第二十三話 ただいま、と おかえりの誓い。
お越し頂きありがとうございます
少し泣いたらお腹が空いてきて、私は膝に座っているトトをぎゅうぅぅぅっと抱きしめた。
トトは当然怒り出す。私の胸の中でジタバタ暴れるが、決して離してやらない。
「ジル! ホントにご飯抜きにするよ!」
「いてて、ごめんごめん、ちょっと懐かしい夢を見たんだよ」
トトの頭を撫で、私は彼女を解放して、私の大好物がたくさん並べられているテーブルの席についた。
トトの言う通り、これでもか! というくらい唐揚げが皿に盛られている。ジル汁という変な名前の野菜とお肉ゴロゴロスープも、お皿からあふれそうな勢いだ。
トトは茶碗に白ご飯の山を作り、私に渡した。
「料理のトトちゃんと言われるワタシの晩ごはん、いっぱい食べなさい。お米一粒も落とすんじゃないよ!」
と、笑った。私は大きく頷き、白ご飯に『騎士団長全身全霊の集中』を発動した。
バクバクと口に唐揚げ、ご飯、唐揚げ、ご飯、ジル汁、唐揚げ、の順番で入れていく。トトはなくならないうちにと、自分の分の唐揚げを死守していた。
「ジル、あーん!」
トトがニヤニヤと、一番デカい唐揚げを手で掴み、食べさせようとしてきた。デカすぎるだろう。これ、一口でいけと?
「う、うむ……」
私は負けじと大きな口を開けて、トトの指まで一緒に優しくかぶりつく。
「ひゃっ……!」
トトは弾かれるように手を引っ込めた。みるみる赤くなるトトを見て、私は舌をペロリと舐めてニヤリと笑い返した。
「騎士団長をなめるなよ?」
「うるさいバーカ!」
トトはジル汁を啜った。トトは困ると文句のバリエーションが、『うるさい』か『バーカ』になるのを私は知っている。
唐揚げの要塞もジル汁の底なしスープもすべて攻略完了し、私は満たされたため息をついた。トトは後片付けをしようと立ち上がったが、皿洗いは私の務めだ。
「トト、私がやる」
「じゃあ一緒にしよ……」
トトと、皿洗いの追加任務だ。私が食器を洗い、トトが布で拭く。目が合うと口を尖らすので、そのたびに可愛くて想いが溢れてしまう。
泡がトトにかからないように気をつけながら、私の鳥の巣頭を彼女の首筋にグリグリしてやった。トトはやめろと言いながらも笑ってくれた。それを見てまた、私も優しい笑みを浮かべる。
ザックが見たら、これ以上ないくらい嫌な顔をしそうだ。
◇
皿洗いの追加任務が終了した。
私が猫舌のトトのために、ぬるめのミルクたっぷりのコーヒーを入れてやる。冷え性の私は、熱めの砂糖五杯コーヒーだ。
「ありがと」
ソファに座っているトトにカップを渡すと、穏やかな顔でトトが笑う。
私はもちろん彼女の傍にいたいので、肩が触れる距離で隣に座る。近い! とスルリと逃げようとしたので、すぐにその肩を引き寄せた。
小柄なトトの身体が、すっぽりと私の足の間に収まる。私はカップを持っていない反対の手でトトのお腹に手を回し、自分の胸の中に閉じ込めた。トトの髪が私の口元をくすぐり、ほのかにお日様の匂いがした。
「ジル! ……もう……なんなの……気持ち悪い! ひっつくな!」
「……だめか?」
トトの頭に触れ、軽くキスをする。トトは逃げない。身体が熱くなり、眉は困ったときのハの字だ。
「……うるさい……」
語彙力もなくなってきたようだ。ぬるいコーヒーをズズッと飲み始めた。
嫌がられてはいないらしい。私もトトを抱きしめたまま、彼女に熱いコーヒーカップが当たらないように気をつけてコーヒーを飲んだ。
「……甘いな」
コーヒーも、トトも。コーヒーに入れた砂糖の甘さが、トトの甘い匂いに溶けてゆく。
ずっとこのままが良い、と『死神』と恐れられる私らしくないことを考えていた。
「………トト」
「……何」
少し怒っている。私はトトを抱きしめる力を強くして、自分に引き寄せた。
「ありがとう」
「………は? ……別に。バカ、アホ」
トトの困った時の文句に、新しく『アホ』が追加された。照れているんだろうな。私もつられて赤くなりながら笑った。
「トト、さっきさ、懐かしい夢を見たって言っただろう。あの方の夢を見たんだ……」
夢で別れの挨拶をしたエレノア様を思い出した。そして、スラックスのポケットに入れておいたサファイアのピアスを取り出した。
「トト……私は……トトとここで、笑いながら生きていきたい。傍にいたい。……トトとの日常を、これからも守りたい」
トトは私の碧眼をじっと見つめている。私も、トトの琥珀の瞳が揺れるのを逸らさずに受け止めた。
「エレノアのピアス?」
トトが手の中にあるピアスを指差した。頬が赤い。
「うん。トトが私のことを独占したくて作ったピアス」
トトがコーヒーを噴き出した。私はハハハと笑い、袖で口を拭いてやると、トトが黙り込んだ。
このエレノア様のサファイアのピアス、どうして不敬罪のリスクを冒してまで、ルビーではなく私の碧眼と同じサファイアにしたのか、ずっと気になっていた。
答えは単純だ。
トトの可愛い嫉妬だったんだ。
トトの縄張りに侵入してくる眩しすぎるエレノア様に警戒と嫉妬を混ぜ合わせ、サファイアは自分のものだと毛を逆立てて威嚇していたのだ。
「ふふ……その反応……正解みたいだな」
「………ふん」
私は愛しいトトに頬ずりした。トトはもう諦めたのか、受け入れたのか、されるがままだ。
「トト……このピアス。私の剣の柄にはめ込んでくれないか?」
その言葉に、トトは僅かに反応する。
「トトとの日常を守るということは、この街や国の平和も守ることだ。私は……」
「分かった」
ピアスからトトに視線を変えると、トトの瞳は強い鍛冶工のもので、美しく煌めく黄金の琥珀だった。
「やるよ。貸して」
トトは私の胸から出ていき、ピアスと私の剣を持って炉に向かった。パチパチと燃える炎の傍にトトが座り込み、ハンマーで作業を開始した。
カツーン、カツーン、コツコツ。
鉄の音が響く。
焦げる匂い、煤が炉の光で煌めく。
私の剣に碧が埋め込まれてゆく。
温かい碧の風が、私に向かって飛んでくる。
トトの鉄の音もそこに乗せて。
私は彼女の背中に、心がたまらなく締め付けられていた。
彼女の強さと優しさが、愛しくて、愛しくて、嬉しくて、こんなの触れたくて堪らなくなる。
「できたぞ」
トトが汗を拭い、剣を私に見せてくれた。
剣の柄、猫の刻印の隣で強く光を放つサファイア。
これだけで、私は生きていけそうだ。
トトから剣を受け取り、いつもなぞっていた猫の刻印と、サファイアのピアスに触れる。
硬く、強く、美しく瞬いている。
「ジル、ありがとうは?」
トトがニコリと陽だまりのように笑った。
「……ありがとう。トトちゃん。大好きだよ」
私はトトを再び抱きしめた。そっと頬に触れると、トトの琥珀が潤んでいて、ふいと視線を外された。頬は林檎のように真っ赤だ。
私は彼女の額にそっと音をたてて唇を落とした。
次は赤い頬、困った時のハの字の眉、大好きな琥珀の瞳。何度もキスを落としてゆく。
「……っ……じる……」
トトは瞼にキスをされ、そっと目を閉じた。その隙に、トトの少し開いた唇に自分の唇を合わせた。
トトの唇は、硬くてザラザラした職人の手とは違い、柔らかくて、温かくて、あのマーマレードのジャムの味がした。
「……トトちゃん……好きだよ」
何度でも言いたい。
私は少年時代、トトに出会った頃から、本当はずっと好きだったんだ。
私の世界の中心にいた、私の女の子。あの笑顔にずっと恋をしていたんだ。
それなのに、ずっと恋をしていないって強がっていた。
顔の角度を変え、何度も唇を奪っていく。トトは私のヨレヨレのシャツにしがみついている。
「……じる……息……」
トトの息が乱れてきた。そんなことはお構いなく、私は自分の感情をトトにぶつけた。私の首に回された、トトの手にキュッと力がこもる。
彼女の表情を見ると、少し腫れた唇、琥珀の瞳には涙が浮かんでいて、鼻は赤く染まり、肩で呼吸をしている。抱きしめている力を少しだけ緩めた。
「ジル……」
「……ん?」
私がトトの頬を擦っていると、トトは口を尖らせた。
「ジル……ワタシも好き……」
その言葉に、胸が飛び出しそうに嬉しくて、私はトトをぎゅうぅっと抱きしめ直した。トトの顎に手を置き、クイッと持ち上げて、再び深いキスをする。マーマレードの味に、ただ溺れていた。
「トトちゃん、大好き……」
「……しつこい」
トトに頬をつねられ、私の緩みきった口が伸びる。
トトがブハハと歯を出して笑った。
「おかえり。ジル」
あ、そうか。
これからはずっと、『ただいま』が言えるんだ。
「ふふ……ただいま」
私たちはまたキスをして、抱きしめ合って夜を深めた。たくさんおしゃべりをして、何度もキスをして、朝まで一緒に泥のように眠った。
ここまで、お読み頂きありがとうございました!
猫の瞳に恋してないのタイトル回収と、ようやく長すぎる両片思いが終わった瞬間でした。
このお話、次回で最終話となります。そこから番外編を2本ほど書いて、完結!となります。番外編終了後は、このお話のスピンオフを、始めようと思っています。
副団長のザックと彼の養子のレオン、女宰相、トトの従姉妹のイリ宰相が出てくる育児恋愛奮闘記の予定です!
後少しお付き合いください!




