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聖剣に選ばれなかった俺、帰宅したら聖剣が玄関で待っていた  作者: てへろっぱ


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2/13

第2話 聖剣を返しに行こうとしたら、王都が封鎖されていた



 翌朝。


 目を覚ました俺は、しばらく天井を眺めていた。


 窓から差し込む朝日。外を走る馬車の音。遠くから聞こえるパン屋の呼び込み。


 いつもと変わらない朝だった。


「……夢だったか」


 昨日は色々あった。


 勇者選定で聖剣に選ばれなかったり、その聖剣が家まで追いかけてきたり、返すと言ったら逃げ回ったり。


 どう考えても現実味がない。


 疲れていた俺が見た夢。


 そう考えるのが一番自然だろう。


 俺はベッドから起き上がり、寝室の扉を開けた。


「…………」


 廊下の向こう。


 玄関前に、一本の剣が立っていた。


 金とも銀ともつかない刀身。


 青い宝石の嵌まった柄。


 朝日を浴びてきらきら輝いている。


「夢じゃなかったか」


 ぴか。


「おはようじゃないんだよ」


 聖剣アルセリアは、昨日と同じ場所に居座っていた。


 どうやら俺が寝ている間に逃げるどころか、完全に我が家の玄関を定位置と認識したらしい。


「一晩泊めるとは言ったけど、住んでいいとは言ってないぞ」


 ぴかぴか。


「そこは二回光っても駄目だからな」


 俺はため息をつき、台所へ向かった。


 とにかく朝飯だ。


 腹が減ったまま国宝問題について考えても、ろくな答えは出ない。


 昨日買っておいたパンを切り、固いチーズと一緒に皿へ載せる。鍋に残っていた野菜スープを温めながら、俺はちらりと玄関を見た。


 聖剣は動かない。


「お前、飯とか食わないよな?」


 反応なし。


「……そりゃそうか」


 剣に朝飯を用意しようとした自分が少し嫌になる。


 俺は食卓につき、パンをかじった。


 さて。


 問題はこれからだ。


 昨日は混乱して「返さなければ」としか考えていなかったが、一晩寝た頭で考えると、いくつか非常にまずいことがある。


 まず第一。


 こいつは国宝だ。


 値段を付けられるような品ではないが、仮に盗んだとなれば牢獄どころでは済まないだろう。


 第二。


 俺は昨日、聖剣選定に参加している。


 つまり神官たちは俺の名前も顔も知っている。


 そして第三。


 何より厄介なのが――。


「お前、素直に返される気ある?」


 ぴか。


「あるの?」


 俺が少し安心した、その直後。


「じゃあ朝飯食ったら神殿へ行くぞ」


 ふっ。


 青い宝石の光が消えた。


「……おい」


 聖剣が少しずつ傾く。


 そして壁際へ。


 ずる。


「待て」


 ずるずる。


「お前昨日と同じことする気だろ」


 ずるずるずる。


「逃げるな!」


 俺が立ち上がった瞬間、聖剣は猛烈な速度で廊下の奥へ滑っていった。


「速っ!?」


 昨日より明らかに逃げ足――剣に足はないが――が速くなっている。


 食堂を抜け、階段を回り込み、俺が追い詰めたところで聖剣はくるりと向きを変えた。


「お前、学習してるだろ!」


 ぴかっ。


「褒めてない!」


 結局、捕まえるまで十分近くかかった。


 朝から国宝と鬼ごっこをしたせいで、妙な疲労感がある。


「いいか。別に捨てるって言ってるわけじゃない」


 俺は聖剣を床に置き、その前にしゃがみ込んだ。


「お前がどういうつもりでうちに来たのかは知らない。でもな、勝手に持ってきたままだと俺が犯罪者になるんだよ」


 聖剣は沈黙している。


「神殿へ行って事情を説明する。その後どうなるかは分からないけど、少なくとも盗んでないってことだけは伝えないとまずい」


 ぴか。


 弱い光だった。


 昨日までの元気な反応とは違う。


「……分かった?」


 ぴか。


 俺はようやく息を吐いた。


 意外と話せば分かる奴なのかもしれない。


「よし。それじゃ行くぞ」


 俺が立ち上がり、聖剣の柄を握る。


 すると。


 びくともしなかった。


「…………」


 持ち上がらない。


「おい」


 昨日までは羽のように軽かった聖剣が、今は地面に縫い付けられたかのように動かない。


「分かったって光ったよな?」


 ぴか。


「じゃあ何で動かないんだよ!」


 ぴかぴか。


「返事だけはいいな、お前!」


 結局。


 さらに十五分ほど説得したあと、「返すかどうかは神殿で話し合う」という曖昧な条件で、ようやく聖剣は持ち上がってくれた。


 国宝相手に交渉をする日が来るとは思わなかった。


     ◇


「……さすがにこのまま持って歩くのはまずいよな」


 玄関を出る直前、俺は考え直した。


 聖剣を腰に提げて王都を歩く。


 昨日の勇者選定を見ていた者なら、かなりの確率で気づくだろう。


 俺は物置から古い毛布を持ってきて、聖剣をぐるぐる巻きにした。


「少し我慢してくれ」


 毛布の隙間から青い光が漏れる。


「光るな。余計目立つ」


 消えた。


「そこは素直なんだな」


 長い荷物を背負うような形で聖剣を担ぎ、玄関を開ける。


 そして俺は、外へ出た瞬間に固まった。


 昨日までとは明らかに街の空気が違う。


 騎士が多い。


 通りのあちこちに王国騎士団の制服を着た者たちが立ち、道行く人々へ聞き込みをしている。


 上空では数羽の使い魔が旋回していた。


「……まさか」


 嫌な予感しかしない。


 俺はできるだけ平静を装い、大通りへ出た。


 そのとき。


「号外! 号外だよ!」


 新聞売りの少年が走ってきた。


「王国史上最大の事件! 聖剣アルセリア消失! 勇者選定の最中に聖剣が忽然と姿を消した!」


「……」


 俺は足を止めた。


「神殿は盗難の可能性も含めて調査中! 王都の各門は一時封鎖! 不審な荷物を持つ者は検査対象!」


 俺はゆっくりと背中の荷物を見た。


 毛布でぐるぐる巻きにされた、どう見ても不審な長物。


「最悪じゃねえか……」


 少年から新聞を一部買う。


 第一面には、でかでかと見出しが躍っていた。


 ――《聖剣消失。何者かによる前代未聞の国宝強奪か》。


 強奪。


「俺じゃない」


 背中で、ぴかっと光った気配がした。


「お前が反応するな」


 記事によれば、聖剣が消えたのは俺が会場を離れてから一時間ほど後だったらしい。


 勇者選定はそのまま続けられていた。


 ところが次の候補者が壇上へ上がろうとした瞬間、聖剣が強烈な光を放った。


 神官たちが目を覆っている数秒の間に、忽然と消えた。


 現在、王都神殿と騎士団が総力を挙げて捜索している。


 また、昨日の勇者候補者にも順次事情聴取を行う予定。


「候補者にも?」


 俺は記事を二度見した。


 まずい。


 非常にまずい。


 俺も候補者だ。


 ということは、待っていればそのうち向こうから来る。


 だったら今すぐ神殿へ行って事情を説明したほうがいい。


 俺は歩く速度を上げた。


 王都大神殿まではここから二十分ほどだ。


 だが中央区へ近づくにつれて、騎士の数は明らかに増えていった。


 そして神殿へ続く大通りの入口で、俺は再び足を止めることになる。


「荷物検査にご協力ください!」


 十人以上の騎士。


 さらに神官。


 通行人が一人ずつ検査を受けている。


 机の上には、水晶のような魔道具まで置かれていた。


「魔力反応検査を行います! 剣、杖、魔道具などを所持している方は事前に申告してください!」


 俺は背中を見る。


 国宝。


 しかも、捜索対象そのもの。


「……」


 正直に言えばいい。


 俺は盗んでいない。


 目の前で捕まって、その場で全部説明すればいい。


 そう考えた。


 そのときだった。


 背中で聖剣が震えた。


「おい?」


 ぶるぶる。


「ちょっと待て」


 振動が強くなる。


「何だよ」


 俺が小声で問いかけた、その瞬間。


 検査場の水晶が突然光った。


 神官が振り返る。


「……今、強力な聖属性反応が」


「え?」


 騎士たちがざわめく。


「周囲を確認しろ!」


「はい!」


「待て待て待て!」


 俺は背中の聖剣を押さえた。


 毛布の中から光が漏れている。


「お前、何してるんだよ!」


 聖剣はぶるぶる震える。


 神殿へ近づくのを全身で拒否しているらしい。


「おい、そこの君!」


 騎士の一人がこちらを向いた。


「はい!?」


「背負っている荷物は何だ?」


 まずい。


 頭が高速回転する。


「これは、その……」


「随分長いな。剣か?」


「違います」


 即答した。


「では何だ?」


「…………物干し竿です」


 言った瞬間、自分でも無理があると思った。


 騎士が眉を寄せる。


「物干し竿を毛布で包んでいるのか?」


「大事な物干し竿なので」


 人生で最も苦しい言い訳だった。


 背中で聖剣がぴかぴか光り始める。


「お前は黙ってろ!」


「誰と話している?」


「独り言です!」


 完全に不審者だった。


 騎士がこちらへ歩いてくる。


「荷物を確認させてもらう」


「……ですよね」


 逃げたらもっと怪しい。


 俺が諦めかけた、そのとき。


 どこか離れた場所で爆発音がした。


 ドンッ!


「なんだ!?」


「北側だ!」


 騎士たちの注意が一瞬逸れる。


 俺は反射的に走り出していた。


「すみません!」


「待て!」


 背後から声が飛んでくる。


 俺は路地へ飛び込み、角を曲がり、さらに細い道へ入った。


「何で俺が逃げてるんだよ!」


 盗んでない。


 何も悪いことをしていない。


 なのに状況だけ見れば、国宝を背負って検問から逃走している完全な犯罪者だ。


「全部お前のせいだからな!」


 背中から、嬉しそうな光が漏れた。


「褒めてないって何回言わせるんだ!」


     ◇


 結局。


 俺は神殿へ辿り着けなかった。


「……どうするんだよ、これ」


 自宅近くの路地まで戻り、壁に手をつく。


 これ以上うろつくのは危険だ。


 今頃、検問の騎士たちが「毛布に包んだ長い荷物を背負った怪しい男」について情報共有していてもおかしくない。


「一度帰るぞ」


 ぴか。


「嬉しそうだな」


 ぴかぴか。


「お前、絶対わざとだろ」


 聖剣は答えない。


 俺は周囲を確認してから、大急ぎで家へ戻った。


 玄関扉を開ける。


「ただいま」


 何となく口にしてから、自分しか住んでいないことを思い出す。


 ところが。


 背中の聖剣が、ぴかっと光った。


「……」


 俺は毛布を外した。


 聖剣を玄関へ置く。


「ただいまって言ったから光った?」


 ぴか。


「お前、俺の家を自分の家だと思ってない?」


 ぴかああっ。


「そこは否定しろ!」


 頭が痛い。


 俺は聖剣を抱え、居間へ向かった。


 とにかく今後について考えなければならない。


 神殿へ直接行くのは無理。


 かといって、このまま隠し続けるのも無理。


 なら手紙でも送るか。


 いや、「聖剣が勝手に家へ来ました」なんて匿名の手紙を出したところで、悪戯扱いされる可能性が高い。


 いっそ知り合いの神官を――。


 コンコン。


 玄関が叩かれた。


「……」


 俺は動きを止めた。


 コンコン。


「カイルー? いる?」


 聞き覚えのある声。


「ミリア?」


 昨日、勇者選定の帰りに話した同期だ。


「今日、学院休みになったの知ってる? 聖剣が盗まれたとかで大騒ぎよ」


「……知ってる」


「だったら開けてよ」


 まずい。


 俺は居間を見る。


 テーブルの横に聖剣が堂々と立っている。


「ちょっと待って!」


 小声で聖剣へ駆け寄る。


「隠れろ!」


 ぴか?


「ミリアが来たんだよ。見つかったら説明が面倒だから、とりあえず隠れてくれ!」


 聖剣は動かない。


「頼む!」


 俺は毛布をかけ、聖剣を抱える。


 押し入れ。


 違う。


 長すぎて入らない。


 寝室。


 いや、見られたらもっと怪しい。


 物置。


「カイル?」


「今行く!」


 焦る。


 結局、居間の長椅子の裏へ聖剣を押し込み、その上から毛布をかけた。


「絶対動くなよ」


 ぴか。


「光るなって!」


 慌てて玄関へ向かう。


 扉を開けると、ミリアが呆れた顔で立っていた。


「遅い」


「悪い」


「何してたの?」


「ちょっと掃除」


「朝から?」


「急に掃除したくなる日ってあるだろ」


「カイルが?」


「……ないかも」


 ミリアは怪訝そうな顔をしながら家へ入った。


「それで、何の用だ?」


「何の用って、学院休みになったから教えに来てあげたのよ。それと昨日の聖剣の話。すごいことになってるわよ」


「へえ」


「反応薄くない?」


「朝から号外読んだから」


「ああ、なるほど」


 俺はさりげなく居間への入口を塞ぐ。


「じゃあ用件も済んだし――」


「お茶くらい出してくれないの?」


「今日は茶葉切らしてる」


「昨日買ったって言ってなかった?」


「……飲み切った」


「一晩で?」


 ミリアの目が細くなる。


 昔から変なところで勘が鋭い。


「カイル」


「何だ」


「何か隠してる?」


「何も」


「目が泳いでる」


「泳いでない」


「じゃあ何で私を居間に入れたくないの?」


「散らかってるから」


「あなたの家、いつも無駄に綺麗でしょ」


 詰んだ。


 じりじりとミリアが近づく。


 俺も後退する。


 そのとき。


 居間から。


 ガタン。


 音がした。


 ミリアが止まる。


「……今の何?」


「風だ」


「家の中で?」


「今日は風が強い」


「窓閉まってるけど」


「…………」


「カイル」


 ミリアが俺の横をすり抜けた。


「あっ、待て!」


 居間へ入る。


 長椅子の後ろ。


 毛布がもぞもぞ動いている。


「何あれ?」


「何でもない!」


「動いてるけど!?」


「気のせいだ!」


 俺が止めるより早く、ミリアが毛布へ近づく。


「ちょっと、何飼って――」


 ばさっ。


 毛布が跳ね上がった。


 聖剣アルセリアが飛び出す。


 宙を一回転し。


 床へ突き刺さることなく、器用に直立した。


 青い宝石が輝く。


 ぴか。


「…………」


 ミリアが固まった。


「……」


 俺も固まった。


 聖剣だけが嬉しそうに光っている。


 長い沈黙。


 やがてミリアが、ゆっくり俺を見た。


「カイル」


「はい」


「これ」


「はい」


「聖剣よね?」


「……たぶん」


「昨日、消えた?」


「たぶん」


「国中が探してる?」


「たぶん」


 ミリアはもう一度、聖剣を見る。


 そして。


「――あんた何したのぉぉぉぉぉぉ!?」


「俺じゃない! こいつが勝手に来たんだよ!」


 王都中が聖剣を探している朝。


 俺の秘密は。


 開始一日にして、早くも一人にバレた。


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