番外編① トトちゃんと護衛という名の旅行
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私は相変わらず、トトの工房二入り浸り、トトの傍で暮らしていた。これは、トトが出張で隣町の職人街へ行き、温泉まんじゅう騒動になる前の話……
「え、マジかよ! ……ってことは、おまえたち……ついに……」
ザックは興奮冷めやらぬ顔で、キンキンに冷えたビールをテーブルの上にドン! と置いた。テーブルの上にあった焼き鳥が何本か皿から転げ落ちた。
「良かったなー! ジルルン!」
「ち、違う! 違う違う! 先輩が思ってるようなヤツじゃない!」
私は顔を真っ赤にさせて両手を振って否定した。ザックは合点がいかない顔をしている。私はまだ、一滴のビールも飲んでいないのにすでに顔はゆで上がっている。
「トトが隣町にある職人街に行ってみたいって前から言っていたんだ。それで、時間ができたから行ってくるって1人で行こうとしてたから……私も溜まった有休消化で、ついていくことにしただけだ」
ザックは膝立ちしていた腰を下ろした。またこれか……と呟いている。ほっとけ。ザックが私が珍しく連休を取っているので、理由を聞いてきたから答えただけだ。
トトは……大事だが、複雑な関係なんだ。私が複雑にしているのは散々ザックに言われて分かっている。けれど、分かっているのと、理解できている、は、また別だ。これもまた、ザックにはめんどくせぇ! って言われるのだろう。
「それで、二人きりの初旅行ってことか。なんだよ、デートだろ! 俺もしたい! レオンと行く! 休みくれ!」
行けばいいだろと言いたいが、先輩にはレオンという養子の子供がいる。頭の良い子で、クーデル様がずっと彼の家庭教師をしていると聞いていた。
「デートではない。これは、ご、護衛だ」
「護衛ねぇ、はぁ……付き合ってねぇって言ってるけど、おまえら何年一緒に住んでるんだよ。もう夫婦みたいなもんじゃないのか?」
ザックは枝豆を口にほりこんでボリボリ噛んだ。
「……そんなんじゃない」
心の蓋にしっかりと再度、鍵を厳重にかけた。
この思いはエレノア様への裏切りになる。
この思いが育たないように。
この思いが溢れないように。
でも、私はトトから離れられないんだ。
あの場所の甘さを知ったらもう、戻れないんだ。
◇
カラカラカラ……
馬車が音を立て、クルクル車輪は回転している。トトは機嫌よく鼻歌をうたっている。私はトトの正面の席に座った。トトのスカートが私の膝に当たる。高鳴る鼓動を抑えるため、窓の外に目をやった。トトの顔を見れないのだ。情けない、これで何が騎士団長か。
出発前に工房でトトが二階の自室から降りてくるのを待っていた。私はトトが選んだ落ちついた芥子色のベストに紺のズボンを着て、靴下はもちろん冷え性対策のトト特製毛糸の猫靴下だ。こんなベストあったんだな、と鏡を見て襟元を軽く直す。髪は今日は団長ではないので、整髪料をつけて固めることはしなかった。
トトトト……階段から彼女の軽やかな足音が聞こえた。
「えっ……」
私は鏡の中に現れたトトの姿に、口を半開きにして黙り込んだ。振り返ると、トトは二ヘラと笑って階段の前で仁王立ちしていた。碧のワンピースを着て。
「………トトちゃん」
煤だらけの作業着と寝間着変わりに私の少年時代のときに使っていた騎士団のシャツ以外の服はほとんど見たことがなかった。
トトの女の子の服。
「どう!? 可愛いでしょ!!」
ふん! と鼻息荒くしているトトのスカートがひらりと揺れる。白い靴下に猫の刺繍が入っていた。
「か、かわ……うん、いいね。」
「でしょー! たまにはこんなのも、着ないとね! よーし、出発ー!」
トトがリュックを背負おうとしたので、慌てて私が持った。工房を出て、しっかり戸締まりをして、私はトトの前を歩いた。
あんなの、卑怯だろ。
可愛いしか言えなくなる。
しかも、私の瞳の色。
「あれ、もしかして……!」
私はベストに目をやった。ベストは落ちついた芥子色……基、琥珀色に近い。
やられた……これはトトの攻撃だ。
トトは直接何かを言うわけでも、行動してくるわけでもない。ただ、時々こうやって私を試している気がする。私の碧眼が泳ぐのを見て、冷ややかな無言の圧力を送ってくるのだ。絶対今、後ろで笑っている。
本当のところ、トトは私をどう思っているのだろうか。ずっと甘えている私からいつか離れてしまうのだろうか。
◇
馬車は進む。琥珀の服を着た私と、碧のワンピースを纏ったトトを乗せて順調に進む。
窓の外ばかり見ていた私にトトが声をかけてきた。いつものトトじゃなくて、緊張してしまう。両肩が固まって上がらない。
「なぁ、ゴホン! ……何だ?」
トトと目は合わせない。
「ジル、お腹すいたね。お弁当作ってきたけと、食べる?」
「え、お弁当あるの!? やった!」
思わず振り返った。首をかしげて笑うワンピース姿のトトが視界いっぱいに入ってくる。思わず、赤くなる。だってさ……可愛いんだよ。仕方ないだろう。しか()も、トトのお弁当だぞ。トトのお弁当は世界一だ。
「くっ……」
「お弁当、唐揚げ入れといたからね」
トトは、はいっと言って、私にお弁当箱を手渡した。温かい……きっと早起きして作ってくれたのだろう。
「……ありがとう」
「早く食べろよ」
いただきます、両手を合わせて弁当箱に挨拶をした。弁当箱の中は私の好きな唐揚げ、玉子焼き、大きなおにぎり、焼きシャケ、色合いも良くてお腹が鳴る。
「トト……」
「何?」
「唐揚げおかわりある?」
「あるわけないでしょ! 私のはあげないからね!」
トトに怒られた。
お弁当を食べ終わり、トトは背伸びしてあくびをしている。お弁当のために早起きしたのだろう。眠くもなるのも仕方ない。琥珀の瞳が潤んでいる。
馬車の窓の隙間から風が入り込み、トトの栗毛の前髪をゆらゆら揺らす。
瞬きするたびにトトのまつ毛が潤んだ瞳のせいでキラキラと光る。
トトの唇からお気に入りの歌が生まれて、反対側の窓から猫のように跳ねて飛んでいく。
碧のワンピースの服から見える取れない煤汚れの爪、細い手首。指がリズムを刻むたびに、私の心もじんわりと熱いもので満たされていく。
あぁ、心地が良いんだな、きっと。
私は背もたれに体を預けた。トトの声は次第な小さくなっていく。
「トト、眠いなら、肩をかしてやるぞ」
「……ん。」
私は自分の肩を指差した。トトはズカズカッと私の隣に座り、ドーンと私の肩に自分の頭を乗せてきた。
可愛い服と、いつもの男らしさ全開のトトのギャップに小さく笑う。
「おやすみぃ…………」
トトの瞼が閉じられた。
私はしばらくトトの顔を覗き込んでいた。
「ぐおおおおー! ぐふぁー! ぐぅぁあ!」
来た! トトの地獄の覇者!
私の緊張が、彼女の轟音で粉々に砕け散り、私も彼女の頭を枕にして、しばらく目を閉じていた。
甘い微睡みの中へ落ちてゆく。
番外編です。
トトとの旅行です。
まだ、トトが職人街へ出張へ行く前で、ジルがまだ、エレノア様への罪悪感を払拭できていなかった時の話ですね。
まだ、番外編つづきます。
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