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聖剣に選ばれなかった俺、帰宅したら聖剣が玄関で待っていた  作者: てへろっぱ


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第10話 聖剣の記憶は、最初から奪われたわけではなかった

 祭壇の下に現れた階段は、《契約者の道》よりもさらに深い場所へ続いていた。


 俺たちはすぐには降りなかった。


 ここへ来るまで、何かを見つけるたびに新しい問題まで一緒についてきたからだ。


 契約者という存在を知った。


 俺の前に四十二人いたことが分かった。


 その名前が歴史から消されていた。


 そして今度は、アルセリアが失った記憶を取り戻すための《記憶の間》である。


「……普通なら、見つけて喜ぶところなんだろうけどな」


 地下へ続く暗い階段を眺めながら呟くと、隣にいたミリアが少し呆れたように笑った。


「ここ二日で学習したわね。私も今は『やった、手掛かりだ』より先に『今度は何が起こるんだろう』って考えてるもの」


「二人とも、そんなことを言わないでください。私まで入りたくなくなってきます」


 エルナはそう言いながらも、すでに荷物をまとめ直していた。行かないという選択肢は、最初から考えていないらしい。


 俺も同じだった。


 手掛かりがある。


 しかも、アルセリア自身が過去を取り戻せるかもしれない場所だ。


 怖いから見なかったことにする、というわけにはいかない。


「アルセリアは?」


 手元へ視線を落とすと、青白い光がわずかに揺れた。


『行きたい。でも……少し怖い』


 以前のアルセリアなら、その感情を伝えるために光を弱くするくらいしかできなかっただろう。


 今は言葉として届く。


 だからこそ、俺も曖昧に扱いたくなかった。


「だったら無理に全部思い出す必要はないからな。下に行ってみて、嫌なら途中で戻る。記憶を取り戻すかどうかも、お前が決めればいい」


 アルセリアはすぐには答えなかった。


 やがて俺の肩へ柄を軽く触れさせると、小さな声で『うん』と返した。


 エルナはそのやり取りを聞くことこそできないものの、俺の表情から何となく察したらしい。


「それがいいと思います。本来の契約について、ここまで何度も『双方の同意』が強調されていました。記憶を戻すためだからと、今度は私たちがアルセリアの意思を無視してしまえば、大神殿がやろうとしていたことと変わらなくなりますから」


 その言葉に俺は頷き、アルセリアを手にしたまま階段へ足を踏み出した。


     ◇


 階段は思っていたより短かった。


 二十段ほど下りた先で、広い円形の部屋へ出る。


 俺たちは揃って足を止めた。


「……四十三」


 ミリアが小さく呟いた。


 壁沿いに。


 四十三本の石柱が並んでいた。


 どれも人の腰ほどの高さで、上部には手を置ける程度の平らな窪みがある。


 最も入口に近い一柱だけが青白く輝いていた。


 そこには。


 ――《第四十三代 カイル・レインズ》。


 俺の名前。


 残り四十二本の石柱からは文字が失われていたが、第41の柱だけは完全な空白ではない。


 先ほど思い出した名前。


 セフィリア・アーク。


 その文字だけが、淡く戻っていた。


「礼拝堂の記録と連動しているようですね」


 エルナは各石柱を見回しながら、中央へ進んでいく。


 部屋の中央には巨大な水晶があった。


 人間の背丈を超える大きさで、その中には何かが封じ込められている。


 近づいてみると。


 小さな光だった。


 何百。


 何千。


 数え切れないほどの青い光の粒が、水晶の中をゆっくり漂っている。


「これが記憶?」


 ミリアの問いに答えたのは、俺たちの誰でもなかった。


『――記憶保全機構、休眠状態より復帰』


 部屋全体に声が響いた。


 《契約者の道》で聞いたものと同じ、感情のない古代術式の声だ。


『第四十三代契約者を確認。聖剣アルセリアを確認。記憶欠損率を測定します』


「勝手に何か始まったぞ」


 俺が身構えると、アルセリアからも緊張が伝わってきた。


 だが痛みはないらしい。


 水晶から細い光が伸び、アルセリアの刀身へ触れる。


 ほんの数秒。


 やがて光が戻り。


『測定完了』


 俺たちは黙って次の言葉を待った。


『記憶欠損率、七十八・四パーセント』


「……そんなに?」


 俺は思わずアルセリアを見た。


 本人も驚いたらしく、光が大きく揺れている。


 七十八パーセント。


 忘れているものの方が、圧倒的に多い。


「アルセリア本人は、記憶を失っていることに気づいていなかったんですよね?」


 エルナに聞かれ、俺は頷いた。


「契約者がいたことさえ、ここへ来るまで忘れてた」


「単純な記憶喪失ではなさそうですね。四十二人のことだけではなく、それに関連する時代そのものが抜け落ちているのかもしれません」


 そう考えれば。


 アルセリアが三百年以上前のことを曖昧にしか覚えていない理由も説明できる。


 だが。


 続いて告げられた言葉は、予想していなかった。


『記憶封印を七層確認。第一層から第五層まで、聖剣本人の承認記録あり』


「……え?」


 部屋の空気が変わった。


 ミリアが水晶を見上げ、エルナも完全に固まっている。


「本人の承認?」


 俺は聞き返した。


「つまり、アルセリアが自分から記憶を消したってことか?」


『訂正。記憶消去ではありません。第一層から第五層は、聖剣アルセリア本人と当時の契約者双方の同意に基づく記憶保護封印です』


 俺は手元を見る。


「覚えてる?」


『……分からない』


 当然だ。


 その出来事自体を封じているのだから。


 エルナが一歩前へ出た。


「記憶保護ということは、忘れることそのものが目的ではなかったのでしょうか?」


『肯定。外部からの記憶読取、契約者情報抽出、聖剣を介した追跡を防止するための緊急保護機構です』


 そこまで聞いて。


 ミリアが最初に意味へ辿り着いた。


「待って。つまり昔、誰かがアルセリアの記憶から契約者の情報を抜き出そうとしたの?」


『肯定』


 部屋が静まり返った。


 過去の契約者たちは。


 ただ聖剣と旅をしていただけではない。


 誰かに狙われていた。


 そしてアルセリア自身の記憶が、仲間を見つけるための道具にされる危険があった。


 だから。


 自分から忘れることを選んだ。


「セフィリアも?」


 俺が尋ねると、第41の石柱が光った。


『第五層記憶保護封印執行時の契約者――第四十一代契約者セフィリア・アーク』


 アルセリアが震えた。


 先ほど見た記憶が脳裏へ蘇る。


『もし誰かがあなたを無理やり使おうとしたら――』


 あの言葉の続き。


 もしかすると。


 彼女は全部知っていたのかもしれない。


「じゃあ、セフィリアと一緒に自分の記憶を封じたのか」


 アルセリアから。


 弱い声が届く。


『……わたしが、みんなを守るため?』


「たぶんな」


 それなら。


 少しだけ救われる。


 記憶の全てを奪われたわけではなかった。


 少なくとも途中までは。


 アルセリア自身が大切な誰かを守ろうとして、自分の意思で選んだことだった。


 けれど。


 俺はさっきの言葉を思い出した。


 七層。


 第一から第五まで本人の承認。


「じゃあ、第六と第七は?」


 答えが返ってくるまで。


 ほんの数秒だった。


 それなのに。


 妙に長く感じた。


『第六層――本人承認なし』


 エルナの顔が強張る。


『第七層――本人承認なし』


 やっぱり。


 全部が自分の意思だったわけじゃない。


「誰がやった?」


『記録を検索』


 水晶の内部で大量の光が動き始める。


『第六層記憶封印、実行時期――三百十二年前』


「三百十二年前……」


 エルナが呟いた。


「初代勇者レオンが魔王を討伐した直後の時期です」


 アルセリア自身が。


 レオンと別れたあとに何かあったと言っていた。


 その時期と一致する。


『術式実行者――記録破損。特定不能』


 俺たちは落胆しかけた。


 だが。


『補助記録を検出』


 水晶へ新しい文字列が浮かび上がる。


『実行場所――王都大神殿、第一聖剣祭壇』


 エルナの表情から、完全に笑みが消えた。


「大神殿……」


 つまり。


 三百十二年前。


 アルセリアは本人の同意なしに記憶を封じられた。


 場所は。


 今もアルセリアが安置されていた大神殿。


「第七層は?」


『第七層記憶封印、実行時期――十七年前』


 今度こそ。


 誰もすぐには言葉を出せなかった。


「十七年前?」


 俺が生まれるより少し前。


 三百年前ではない。


 古代でもない。


 つい最近だ。


 エルナが一歩、水晶へ近づく。


「実行者は分かりますか?」


『検索』


 光が動く。


 そして。


『実行者情報、一部残存』


 壁面へ。


 一つの紋章が投影された。


 エルナが息を呑んだ。


「……そんな」


「知ってる紋章なんですか?」


 答えるまで。


 彼女は少し時間を必要とした。


「知っています」


 声が低い。


「大神殿の聖務院には、内部でもさらに役割が分かれています。これは一般の神官が使える紋章ではありません」


「じゃあ誰の?」


「聖剣の管理、勇者選定、魔王軍への対抗計画。その全てについて最終決定権を持つ部署です」


 そこで。


 俺には嫌な予感しかしなくなった。


「名前は?」


「《聖冠会》」


 初めて聞く名称だった。


 エルナは水晶へ映った紋章を見つめながら続ける。


「正式な構成員は公表されていません。大神官長を含め、ごく一部の上位神官だけで運営されていると聞いています。私も聖務官になって初めて存在を知らされました」


「そこが十七年前にアルセリアの記憶を?」


「少なくとも、この記録が正しければ」


 全員がアルセリアを見た。


 だが。


 俺は少し引っかかった。


「十七年前って変じゃないか?」


 ミリアがこちらを向く。


「何が?」


「だって今回、神殿はアルセリアを制御するために新しい追加術式を使おうとしてたんだろ。でも十七年前にも、すでに無理やり記憶を封じられるくらい干渉できてた。それなら、どうして今になってわざわざ新しい術式を作ったんだ?」


 エルナも眉を寄せた。


「……確かに」


 何かが噛み合わない。


 十七年前の記憶封印。


 今回の完全制御術式。


 そして。


 突然行われた勇者選定。


「エルナさん。今回の勇者選定って、予定通りだったんですか?」


「予定通り……とは?」


「毎年とか、何年ごととか、決まりがあるんじゃないんです?」


「あります。原則として前代勇者の引退、死亡、あるいは魔王軍の大規模侵攻が確認された際に実施されます。ただ今回は――」


 そこで。


 彼女が止まった。


「どうしたの?」


 ミリアが尋ねる。


 エルナの目が。


 少しずつ見開かれていく。


「おかしいです」


 今さら気づいたような。


 そんな顔だった。


「現在の勇者、ガレス・アルヴェイン様は生きています」


「……え?」


「負傷して前線を離れてはいますが、正式な引退はしていません。それに魔王軍の侵攻も、確かに活発化してはいるものの、緊急選定が必要になる規模ではありませんでした」


「じゃあ何で昨日、選定したんです?」


「大神殿からは『聖剣が新たな勇者を求めている兆候を示したため』と説明されました」


 俺とミリアは。


 同時にアルセリアを見た。


「お前、新しい勇者欲しいって言った?」


『言ってない』


 即答だった。


「だよな」


 それどころか。


 アルセリアは勇者選定そのものを嫌がっていた。


 俺がその答えを伝えると、エルナは完全に黙り込んだ。


 誰かが嘘をついた。


 聖剣が新たな勇者を求めている。


 そういうことにして。


 選定を開いた。


 そして同じ選定で。


 アルセリアを完全制御するための追加術式まで用意されていた。


「もしかして」


 ミリアが慎重に言葉を選んだ。


「最初から、勇者を選ぶのが目的じゃなかった?」


 その可能性に。


 背筋が冷えた。


 候補者を大量に集める。


 聖剣を祭壇へ固定する。


 儀式という名目で大規模な術式を起動する。


 その中で。


 アルセリアを完全に制御する。


「でも、こいつは逃げた」


 俺が呟く。


 しかも。


 逃げる直前に。


 俺を見つけた。


「だから予定が狂った……?」


 王都全体を封鎖してまで俺を探している理由。


 聖務官であるエルナにすら知らせず、異常な速度で確保命令が出た理由。


 ようやく一つの線になり始めた。


 そのとき。


 水晶が。


 再び声を発した。


『警告』


 俺たちは一斉に振り返る。


『第七層記憶封印に、外部接続を確認』


「外部?」


 エルナの表情が変わった。


『封印術式を経由した現在位置の逆探知が進行中』


「……まさか」


 ミリアが青ざめる。


「ここが見つかるってこと?」


『肯定』


 冗談じゃない。


 せっかく王都から逃げたのに。


「どのくらい時間がある?」


『逆探知完了まで推定――』


 水晶が計算するように光った。


『十九分』


「具体的すぎる!」


 思わず叫んだが。


 誰も笑わなかった。


 エルナはすぐに荷物をまとめ始め、ミリアも杖を腰へ戻す。


「祈祷所を離れましょう。十九分あれば森へ入れます。追跡術式を切る方法は移動しながら考えるしかありません」


「でも、記憶は?」


 俺が水晶を見る。


 ここには。


 アルセリアが失ったものが残っている。


 四十二人の契約者。


 セフィリア。


 三百十二年前。


 十七年前。


 まだ何も分かっていない。


 すると。


 アルセリアが俺の前へ浮かんだ。


『カイル。行こう』


「いいのか?」


『うん。ここにあるなら、また来ればいい。でもカイルたちが捕まるのは嫌』


 迷いのない声だった。


 俺は頷いた。


「分かった。また取りに来よう」


『一緒に?』


「当たり前だろ」


 その瞬間。


 アルセリアが明るく光った。


 また眩しくなるほどではない。


 でも。


 嬉しいことだけは十分伝わる。


 俺たちは《記憶の間》を出ようとした。


 その直前。


『第四十三代契約者』


 水晶から呼び止められる。


「何だ?」


『緊急時規定に基づき、記憶保全媒体の携行を許可します』


 水晶の側面が開いた。


 中から。


 掌に収まるほどの小さな青い結晶が出てくる。


 俺が受け取った瞬間。


 右手の契約紋が反応した。


『第五層までの保護記憶、および第六、第七層封印に関する解析情報を複製しました』


「つまり?」


『持って逃げられます』


「最初からそれ言ってくれ!」


 ミリアがとうとう吹き出した。


「古代の術式にまで振り回されてるじゃない」


「俺も最近そんな気がしてきたよ!」


 結晶を鞄へ入れ。


 俺たちは階段を駆け上がった。


 礼拝堂へ戻る。


 外はまだ明るい。


 王都の城壁も遠くに見えている。


 だが。


 その方角。


 空へ。


 白い光が一本上がった。


 エルナの顔色が変わる。


「あれは聖務院の長距離追跡信号です」


「十九分じゃなかったのか!?」


「逆探知の完了が十九分です。捜索隊はもう動き始めているのでしょう!」


 今日何度目か分からない。


 また逃げる。


 ただし今度は。


 王都からではない。


 自分たちの意思で。


 真実を持って。


 俺はアルセリアを握り。


 森へ向かって走り出した。


 後ろからミリアとエルナも続く。


 鞄の中には。


 四十二人の失われた歴史へ繋がる記憶。


 そして。


 十七年前にアルセリアの記憶を封じた《聖冠会》の記録。


 昨日。


 俺はただ、勇者になれなかっただけだった。


 それなのに今では。


 国が隠してきたかもしれない三百年以上の秘密を抱えて逃げている。


「アルセリア!」


『なに?』


「本当に俺を選んでよかったのか?」


 走りながら半分冗談で聞くと。


 返事は。


 思っていたよりずっと早かった。


『うん。カイルでよかった』


 それだけで。


 もう少し走れそうな気がした。


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