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第九話 あーさですよーお仕事のじかんでーす!

お越し頂き、ありがとうございます!

今回は、なかなか糖度の高い話になっています。楽しくて画像もたくさん差し込んだので、お楽しみ頂けたらと思います。

挿絵(By みてみん)

「それでさ、私は言ったんだ。『そんなことでは騎士として失格だ。もう一度顔を洗って出直して来い』とな」


  私の口の中は、トトのお手製生姜焼きでいっぱいだった。肉汁がジュワリと広がる。


やっぱりトトの料理は最高だ! 


 トトはお酒を煽り、おつまみの枝豆をポリポリと食べていた。私の話を聞いているのかいないのか、今日はいつもよりお酒の進み方が早い気がする。


  カラン、とグラスの氷を回して、つり目の大きな瞳を伏せていた。


 時々、トトは私の知らない顔をする。


 「トト……聞いているのか?」


 「聞いてる聞いてる。団長様の愚痴をな」


  隣に座るトトは、手慣れた仕草でグラスに酒を注いだ。


 「ジルももう一杯飲む?」


  トトの瞳はトロリと潤んでいて、いつもの鋭いつり目の目尻が優しく下がっている。鉄を打っている時の強い琥珀の色は完全に鳴りを潜め、その顔はほんのり赤く紅潮していた。耳に後れ毛をかけ直す彼女の耳元から、果実のような甘い匂いが私を誘ってくる。


  私はゴクリと唾を呑んだ。


 「おかわり」


  誤魔化すようにグラスを差し出すと、


 「そうこなくちゃ」


  とトトはニヤリと笑い、なみなみと酒を注いでくれた。


私はそれを一気に煽った。


 「美味いな」


  さらに追加でもう一杯。


 王宮のパーティで飲んでいた高級ワインとやらは、私には濃くて酸っぱくて、良さが全くわからなかった。慣れない場所での疲労のせいか、工房で飲む酒は一気に酔いが回る。


  トトは優しく微笑んでいたが、不意に悪戯っぽく笑った。


 「ジル、顔真っ赤だぞ。アハハハ! 騎士団長様も形無しだな!」


  私の頭を、煤の汚れが取れない手でグシャグシャにして遊び始める。私の髪があちこちにうねり、跳ねて鳥の巣のようになったのを見て、彼女はゲラゲラと笑った。


 「うるさいぞ。トト」


  私は仕返しとばかりに、鳥の巣になった頭をトトの首筋にグリグリと押し付けてやった。トトはくすぐったいのか、肩をすくめて身をよじっている。私もトトの笑い声につられて、一緒になってふざけていた。

挿絵(By みてみん)


  だんだんと、トトの心地よいぬくもりが私の肌に移ってくる。

 胃が満たされたからか、心が落ち着いたからか、無性に瞼が重い。


 「………トト……ねむ……」


 「ジル?」


  起きようと瞼を開くが、私の瞼は今、世界で一番言うことを聞かなかった。


 「……おつかれさん」


  頭の上から優しい声が降ってきて、その声にじんわりと全身の力が抜けていく。


 今、頭を撫でてくれた気がしたが、確かめることもできず、私はトトの肩に頭を預けたまま深い眠りに落ちていった。


  ◇


  私を起こしたのは、地獄からの覇者だった。


  目を開けると、私はトトの肩で寝てしまっていたようだった。だが、いまや立場は逆転し、トトが私の頭を枕にして寝ている。


 そして、轟音のような地鳴りが真上から聞こえてきた。


  私はトトを起こさないように、彼女の温かく柔らかい場所からそっと離れ、トトの頭を自分の肩に預け直した。


 「ぐぉー! ぐふー! ぐおおー!」

  トトの地獄のいびきと対照的に、その寝顔は三十路近くなるというのに、出会った頃と変わらない。


  トトの肩と膝裏を抱き、二階にある彼女の寝室に連れて行こうとするが、まだ酔いが覚めていないのか足元がおぼつかなかった。


とりあえず、私の簡易ベッドに寝かせることにする。


  落とさないように、起こさないように優しく運び、横たわらせてやった。また丸くなって猫みたいに寝るんだろうと思っていると、案の定、くるりと丸くなった。その愛らしい光景に思わず吹き出す。


  布団をそっとかけてやり、私はソファにでも寝るかと思っていると、


 「じる?」


  背後から、ボヤケた甘い声が聞こえてきた。


 振り返ると、トトが布団から顔だけ出してこちらを見つめている。


 「起きたか? 後片付けは明日、私がやるからもう寝ろ」


  薄っすら開いている瞳の中で、琥珀色が潤んでいる。

 トトの前髪が邪魔そうだったので指で払ってやると、くすぐったそうに目を細めた。あぁ、本当に猫だなと、胸が少し締め付けられる。


 「おやすみ」


  そう言って離れようとした瞬間、トトが私の手首を掴んだ。


 「じるはどこでねるの……?」


 「私はソファで寝る」


 「ダメだ……ちゃんと寝ないと……明日から仕事どうするんだよ」


  トトは睨んでくるが、この眠そうにしている時の彼女は、武具を壊して帰ってきた時の怒髪天を突く姿に比べたら全く怖くない。


むしろ、可愛いとすら思ってしまう。


 「私は野営地でも爆睡できるんだ。心配するな」


 「ここは……野営地じゃないでしょ。じるのいえじゃん」


  そう言って、トトは布団をパタパタとめくった。


 ニコニコと笑って、「おいでおいで」と手を振る。


  私は帰ってきてから初めて、眉間のシワを深く刻んだ。耳が破裂しそうなほど熱く染まっていく。


 「……トトちゃん! そ、そういうことは、その、私とするものでは……! 私は、私にはエレノア様が……! 」


 「うるさいよ。エレノアのストーカーめ。ここはワタシの工房だもん」


  トトに手首を思いっきり引っ張られた。


鍛冶工として日々鉄を打っている彼女の筋肉に、酔った私が勝てるはずもなく、一瞬でベッドに押し込まれた。


  簡易ベッドはそもそも、私一人でも少し窮屈なのに、二人で寝たらキツすぎる。狭いので、私は身体を横向きにするしかなかった。


 すぐにトトは私の胸元に頭を擦り付け、背中を預けてきた。


「ふふん。」


 トトの機嫌は良くなったらしい。

私の左腕は当然のように、トトの枕にされていた。


 「………トト」


  声をかけた瞬間、地獄の轟音が再開した。


 ダメだ……もう動く気なしだな、これは。


  しかし、動きたくないのは私も同じかもしれない。


 このトトの心地よい重さと温かさと、煤と石鹸の混じった甘い匂い。


 ――これは、本当に離れられなくなる。


  私は余った右腕で布団を引き寄せ、トトにしっかりとかけてやった。私の体の半分は布団から思いきりはみ出しているが、そんなことはどうでもよかった。


 右腕はそのまま、温かいトトの腹に巻き付けた。

挿絵(By みてみん)


  彼女の頭に頬を擦り寄せ、私も眠りを再開する。温かくて、あっという間に意識は深い闇へと落ちていった。


  ◇


  翌日の朝。副団長である俺――ザックは、最悪かつ最高にニヤける光景の前に立っていた。


  昨日のパーティの疲れも取れぬまま、様子のおかしかった可愛い後輩(団長)を心配する頼れる先輩として……いや、正直に言えば半分以上の好奇心を持って、トトと居候している騎士団長ジルフォードの工房のドアをそろりと開けた。


  隠密行動が主な任務の俺だ。気配を断つ技術だけなら、それこそ団長以上だという自負がある。だから、限界まで存在感を消して忍び込んだ。


  工房の炉の炎は完全に消えていた。


 テーブルの上は昨日の宴の後なのか、汚れた皿や飲み終わった酒瓶がそのままにしてあった。


  その時、奥の部屋の方から不穏なうめき声――というか、地鳴りのようないびきが聞こえてきた。


 声のする方へ忍び足で向かった俺は、思わず後退りをし、顔をカッと赤くしてしまった。しかし、目は見開いたまま、その光景をしっかりと網膜に焼き付けた。


 「わ……まじかよ。これ、部下たちには絶対見せられないな」


  二人はどう見ても、隙間なく抱き合って眠っていた。


 トトはジルフォードを完全に抱き枕にしているし、あの堅物団長はトトの頭に顎を置き、狭いベッドから落ちないように彼女の腰をぐっと自分に引き寄せていた。


  冷徹冷酷といわれ、団員たちから畏怖されながらも、圧倒的な強さを持つ誰もが尊敬する騎士団長ジルフォード・アイゼン。

 幾多の死線を共に潜り抜けてきた相棒としては、こんな腑抜けた幸せそうな顔は初めて見た。


  今なら俺でも暗殺できそうだな。……まあ、その瞬間に野生の勘で返り討ちにされる未来しか見えないが。


  今の彼は、昔トトに出会い、彼女に救われた頃の少年だったジルフォードのままだった。


 いつも難しい顔をして何を考えているのか分からない……と思われつつ、トトに作ってもらいたい晩御飯のことしか考えていなかったりするのを、相棒の俺は知っていた。 


  トトの料理は確かに抜群に美味い。俺も胃袋を掴まれたのは事実だ。

 だが、ジルフォードは胃袋以上に、魂ごと色々掴まれていそうだ。死線を共にしてきた相棒から見ても、あいつ、このベッドから引き剥がされたらワンワン泣くんじゃないか?


 「はぁ、これで良く『エレノア様だけだ』……とか言えるよな。まじ、『猫に恋してない』って、どの口が言うんだよ」


  心底呆れたため息をついた。


 団長にいつもこき使われ、俺にはそんな可愛い相棒なんて一人もいないのに、特等席で幸せそうに寝やがって。


  よし、俺は決意した。


 近衛騎士団で鍛え上げた最高の活と発声で、爆睡する団長と、今も地獄の轟音を出し続けるトトを盛大に叩き起こしてやる!!


 「近衛騎士団長ジルフォード・アイゼン!!! 地獄の覇者トト・シュタイク! おはようございまーーす!! あさですよーー!!」


  二人は同時に目を見開いて飛び起きた。


 目の前にいる俺の顔を見て、ジルフォードの顔が一瞬で真っ赤になった。おまけに、まだその右手はトトの腰に添えられたままだ。


 「ザッ、ザック先輩っ……!?」


 「……ざっく……うるさい……」


  トトはまだ眠気眼のまま、俺を睨んでいた。さすがだ、この凄絶な状況でも一切の冷静さを失わない。ジルフォードがこの包容力に甘え倒すのもよく分かる。


 「朝っすよ、団長。お仕事の時間でーーす!」

挿絵(By みてみん)

  ニヤリと底意地の悪い嫌な先輩…の笑みを浮かべてやると、我が団長は顔が爆発しそうなのを必死に両手で隠していた。


 その横でトトは、何事もなかったかのように再び布団に潜り込み、丸くなり始めているのだった。


ここまで、読んで頂きありがとうございました。

さいごにザックが入り込んでバレるっていう王道な流れですが、やっぱり王道は好きだな!


応援、ブクマや評価頂けると励みになります。


※画像はAI画像作製ツール使用しています。

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