第四話 魂の剣だけは……鉄のトトちゃんの涙
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トトちゃん、激強女子です。
ジルはこの頃からずっとトトの唐揚げが大好きです笑
トトとの出会いから、私の生活は少し色鮮やかになった。
騎士団で自分の私物を隠されたり、貴族の落ちこぼれみたいな奴らに罵られたり、そんな理不尽な目に遭うたび、私はトトちゃんの「お腹が空いたら、またおいで」という言葉と、あの時食べたパンの味を思い出した。
何とか毎日をやり切り、私はトトの料理を――ついでに剣の調整も――食べに行っていた。
トトの料理は本当に美味かった。
騎士団の食堂で食べる料理より、時々ザック先輩がおごってくれる店の料理より、ずっと私の舌を満たしてくれた。特にトトの唐揚げは大好物だった。
◇
今日は騎士団で模擬試合があった。
トトが打ってくれた剣は完璧だった。トトの剣があれば、絶対試合も上手くいく。そんな確固たる自信が湧いていた。
事実、トトの剣を扱うようになってから、私の騎士団での扱いも少しずつ変わってきた。もう、愚痴ばかり言っていた新人ではなかった。
「試合開始!」
試合開始の合図が響いた。
私はトトの言っていたことを反芻していた。
(――力を抜け。身体全体で踏み込むんだ。右手に頼るな)
ギュッと目に力を入れ、トトの鉄の剣を構えた。
試合相手はいつも私をいびってくる男爵家の次男坊だった。猪突猛進に剣を振り上げて走ってきた。訓練を怠っているのがよく分かる腹部は、だらしなく揺れていた。
私は次男坊の懐にすばやく入り込み、剣の柄で思いっきり喉元を突いてやった。この男に、トトの鋭い剣先を使うのはもったいないと判断したのだ。
次男坊は「うぐっ!」と醜い豚のような声を上げて地面に倒れ込んだ。
私は次男坊を冷徹な目で見下ろした。今までの恨みもあった。スッキリしたと言ったら騎士道に反するので、トトの所へ行くまでは沈黙を貫くのが一番だった。
次男坊が私をギリギリと歯ぎしりして睨みつけてきたことには気づいていたが、そんなことはどうでもよかった。今日は唐揚げを作ってもらうことで頭が一杯だったから。
このあと、このクソどもに路地裏に連れ込まれるまでは――。
◇
訓練からの帰り道、ザック先輩との別れ際に、
「ジルフォード、お前、またトトのところに行くのか?」
と、ニヤニヤして聞いてきた。なぜニヤニヤされるのか、私には理解できなかった。
「ザック先輩も来ますか? トトちゃんに唐揚げ作ってもらおうと思ってます。唐揚げ……そうだな……二つ……いや、三つまでなら分けてあげます」
いつもお世話になっているので、と騎士らしく答えた。ザック先輩はゲラゲラ笑っている。
「お前、エレノア様教じゃないのか?」
「エレノア様は宗教じゃありません。守るべき我々の主君です!」
「我々じゃなくて、私の……だろ? ……まぁいい。トトはどうなんだよ?」
「トトちゃんは友達で、私の武具を作ってくれる戦友です!!」
「そう来たかー!」
「あちゃー!」と言ってザック先輩は頭を抱えていた。
「お前さ、トトに依存してるの、わからない?」
ザック先輩が理解できないという顔をしていたが、さっきから思っている通り、理解できないのは私の方だった。
まぁ、胃袋に関しては依存しているのは間違いない。トトちゃんの唐揚げ最高だし。
「はぁー、まぁぼちぼちゆっくり分からせていくか。俺は帰る! お前はトトと友情を深めてこい!」
と手をヒラヒラして帰ってしまった。私は背筋を伸ばし一礼をした。
トトの唐揚げのことと、今日の試合でトトの剣で勝てたこと。たくさん報告したいことがあり、工房への道を急いだ。
◇
それは、路地裏の前に差し掛かった時だった。
暗闇からいきなり、たくさんの数の腕が伸びてきて、私の体を掴み、闇へと引きずり込んだ。
口を手でふさがれ声は出せない。目がようやく闇に慣れてくると、今日試合に負けたあの男爵家の次男坊が、数人仲間を連れて私を囲んでいるのが分かった。
「……よぉ、坊主。今日はやってくれたな」
次男坊が喉元をさすっている。
(き、……貴様……これは騎士道違反だぞ!)
私は叫んだ。が、口を塞がれているため、声にならなかった。
「調子に乗りやがって……いい気になるんじゃねぇ!」
次男坊が私の頬を思いっきり殴ってきた。痛みが顔から全身に走った。頬が腫れ上がり、口から血が流れてきた。
「お前。トト、とかいう女の鍛冶工のところ通ってんだってなぁ……その剣も、その女が打ったやつなんだろ? ずいぶん大事にしてんだな」
厭らしくニヤニヤ笑い、不快感がこみ上げてきた。
「その剣。よこせ!」
「やめろ!」
両腕を押さえつけられ身動きできない状態で、叫んだところで何もできず、次男坊に剣を奪われた。鞘から出し、その剣を汚い舌でベロリと舐めた。
頭から血が噴き出しそうだった。これほど強い殺意をもったのは初めてだった。
「フフン、この剣、折ってもいいか? 嫌だろ?」
私の腫れた頬に、刀身をペタペタとくっつけてきた。額に青筋が浮かんでいた。
しかし、トトの剣を折られる訳にはいかない。自分の身体はどうでもいい。でも、この剣は彼女の魂だ。それだけは絶対に守らなければならない。
私はぐっと黙り込んだ。それを合図に、私はなす術なく、殴られ続けた。腹、胸、足、見えない場所ばかりだった。
「ぐっ、……ぐはっ! ……うっう……」
声にならない声が路地裏に響く。こんな奴らが騎士なのか。こんなくそみたいな奴らに私の、トトの鉄の剣は汚くて使えない。うめき声ばかりもらし、膝をついた。
その時、
「何してんだこの野郎――!!」
叫び声に男たちが一斉に振り向いた。そこにいたのはなかなか工房に来ない私を心配して探していた、トトだった。こちらを驚いたような真っ青な顔で見つめている。
トトの声に一瞬怯む次男坊たち。トトはチャンスとばかりに、路地裏に打ち捨てられていた木箱を次男坊たちの背中に向かって全力で投げつけた。
よろけた隙に、私の頭を抱え込んでいた次男坊の腹に、作業で鍛えたその小柄な体から繰り出される力強いハンマーの一撃を叩き込んだ。
相手がうめき、頭の手が離れると同時に、私の手をつかみ逃げ出した。繋がれたトトの手が汗ばんでいて、全力で私を守ってくれたのが分かった。走りながら押し寄せる後悔に、背筋が凍っていく。
◇
私たちは路地裏から全力で逃げ、工房の入り口の前で息を整えていた。
トトはつないでいた手を振り払って、私に向かって大声で叫んだ。
「お前はなんでやり返さない! あんな卑怯な剣! ワタシは認めない! ……おまえは、なんで……おまえは強いだろ……」
叫んでから、トトの琥珀の瞳に次々と涙があふれてきた。
トトにとって、鉄は生、武具は魂だったからだ。こんな使い方をされるのが屈辱的で悲しくて、一番つらいはずだった。
「……トトちゃん。……ごめん。……ごめん」
私は彼女の頬を、傷ついた血だらけの手でそっと撫でた。彼女を泣かせてしまった。一番泣かせたくない人なのに。自分は何をやっていたのだろう。
騎士団でエレノア様を泥から守ることもできず、騎士でもない友達のトトに守られている。情けなくて、悔しかった。
いつも工房の炉で赤くなっている彼女の頬は、今はとても冷たくなっていた。つり目の猫は眉をよせて、鼻をすすり、口からは嗚咽をもらしていた。瞳から溢れる涙を懸命に拭うが、全く間に合わなかった。
(私は何をやっているんだ……トトちゃんを泣かせたくなんかなかったのに……守りたいのに……)
ぎりり、と奥歯をかみしめた。




