第十一話 瓦礫の少年の勇気、宰相の指令。
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エレノア様が、誘拐されました。
新キャラが出てきます。
工房を転がるように飛び出し、ザックとともに馬で王宮に駆けつけた。
王宮の門をくぐると、その内部は想像以上に混乱し、騒然としていた。部下に愛馬を託し、陛下や官僚たちが集まる会議場に向かって、白亜の廊下を、白銀の鎧を鳴らしながら疾走した。
「遅れて申し訳ございません! 近衛騎士団長、ジルフォード・アイゼン、ただいま戻りました!」
重厚な会議場のドアを開けると、そこはさながら修羅場であった。
「おまえたちは一体何をしていたのだ!」
国王陛下は官僚や大臣たちに向けて、顔を真っ赤にして憤怒していた。大理石の円卓を何度も叩き、資料を官僚たちに投げつけながら怒鳴り散らしている。
「しかし、陛下! 恐れながら、今回の反乱はあまりに急で、予期できるものではございませんでした……!」
官僚の一人が弁明するも、陛下は聞く耳を持たない。そして、その矛先は遅れてやって来た私に向かった。
「そ、そもそも、騎士団長! おまえたち騎士団がエレノア公爵令嬢の警備を怠ったからこんな事態になるのだ! この責任、どう取るつもりかね!」
官僚の一人が、ここぞとばかりに叫んだ。自分たちに泥がかからないよう、前線の我々に全て責任を擦り付ける。
昔からそうだった。
戦勝の手柄は官僚のもの、敗戦の責は騎士団のもの。この糞ったれな構造が、私は嫌で嫌で仕方なかった。
エレノア様という光がなければ、騎士団長などという損な役割はしたくもなかった。
「この無能が!」
私は頭を深く下げた。
「申し訳ございません。全ては私の不徳の致すところ。エレノア様を無事救出した暁には、いかなる処分でも甘んじてお受けいたします」
私は唇を噛んだ。トトが入れてくれたコーヒーが、今頃になって胃から逆流してきそうで吐き気がする。手袋の中で、彼女が琥珀のカフスをつけてくれた猫のお守りを握りしめ、込み上げる感情を必死に鎮める。
そのとき、
「――そのくらいでよろしいですか?」
低く威圧するような、しかし驚くほど芯のある声が響き、場が一瞬で静まり返った。
「……クーデル宰相」
声を放ったのは、私と同年齢で最年少宰相になった女性――イリ・クーデル宰相だった。天才的な頭脳と戦略の鬼だ。彼女はその知能だけで宰相まで駆け上がり、いまや陛下も完全に依存している。実質、この国の舵取り役だ。
「陛下、今はこんな不毛な言い合いは無駄です。責任を押し付け合ったところで、エレノア様や他の貴族たちが解放されるわけではありません。……アイゼン卿、ただちに貴様が持っている情報を私に渡せ」
「御意!」
この腐り切った王宮で、クーデル様のような家柄ではなく能力だけでのし上がってきた人間は強い。
私は王宮に到着する道すがら、隠密行動が得意な副団長ザックから得た情報を、クーデル様に簡潔に報告した。
クーデル様は私からの報告、そして現場からの凶報、王宮や貴族たちの思惑を頭の中で整理し、パズルのように組み合わせた。その脳内には、瞬時にいくつもの戦略が巡らされているようだった。
「……くそ」
低く、うなる。クーデル様の燃えている琥珀の瞳の強さに、私は煤まみれの戦友を思い出した。
団長就任の夜会のときに、クーデル様に声をかけられ、「トトを知っているか?」と聞かれたときは心臓が止まりそうだった。
詳しく話を聞くと、イリ・クーデル様とトトはいとこ同士なのだという。それを聞いて妙に納得した。
あぁ、だから剣先のように射すくめてくる強い琥珀の瞳も、自分の道を決めたら真っ直ぐ突き進む傲慢さも似ているのだ。
「……おおよその構図は把握した。物的証拠が揃い次第、具体的な戦略は追って伝える。おい、そこの官僚共。貴様らが出せる限りの物資と兵力を吐き出せ。アイゼン卿、貴様たち騎士団は兵を整え次第、すぐに辺境地区に向かえ」
官僚たちが次々と「そんなことを言われても……」や「うちの省の予算ではこれ以上は出せない……」と青い顔を強張らせてブツブツ呟いていたが、クーデル様が力強く、円卓を叩き割らんばかりの大声で叫んだ。
「……エレノア嬢がどれだけ国や国民に尽くしてくれたか、貴様らも分かっているだろう! エレノア嬢は私の友人でもある。必ず救い出せ!!」
会議場の中の空気が一気に氷のような威圧感で静まり、官僚たちは完全に声を失った。
私は冷酷冷徹な騎士団長の仮面をかぶりながらも、胸の内ではトトによく似た若き宰相に拍手喝采を送っていた。
(最高! クーデル様! よく言った! さすがトトのいとこ!)
エレノア様への思いを胸に強く拳を握りしめた。息を整える間もなく会議場から飛び出すと、私は兵を率いて血煙の上がる辺境地区へと向かった。
◇
「ひどいな……」
副団長のザックが呟く。私たち騎士団は馬を走らせ、辺境地区の街……だった場所に辿り着いた。
街は壊滅状態だった。まさに瓦礫の山。要塞のようになり、所々でまだ消えていない煙が上っており、焦げ臭い焼ける匂いの中に血生臭さが混じっていて、思わず鼻を押さえた。
この辺境地区のどこかに反乱軍たちが潜伏し、エレノア様や貴族たちが監禁されている場所があるはずだ。だが、反乱軍たちの気配はすでになかった。もう、立ち去ってしまった後なのだろう。
「団長。とにかく今は生存者を探しましょう」
ザックに言われ、私も頷いた。
「いいか、今から生存者の捜索を開始する。会話ができる者がいれば状況を把握したい。報告してくれ」
団員たちに伝え、私も生存者の捜索を始めた。黒ずんだ木材や、壁であったろう石の破片、どこかの店の焼けた看板など、ここにも確かに温かな生活や日常があったはずだ。私にとってのトトの工房のように。眉間のシワが増えていく。
もし、この戦火にトトが巻き込まれていたらと、最悪な想像をしてしまい頭を振った。騎士団長として、心を強くあらねばならない。しかし、もし、もしも、エレノア様を救えてもトトを失ったら……私はどうなるのだろうか。私の心臓を守っている猫のお守りを、鎧の上から握りしめる。
先ほどから生存者を探しているが、見つかるのは焦げて判別が付かない遺体や、瓦礫の下敷きになった無残な姿ばかりだった。そんなものばかりを見ていると、心がどんどん闇に沈んでいく。瓦礫の山が地獄と化す。
――あぁ、トトの飯が食べたい。
「団長!」
ザックが話しかけてきた。彼の声で、私は一瞬にして剥がれ落ちそうになっていた騎士団長の仮面を付け直した。
「どうした?」
返事をすると、ザックが一人の子どもを連れてきた。どうやら生存者のようだ。一人でも生存者がいたことに、少しばかり救われる。怖かっただろう。一人でよく耐えた。私は子どもの頭を撫で、目線を合わせるように膝をついた。
「……君、名前は?」
「……レオン」
小さな、蚊の鳴くような声で、レオンという名の少年が呟く。
「レオン……いい名前だな。怖かっただろう。もう大丈夫だ」
レオンの瞳にたちまち涙が溢れてくる。よく見ると、腕や足に無数の傷がある。胸が痛くなる。戦争なんて、こんな子どもには何の関係もないのだ。一方的に幸せを奪い去っていく怪物でしかない。
「レオン。この街で何があったか話せるか? 綺麗な女の人を見なかったかい?」
レオンはガシガシと小さな腕で涙を拭き、私の目を真っ直ぐに見つめた。その強い瞳に、思わず騎士団長の私が気圧され、唾を飲み込んだ。
(あぁ、この子は強くなる……次の時代を作る者だ……)
直感的にそう察した。
「団長さん……僕、見たんだ。たくさん、兵隊みたいなやつらが来て、街をめちゃくちゃにしていったんだ。団長さんの言う綺麗な女の人かは分からないけど、耳に青い飾りがついてた女の人がいた」
エレノア様だ。私は姿勢を正し、レオンの腕をつかんだ。
「そ、その方だ! それで、その兵隊たちと女の人はどうした!?」
「……女の人はずっと泣いていたよ。『お願いだから街を壊さないで』って、『街の人を傷つけないで』って……それでも、兵隊たちは誰も止めなかった。むしろニヤニヤ笑って……僕、何も……できなかった」
レオンの瞳からポツンと一粒の涙がこぼれると、あとは滝のように溢れてきた。レオンの隣にいたザックが彼を抱きしめた。ザックは耐えきれずに泣いていた。レオンの頭を何度も何度も撫でていた。
「……団長さん、兵隊たちは、北に行くって言ってた。どこかは分からないけど……」
レオンがザックの胸元から顔を出し、私に伝えてくれた。レオンが命がけで得た情報だ。これほど有難いものはない。
私は立ち上がり、騎士団の礼をした。
「レオン殿! このたびのご協力、心から感謝する! ……ありがとう!」
騎士団長など関係ない。ただただ、この強くて優しい少年に礼を言いたかった。
私たちは少年を部下に託し、クーデル様にレオンの証言を早馬で伝えさせた。
返信は、驚くべき速さで戻ってきた。
『情報は受け取った。少年の証言、およびエレノア嬢が「サファイアのピアス」を身につけていたという事実から、敵の本当の狙いは、明白だ。聖遺物であるサファイアを身につけた公爵令嬢であるエレノア嬢を聖女として祭り上げる。それにより、民を扇動し領地の強奪し、王都の兵力を分散させることが奴らの真の目的だ。
無能な官僚どもから、北の防衛線に回せるだけの増援や物資はすでに搾りに搾り取ってやった。アイゼン卿、貴様は裏から敵の逃げ道を完璧に焼き尽くせ。エレノア嬢の身に傷一つつけるな。阻むものはすべて貴様の剣で首を落とせ――クーデル』
「……相変わらず、かっこいいな、あの宰相は。」
ザックが手紙を覗き見ながら、呆れたように、しかし深く信頼を寄せた笑みを浮かべた。
「あぁ、本当に。」
私は小さく息を吐き、手紙を見つめ拳を握った。
小さな断片的な情報から敵の本当の狙いを導きだし、王宮の官僚共からありったけの戦力を引ったくる。その圧倒的な速度と豪快さに、鳥肌が立つと同時に、笑みが微かに浮かぶ。
あの時、散々騎士団長の私のせいだと罵ったやつらの悲惨な顔を思い浮かべ鼻を鳴らした。
クーデル様の作戦なら、北で敵の退路を断ち、エレノア様を挟み撃ちにして救い出す勝算は十分に立つはずだ。
「行くぞ、ザック。クーデル様がこんな舞台を用意してくれたんだ。我々が遅れるわけにはいかない」
「御意、団長」
私たちは兵の準備を整え、馬の手綱も強く握った。
トトのくれたお守りのぬくもりを胸に、私たちは運命の分かれ道となる北の地へと向かって、一陣の碧い風のように駆け抜けた。




