第十話 無色の世界、君の声が刺した剣。
お越しきありがとうございます。
甘々から一気にシリアス展開になっていきます。
「くそ……」
あれから、王宮騎士団長執務室までザックと来たが、この男はさっきからずっとニヤニヤニヤニヤしていて腹が立った。
私が自分の席に着き、ため息をつくと、ザックも隣の副団長席に着く。私と目が合い、ぶふーって吹き出していた。私のまだ赤くなっている耳たぶを指さして、
「団長……一体二人で、あのせまーーいベッドで何してたんすかぁ?」
ここぞとばかりに冷やかしてきた。昔からこうだった。
トトと二人で市場に買い物に行って大量に荷物を持っていたのを発見されたときや、風呂上がりのトトの髪をタオルで拭いてやっていたときに急ぎの報告書だと言って、工房にわざと気配を消して突撃してきたりと、このお調子者は一度痛い目をみないと分からないだろう。散々、冷やかされ、いじられ、そのたびに動揺してしまう私も私だが。トトはなぜ、いつも堂々としていられるのか、不思議だった。さすが、地獄の覇者だ。
「……ザック、そんなに仕事がしたいか。よし、したいのなら与えてやろう。」
私は彼に書類の要塞をプレゼントしてやった。目の前にそびえ立つ山を見上げ、彼は顔を青くして、引きつった笑みを浮かべた。
「え、団長! 冗談ですよ!」
「気にするな。明日までに仕上げておけ」
「えぇ~鬼! エレノア様に言いつけちゃうぞ!」
「やれるもんならやってみろ。そんなことをしたら、おまえは明日からクーデル様の諜報部隊に回すぞ」
クーデル様は最年少宰相であり、私の上司だ。冷酷無比で、仕事環境は騎士団である私の元より地獄だという噂だ。
「ひぃーそれだけは勘弁! わかりましたよぉーー」
「ふん、分かれば良い」
「……トトのこと、あーんなに、幸せそうに抱きしめてたくせに」
ボソッとつぶやくザックに私は眉をしかめて、死神の冷ややかな睨みをぶつけてやった。
そして、ようやく彼の減らず口が止まったのだ。
私も席に着き直し、机に置いてあるトト特製、木彫りの猫の頭を一撫でした。尖った耳が私の落ちない煤汚れの手を優しく触れた。木彫りの猫の顎のあたりをころころ撫でて遊んでいたら、朝、私が工房を出るまで布団に丸まって寝ていた猫を思い出した。
僅かに口元がゆるみ、慌てて騎士団長の仮面をかぶり直したが、目ざとく見ていたザックに、
「顔ゆるみすぎだぞ、ジルルン」
と、トトが、私をおちょくってくる時の愛称で呼んできた。
「……もう、頼むから先輩は仕事をしてください」
私は書類を盾にして、自分の蕩けた顔を必死に隠した。
◇
あれから、驚くほど平和な日常が続いた。
今思えば、あの平和な日常に完全に腑抜けていた。
城へ行けばエレノア様のお姿を拝見することができ、運が良ければ会話を交わすこともできた。
仕事が終わればトトが晩御飯を作って待っていてくれた。
トトの鉄の音を聞きながら過ごす夜は、どこまでも穏やかだった。
今日もそんな平和だが、忙しい一日が始まると思っていた。
トトが入れてくれたコーヒーを啜り、マーマレードをこんもり塗ったトーストを頬張っていると、副団長のザックが慌ただしく工房のドアを開けた。
「団長!!! いらっしゃいますか!?」
いつも余裕ぶって私に悪態をついてくる彼ではなく、顔は脂汗まみれで幽霊でも見たかのような表情をしている。肩を大きく上下させ、息を整えていた。
「……ザック、報告しろ」
私はトーストを一気に口に押し込み、コーヒーで流し込んで、すぐに『近衛騎士団長』の仮面をかぶった。ザックの慌てぶりからすると、かなりの緊急案件なのだろう。
「はっ! ……国境の辺境地区で、反乱軍と思われる族が兵を集めて占拠しています。辺境地区周辺の街は反乱軍によって壊滅状態。住人達の生存は不明。あと……」
私はザックの報告を聞きながら、出発の準備をした。隣で聞いていたトトが、手際よく整備したての剣や鎧を持ってきてくれ、装着の手伝いをしてくれた。
「あと、なんだ?」
私は剣をトトの刻印入りの剣帯に差し込んだ。
ザックは、なかなか言葉を発しない。私は眉間のシワを一つ増やした。
「答えろ。副団長」
私は低く唸るような声を出し、ザックを威圧し睨みつけた。並の騎士ならそれだけで震えだす気迫。ザックは意を決したように私に視線を合わせて口を開いた。
「………公爵令嬢のエレノア様、他、貴族の人間たちが多数人質にとられています。昨日の王都での祭りに紛れて誘拐された模様。監禁場所、人数、反乱軍の首謀者、現段階ではすべて不明です。馬は用意しています。すぐに城へ!」
ザックが叫んだ。
――は?
エレノア様が……人質?
監禁……だと?
私の手が止まる。息も止まる。
吸った息が吐き出せず、変な音が喉から漏れた。
ダークレッドの前髪が一束ハラリと垂れる。
心臓のリズムが崩れ始め、世界が無色になっていった。
ーーそのとき、
「ジル!」
その声は鋭く尖った剣先のように真っ直ぐと胸に刺さり、瞬間、無色の世界がガラスのように割れ、私の世界は色を取り戻した。
心臓はまだ強く脈打っていた。頭に血が巡り始め、拳に力が入った。
「……大丈夫だ。……ありがとう」
トトに向かって少しだけ笑った。
トトは琥珀の瞳を瞬かせた。鉄を打つときの強い琥珀の色だ。それだけで心に力が湧いてきた。
「トト、辺境地区でのこととはいえ、城下町もいつ危険になるかわからない。戸締りと用心はしっかりしておけ」
私はザックに目配せをし、彼は大きく頷き工房のドアを急いで開けた。
私は懐にある猫のお守りを握りしめた。外に出ようとしたが、
「まって!」
と、トトが私の腕を引き止めた。
トトがパタパタと工房の奥に行き、引き出しから何かを持ってきたと思ったら、急に私の手をきつく握ってきた。
「……! ト、トトちゃん」
こんな緊迫してるときに何で、と私が耳を赤くしていると、ザックが眉をしかめている。
「何、こんなときにいちゃついてんすか」
「ちがっ……! トトちゃん!」
「何遊んでんだ。これ、持って行って」
トトに言われて手の中を見ると、琥珀のカフスだった。トトは私の懐から猫のお守りを取り出し、カフスを器用にお守りと一緒に紐に通してくれた。
「トト……」
「無理するなよ」
そう言って私の胸元をコツンと叩き、私の目を真っ直ぐ見て笑った。
私は猫のお守りと琥珀のカフスを懐に入れなおした。
「いってくる」
開かれた工房のドアから光が射しこんでいた。
――絶対にエレノア様は取り戻す。
心に強く誓い、私は工房を出た。
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ここまで、お読み頂きありがとうございました!
次回は新キャラが出ます!
また、お楽しみ下さい。
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