第七話 碧のピアスの先にある琥珀の瞳の大事な…やつ
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今回はジルが、王宮のパーテイで、エレノア様とダンスを踊ります。
王宮の広間は煌めくシャンデリアが光を放ち、彩り豊かな宮廷料理が並んでいた。
甘美な花や香水の匂い、重厚な音楽が流れ、貴婦人たちの華やかな装いが、広間の豪華絢爛さをより際立たせていた。
私は着慣れない騎士団の正装を着用していた。
紺の礼服に、私の碧眼と同じ澄んだ碧のマント。
細身の身体に合わせた正装の袖には、近衛騎士団長であることを示す金糸で刺繍された白い腕章が巻かれていた。
ダークレッドの髪は整髪料で額から後頭部へとタイトに流され、冷徹な印象を与えていた。
白い手袋は、手について取れない煤汚れを隠すために着用した。
唯一、この正装でこだわったのが、マントを留めるブローチと手首にある琥珀のカフスだった。
どちらも温かみのある琥珀色で、ブローチの裏側にトトにお願いして猫の刻印を入れてもらった。
さすがにあのボロボロになってきた猫のお守りをパーティに持参することもできなかったので、ならばとお守り代わりにブローチに猫の刻印、カフスは琥珀色にしたのだ。
これを作ってもらう時、トトには、
「おまえ、猫に頼りすぎじゃないか? カフスはエレノア様の瞳のルビーにしたら?」
と言われたが、私は首をかしげて少し悩み、
「エレノア様の瞳と同じカフスなど……失礼極まりない……!」
と返すと、
「じゃあおまえの瞳の碧にしろ」
と言われた。
「トトが、『私のことを見張ってる』って言ったんだろう!」
と大昔の約束を持ち出すと、トトは呆れたようで、「わかったよ」と呟き、ブローチとカフスを作ってくれた。
慣れない場所に慣れない服装に、私の眉間のシワの数はいつもより多くなっていたが、時折手首のカフスを見たり、ブローチの裏側にある刻印の感覚を感じながら気持ちを落ち着かせ、貴族たちに挨拶をしたり、他愛もない話をしていた。
頭の中はエレノア様にご挨拶したらさっさと帰ってトトの飯が食べたいし、堅苦しい服は全て脱いで腹をボリボリ掻きながらダラダラしたいと考えていた。
エレノア様に思い焦がれて、ようやく辿り着いた場所なのに、詰まった襟首が苦しくて仕方がなかった。
◇
「団長! あっちにエレノア様いらっしゃいますよ! ほら、いきましょいきましょ!」
副団長のザックは宮廷料理を貪る手を止め、私の腕を引いてエレノア様の元へ急いだ。
「ザック……! 待て……!」
私からは無意識にトトの刻印を握ろうとしていた。
「ほらほら、トトのお守りに頼ってばかりじゃだめですよ! 頑張れ団長!」
エレノア様の前にポンと押し出された私。
心の準備が出来ないままで、エレノア様の前で顔を真っ赤にした。息が苦しくなった。
紅玉の美しい瞳が私を映し出した。
「あら、アイゼン卿ではないですか。さきほどもご挨拶しましたが、このたびは騎士団団長就任、大変おめでとうございます」
エレノア様は碧のピアスとドレスを着ていた。
金色の髪は碧のドレスの上で絹の刺繍のように美しく輝いていた。
細くて折れそうな腰から広がるスカートは、エレノア様が動くたびにヒラヒラフワリと甘い匂いを運んできた。
エレノア様はドレスの裾を持ち、優雅に挨拶した。
その碧のピアスとドレスは、私と同じ瞳の色だった。
その事実に戸惑いながらも、私も一礼した。
「ありがとうございます。エレノア様」
光がまぶしくて、目を合わせられない。
また深々と礼をして、広間の床を見つめた。背後でザックが背中をツンツンしていた。
(やめてください、先輩……!)
「あの、良ければ一曲ご一緒に踊る権利を私に与えてくださいませんか!?」
私の顔はゆでタコ状態だった。
差し出した手から滝のように汗が流れてきた。手袋が湿っていないか心配になった。
エレノア様はきょとんとしていたが、フワリと優しく、ほんのり頬を赤めて微笑み、
「喜んで」
と私の手を取った。
小さく細くて、握りしめたら折れそうな美しい手。
煤まみれの自分の手とも、同じくいつも煤にまみれているトトの手とも違う、守らなければいけない主君の愛しい手だった。
この手の力加減一つで彼女を傷つけてしまうのではないかと思ってしまった。
私は優しく握り返して、エレノア様の手を引きホールの中央に彼女を連れた。
音楽が変わり、手と手、身体が自然と近くなった。ゆっくりと私達は踊り出した。
私がエレノア様の腰に触れない程度に手を添えた。目は合わせられない。
心臓の音が胸から飛び出してエレノア様に聴かれてはいないか不安になった。
エレノア様はクスクス笑っていた。
私の武骨な手の上にエレノア様の手が添えられていて、それだけで私は今までの死ぬような地獄の日々を思い出し、報われた気持ちになっていた。
エレノア様の顔は見られないので、彼女とつないでいる手に視線を落とした。
そこに、私の手首からみえる琥珀色のカフスがシャンデリアの光に反射してキラリと輝いた。
――ズキン。
高鳴っていた気持ちが一瞬止まった気がした。私の眉のシワが増えた。
「素敵な琥珀のカフスですね」
エレノア様の美しい声が聞こえた。
私の心に小さな闇が生まれ、グルグルと黒い澱のようなものが腹の中を蠢いていた。
「………はい。ありがとうございます……」
それだけ返事をするのが精一杯だった。
本当は、これはトトが私を見張るために作った色だなんて、死んでも言えなかった。
◇
ダンスを終えてからも、途中からあまり記憶が定かではなかった。
エレノア様に気づかれないように静かに息を整え、仮面を幾重にもかぶり直し、心臓にも鎧を身につけ防御した。
ブローチに手をやろうとして、ピタリと動きを止め、その手は空を彷徨った。口元に力を込めた。
「アイゼン卿」
エレノア様の声で現実に戻った。
「……っ、申し訳ありません。このような場に慣れておらず、困惑していました」
私は頭を下げた。工房の炎を思い出す赤い瞳が、こちらを見つめていた。
「いえ、楽しかったですわ。ありがとうございます。ところで………」
と、彼女の細い指が私の手元を指さした。
「え?」
「その、琥珀のカフス。もしかして、シュタイク様の作品ですか?」
エレノア様の口から出たトトの名に驚き、目を見開いた。
なぜ、彼女がただの鍛冶工で、しかも武具ばかり作っているトト・シュタイクの名を知っているのだろう。
確かにトトは有名な鍛冶工であるが、それは騎士団や兵士の間の話であり、令嬢から出る名ではない。
「……彼女をご存知なんですか?」
私は無意識にカフスを隠した。ダンスのときに生まれた黒い澱がまた動き出した。
「ええ。この碧のサファイアのピアスはシュタイク様にお願いをして作って頂いたのです。彼女は確かに武具しか作られませんが、剣の柄の装飾や鎧の輝きに私が一目惚れしまして、お願いしたのです。本当は私の瞳の色のルビーでお願いしたのですが、『サファイアでしか作れない』とおっしゃられたので……」
エレノア様は言葉を続けた。
「傷のないサファイアはとても澄んだ碧色で、真っ直ぐ迷いなく進んでいける強さをもっている気がして、とても気に入っているんです。だから、今日のドレスもこのピアスに合わせて碧にしたのです。シュタイク様とお知り合いなら、ぜひお礼をお伝えください」
エレノア様は本当にそのピアスを気に入っているようで、年相応の令嬢らしく嬉しそうに笑っていた。
「琥珀も使われるのですね、素敵です」
と私の手元を見つめる彼女の前で、私の心は激しくかき乱されていた。
……意味がわからない。
トトが、公爵令嬢の注文にケチをつけてまで「サファイアしか使わない」と言い放った。
トトは鉄か武具にしか興味がないはずの奴だった。
宝石を使った装飾品なんて、彼女にとってはただの退屈な気まぐれの趣味でしかないはずだった。
相手は天下の公爵令嬢だ。注文を突っぱねるなんて、下手したら不敬罪で首が飛びかねない。
そこまでして、私の恋を応援してくれようとしたのか……?
いや、あり得ない。
朝だって、私が緊張しているのを見て膝を叩いて大爆笑していた。
普段のトトの態度からしても、私のエレノア様への思いなんて、少しも興味がなさそうだった。
応援でもない、ただの趣味。なら、なぜだ。
なぜ彼女は、そんな命がけのリスクを冒してまで、公爵令嬢の耳元に、私と同じ「碧」を飾ることに執着したんだ。
分からない。彼女の真意が全く見えなかった。
見えないのに、鎧をつけたはずの心臓に、柔らかくて逃げられない矢が真っ直ぐに突き刺さり、ジワジワと侵食されていった。
「シュタイク様は、アイゼン卿のご友人なのですか? それとも、サファイア以外の宝石を特別に使われているほど、親しい方なのですか?」
「……いえ、その、……トトは……」
首を傾げるエレノア様の前で、私はそれ以上の言葉が出なかった。
「トトは……大事なやつ……です……」
エレノア様は何かを察したのか、それ以上は聞かず、「そうですか」と言い、一礼して去っていった。
◇
私は広間から逃げるように大理石の廊下へと出た。
「団長! どうしたんですか?」
ザック先輩が声をかけてきたが、私は無視してズカズカと進んだ。
パーティの華やかな喧騒が、背後から遠ざかっていった。
「ジルフォード! エレノア様と何かあったのか?」
ザック先輩に腕を掴まれ、ようやく止まった。
「………ザック先輩」
「なんだよ、後輩」
碧い瞳が潤んでいて、今の私はきっと部下たちから恐れられている騎士団長には見えないはずだった。
「エレノア様のピアス……トトが作ったものでした。サファイアの……私と同じ瞳の色だった。サファイアしか使わないって、相手は、公爵令嬢なのに……下手したら、不敬罪になるのに……!」
「トトが……?」
ザック先輩がつぶやいた。トトとの付き合いは私より長いし、トトを紹介してくれたのはザック先輩だった。
「へぇー」
先輩は、ニヤついた。
「なんで先輩が、笑うんですか!?」
と眉のシワを増やす私を見つめ、先輩はまるでキャンキャン吠える犬を見るかのような目を向けた。
「おい、ワンコロ、自分はエレノア様のために頑張ってるつもりだろうけど、結局そのピアスの碧を見て悦に入ってるのはトトじゃないのかよ」
「……!」
「おまえは、ずっと昔から悩んでるよな。難しく考えすぎんだよ。団長のくせに」
馬鹿だろと一蹴され、副団長のザック先輩に背中をバシン! と叩かれていた。
猫背の背中が少しだけ、真っ直ぐになった。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
ジルの葛藤、エレノアやトト、ジルのそれぞれの瞳の色を意識して書きました。
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※画像はAI画像作製使用しています。




