第八話 強欲猫が欲しい宝石はサファイアだけ。
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今回はトトちゃん視点になっています。
今日の夜の工房は静かだった。
ワタシのハンマーが金床でリズムを奏で、炉の炎がコツコツと優しく唸って音を作り上げていた。
あの腹をボリボリやるデカい男も、唐揚げばかり食べて、綺麗に椎茸だけ残して「トトの分だ」とふざける男もいなかった。
炎が大きく揺らめいた。あまりの熱さに目を瞑る。
汗が全身から吹き出した。腕でガシガシと拭った。
顔は煤だらけになり、顔の火傷は治らない傷跡になっていた。
「ジルは今頃、念願のエレノア様に会えたかな」
公爵令嬢のエレノアより装飾品の依頼が来たときは、何とも不思議な縁を感じた。
ジルフォードが追いかけて追いかけて、辛さで負けそうになっても、それでもまた走り出して、騎士団長まで登りつめた。
あの執着と根性だけは頭が下がる。
騎士団長になったとジルフォードがワタシに嬉しそうに報告してきたときは驚いた。
あの澄んだ碧の瞳をこれでもかと細め、ワタシがいつも「無くしてやる!」と言っていた眉間のシワを勝手に手放しやがった。
あのとき、頬を赤く染めていたのは、きっと工房の熱さのせいだ。
そうやってエレノア様が、ジルフォードの生きる世界に入り込んでくるのだった。
その、ジルフォードの愛しのエレノア様からの依頼だった。
彼女の瞳のルビーのピアスを作製してほしいとのことだった。
ワタシは「サファイアでしか作れない」と突っぱねてやった。
エレノアのメイドは困惑していたが、「無理ならこの依頼はなしだ」と言い切った。
ワタシは装飾品加工の職人ではない。
ワタシは鉄を打ち、ジルフォードの武具を作る鍛冶工だ。
エレノアの瞳の色なんて、ワタシの工房にも、ワタシの日常にも必要ない。
だから、ワタシが使う宝石はサファイアじゃなきゃダメだったんだ。
結局、エレノアはワタシの不躾な態度も受け入れ、サファイアのピアスを再度依頼してきた。
ジルフォードもだが、容赦なくエレノアもワタシのテリトリーに入ってくるやつだと思った。無性に癇に障った。
そうか、それならワタシも応えてやるだけだ。
最高の仕事をしてやろう。
ワタシのサファイアをエレノアの耳元に飾ることで、エレノアをワタシのテリトリーに入れないようにすれば良いだけだ。
ワタシの世界を奪うやつのことなんか知りたくもなかった。
あの碧――サファイアは、ワタシの生活の一部なのだから。
◇
ジルフォードがカフスの色に琥珀の色を指摘したときは、すでにエレノアに依頼品を納品していた後だった。
だから、「エレノアのルビーや自身の瞳の色にすれば」と言ってみた。
どうせ、琥珀色をジルフォードは選ぶと思っていた。
案の定、その通りだった。
エレノアとの恋愛はどうでもいいが、ワタシのテリトリーを犯すやつは容赦しない。
ワタシはまた鉄の音を再開させた。
その時、ドタドタと靴の鳴る音がして、工房のドアが開かれた。
たちまち工房が騒がしくなる。
「トトちゃん!」
騎士団の正装を着ているジルフォードの襟首は緩められ、額から後頭部まで乱れ一つなく整えていた前髪は、工房を入る直前に自分で適当に崩したのだろう、額に無造作に流されていた。
ワタシはジルフォードを一瞥だけして、すぐに鉄を打ち続けた。
「……お、おかえり。エレノア様に会えた?」
鉄から視線は外さなかった。小気味いい音を立て続けた。
ジルフォードはズンズン近寄ってきた。
「トトちゃん! ……どういうことだよ! エレノア様のピアス! あれ……トトちゃんが作ったやつだろ!」
「装飾品もうまいだろ。ワタシの腕は一流だからね」
鉄の音が響き続けていた。
「ちがう……そうじゃなくて……公爵令嬢の依頼にケチつけるなんて……下手したら不敬罪になるんだぞ……どうして、サファイアにこだわったんだ……?」
ジルフォードの声が小さくなり、最後の方はあまり聞きとれなかった。
背中からジルフォードのため息が聞こえた。
「トト……」
今の名で呼んでくる。
昔は『トトちゃん』と呼んでくれていたが、大人になり『トトちゃん』は騎士団として恥ずかしいそうだ。
焦っているときはよく『トトちゃん』って呼んでくるくせに、と内心で毒づいた。
「危険を冒してまで、私とエレノア様のこと、応援してくれたのか?」
ジルフォードが鉄を打つワタシを上から覗き込んできた。
彼の碧眼が揺れて、工房の炎の色が混ざる。
「ジル……あのさ、おまえ、自意識過剰だな」
「な!」
「エレノア様から依頼きたときは、手元にサファイアしかなかったんだ。いちいち装飾品のためだけにルビーを準備してやる気はなかったんだよ。でも喜んでたでしょ?」
ワタシが作ったんだからな、最高の仕事をしてやった。
「おまえのカフスを作った時はエレノア様の依頼のこともあったから、ちょうど琥珀やルビーも仕入れてたってだけ」
ワタシはジルフォードを見上げて答えた。ハンマーを作業台に置いた。
「……」
ジルフォードは黙ってワタシの目を見ていた。半信半疑なのかもしれない。
ワタシは嘘は言っていない。
エレノアからの依頼の時、ワタシが使いたい宝石は、サファイアしかなかったのだ。
「本当に?」
「当たり前だよ。ワタシは鉄のトトちゃんだぞ」
「……わかった」
それ以上、ジルフォードは聞いてこなかった。
けど、「二度と公爵令嬢からの依頼に文句は言うな」と釘を刺された。
ワタシはひとつ息を吐き、話を切り替えるように鍋に火をかけた。
「それより、パーティで飯食べられたか? ワタシは今から食べるんだ。ジルは食べる?」
ジルフォードの瞳が瞬いた。そこに冷徹な騎士団長の姿はなかった。
「え、いいの? 食べるよ!」
「唐揚げはないからね」
ゆっくり立ち上がり、キッチンへと向かった。
ジルフォードは騎士団の正装を脱ぎ始め、作業場の奥にある自分のスペースに行った。
帰れというのに勝手に作業場の簡易ベッドを自分のベッドにして、周りにたくさん私物を置き、今や立派なジルの部屋になっていた。
ベッドの上に豪快に正装の服を脱ぎ捨て、ブローチとカフスは大事そうに、棚の引き出しにしまっていた。
スラックスとシャツに着替え、腹をボリボリして欠伸をしていた。
「ねむ……」
ジルが腹の次は頭をかいた。
「寄宿舎に帰れよ。いつまで、居座るんだ」
「はいはい……また今度。トト、それよりお酒ある?」
「まったく、飲めなかったんだろ」と言いながらキッチンからお酒を持ってきて、作っておいた料理をテーブルに並べてやった。
「一緒に飲もう。たくさん、話したいことがあるんだ!」
ジルフォードの眉間のシワは消えていた。
一応、エレノアのピアスの件は納得したようだ。少し胸を撫で下ろした。
ジルは隣の席をポンポンと叩いて座るよう促してきた。嬉しそうにニコニコしている。
それは誰を思っての笑みなんだろう。
あの輝くルビーより、工房の紅の方が温かいだろう、ジルフォード。
ーーまあいい。食事が美味い。それは真実なのだから。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
ジルが頭ごっちゃごっちゃしてる間にトトは職人らしく、強くて独占欲むき出しなんだなと思います。少しの自信と不安さがトトにあるのかなー。
※画像はAI画像作製ツール使用しています。




