第二十二話 工房の我が家 じるのいえ。
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パチパチパチ……。
ようやく、私とトトは工房に戻ってきた。
消えていた炉にトトが火をつけると、冷たくなっていた工房は少しずつ、確かな温かさを取り戻していった。
トトがいる。
それだけで、工房も、私も、胸の中が優しく満ちていく。
ようやく、私も深く息ができるようになった。工房の温かい空気が胸に流れ込んでくる。
「片付けしてくるね」
トトは大きな荷物を持って、二階の自室に行ってしまった。
私も、騎士団の重い制服を脱ぎ捨てる。工房に入る前に手で崩した前髪を、さらにグシャグシャとかき回した。
ラフなシャツとスラックスに着替える。
自分で洗濯したものだからヨレヨレで、少しだけカビ臭い。トトに笑われそうだ。
帰ってきた。我が家に。
一時は亡くしたかと思った、かけがえのない大切な人と共に。二度と、失いたくない。
いつもの席に座り、パチパチと燃える炉をぼんやり眺めていると、階段をトトトトと駆け降りてくる、いつもの足音がした。
「ジル! 唐揚げ食べたい? ジル汁も作ろうか?」
一番右の棚から自身のエプロンを取り出して身に着け、微笑む彼女がいた。彼女はすでにキッチンに立っている。
「………食べたい」
トトの肉汁たっぷりの唐揚げと、私の好きな野菜とお肉ゴロゴロスープを思い出して涎が出てきた。
「よしっ! 作るから、待ってろ。寝ててもいいよ」
トトは腕まくりをして、帰り道に買ってきた買い物袋から手際よく材料を取り出していく。
やがて、心地よい包丁の音が響き始めた。
トントン、トントン。
小刻みにリズムよく響くその音に、私は吸い寄せられるように、キッチンに立つトトの傍へと歩み寄った。
「何か手伝うか?」
彼女の顔を覗き込む。
それと同時に、私の右手をそっとトトの細い腰に回し、彼女を後ろから抱きすくめていた。
トトの琥珀の瞳が少しだけ大きくなり、泳ぐように私から視線をそらした。
「……いいよぉ、寝てなよ、もぅ……あっち行け!」
強気だったはずの瞳は弱々しくなり、困ったように眉をハの字に曲げて、包丁を盾にするように顔を隠した。耳まで真っ赤になっているのを見て、私は愛しさに思わず笑う。
あぁ、可愛い。
トトは私の身体をドンと押し、手でシッシッと追い払うようにしてきた。
私は大人しくいつもの椅子に戻り、彼女の少し猫背になった後ろ姿を、目を細めて見つめた。
心地よい包丁の音を聞いているうちに、張り詰めていた緊張が完全に解け、私は少しウトウトと、幸せな微睡みに落ちていった。
◇
夢の中で、エレノア様が立っていた。サファイアのピアスが耳元で揺れている。私は守れなかった彼女に声をかけた。
「エレノア様!」
エレノア様がこちらを振り返った。紅玉の瞳、金色の太陽の髪、細くて白い指。優しく微笑を浮かべているのは、かつて私が憧れて堪らなかった女性だ。
この方がいなければ、今の私はいなかったし、国や街の人々を守りたいという強い理想や想いを持つことも、理解することもできなかっただろう。トトへの気持ちを教えてくれたのも、結局はエレノア様だった。
「エレノア様……、ありがとうございました」
私は深々と頭を下げ、騎士団長として至高の一礼をした。
「貴方に出会えて、良かった」
心からの言葉だった。きっと、これが最後の別れになる。
「フフッ、ジルフォード様。わたくしは幸せでした。お二人のこと、ずっと、見守っています。次は、自由に生きると決めたんです」
エレノア様は、二カッと歯を出して笑った。完璧な貴族のご令嬢のような張り付いた微笑みではなく、激動を生き抜いた女性の、まるで大輪の花のような笑顔だった。
「……ジル? おーい」
トトに揺すられてハッと目が覚めた。見上げると、トトが私を見下ろして肩をつかんでいる。私の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ジル? どこか痛いの?」
トトが私の涙を指で拭ってくれる。私は彼女の手を握りしめ、己の額に当てた。その硬くてザラザラした職人の手から、じんわりと温かさが伝わってきて、私は少しだけ泣いた。
トトは何も言わず、私の膝にちょこんと座り、鳥の巣のようになった私の頭を優しく愛おしそうに撫でてくれていた。
「……スープ飲む? 唐揚げいっぱい作ったよ」
心配そうに尋ねる、トトの少し掠れた声を聞きながら、私はこの幸せをずっと守り続けたいと、心から思った。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
ジルの中でエレノア様の苦しい過去を乗り越えた回でした。
完結まで後少し、そのあとは、番外編をあげ、このお話は終了となります。
後少しお付き合いよろしくお願いします!




