
反応なし。
「どこ行った?」
次の瞬間。
俺の寝室のほうから。
カタン。
小さな音がした。
「まさか」
俺が寝室へ走る。
扉を開ける。
そして固まった。
聖剣は。
俺のベッドの上にいた。
しかも掛け布団の中へ刀身のほとんどを突っ込み、柄だけを枕元から出している。
「何してるんだ、お前」
ぴか。
「隠れてるつもりか?」
ぴか。
「見つかるだろ!」
ミリアが後ろから覗き込み。
数秒黙ったあと。
「……ちょっとかわいい」
「感想そこ!?」
玄関が再び叩かれる。
「カイル・レインズ殿! 在宅であれば応答を!」
「分かった、今行きます!」
俺は返事をした。
もう時間がない。
「ミリア」
「何?」
「頼む。こいつ見てて」
「私が!?」
「変なことしそうになったら止めてくれ」
「聖剣をどうやって止めるのよ!」
「俺だって知らない!」
俺は寝室を飛び出した。
玄関へ向かう途中、心臓が嫌なほど速く打っている。
何も悪いことはしていない。
それなのに。
今の俺の家には。
王国騎士団が探している国宝が、俺のベッドで布団をかぶって隠れている。
「……どう考えても捕まる絵だろ」
呟きながら玄関扉へ手をかける。
一度だけ深く息を吸い。
俺は扉を開けた。
そこには三人の騎士と。
白い神官服を着た、一人の少女が立っていた。
年齢は俺たちとそう変わらない。
長い銀髪。
透き通るような青い瞳。
胸元には、大神殿でも上位の者しか身につけられない金色の聖印。
少女は俺を見ると、丁寧に頭を下げた。
「突然の訪問をお許しください。大神殿聖務院所属、エルナ・フィリスと申します」
「……どうも」
「昨日の勇者選定について、いくつか確認したいことがあります」
やっぱり来たか。
俺が覚悟を決めた、そのとき。
エルナと名乗った少女の目が。
俺の肩越し。
家の奥へ向いた。
「……?」
何かを感じ取ったように、眉を寄せる。
「どうかしました?」
「いえ」
少女は少し迷い。
やがて小さく首を振った。
「ただ――」
青い瞳が、鋭くなる。
「この家から、非常に強い聖剣の気配がします」
「…………」
終わった。
そう思った瞬間。
寝室の奥から。
ぴかあああああっ!
壁越しでも分かるほど、強烈な青白い光が漏れ出した。
「アルセリアぁぁぁぁぁぁ!」
俺の絶叫が、朝の住宅街に響き渡った。




