第二十一話 まんじゅう団長 帰り道の愛の逃避行
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王都までの帰り道、私は愛馬にトトを乗せ、背後からトトを抱きしめるように手綱を握った。
トトには「歩いて帰る!」と言われたが、離してやる気になれなかった。
二人で馬に乗っている姿を見て、団員たちから、
「ヒューヒュー! 団長! トトさんとこのまま愛の逃避行ですか?!」
とニヤニヤしながら冷やかされて耳まで赤くなったが、団員たちを無視して走り始めた。
トトはあきらめたのか、背中を私の胸元に預けてきた。彼女の耳や頬は林檎のように赤くなっている。
ダメだな……これは。
団員たちがいなかったら、また抱きしめていたかもしれない。
そもそも、一ヶ月以上トトの顔を見ることができなかったんだ。狭いベッドがいつもより、広く感じられていた。
「トト……」
「……」
トトは拗ねているのか口を利かない。無理やり馬に乗せたのを怒っているのだろう。
口を尖らせている。
クスクス笑っていると、
「ジル、ごはん抜き」
トトが私を見上げて睨んできた。眉をキリリとしかめて、琥珀の瞳が揺れている。彼女の琥珀色の瞳に、私の緩みきった顔が映っていた。胸が高鳴る。私は手綱を握りしめ、まだほんのり赤いトトの頬に吸い寄せられるように、そっと自分の頬を寄せた。グリグリしてやると、トトの身体が硬くなった。
「っぶ、ふふ……可愛いな、トト」
「……ジル……嫌い」
「嫌いは困るな……まだまだトトとしたいことがあるからな」
トトがツンとそっぽを向くが、それもまた愛しくなり、目尻が下がる。
トトと再会してから、心の蓋を引きちぎり、全力で遥か彼方までぶん投げた。
おかげさまで、私の気持ちはどんどん加速しているようだ。落ち着かない心臓のあたりをポリポリかいていると、懐にある革ベルトに触れた。
「そういえば、トト、これ」
懐から焼けてちぎれたベルトを取り出す。このベルトのせいでトトを、一瞬でも失ってしまったと思った。
「あ、あれ、なんでもってんの?」
「職人街に落ちてたぞ」
私は眉をしかめた。このせいでどれだけ焦ったことか。トトには言えないが、何かあったら殺せとザックに頼んだのだ。
私は馬鹿だ。
「これね、昨日、野良犬に追いかけられてた子供がいたから、ワタシのベルトでつかまえてやったんだよ。そしたらちぎれちゃって……でもハンマーでぶっ飛ばしてやったよ!」
トトは自慢げに語る。私は目を見開き、大きなため息をついた。肩の力が抜け、トトの栗毛の頭に顎を置いた。
――あぁ、そうか。おまえはそういうやつだな。
「トトは……トトらしいな」
蓋のなくなった心は、トトが毎朝パンに塗ってくれるマーマレードのように、甘くて少し酸っぱくて、そして止められない温かな琥珀色に満たされ溢れ出ていく。
栗毛の髪が私の頬をさする。温かくて、石鹸と煤の匂い――ああ、温泉に入っていたんだっけ。だからお日様の匂いがするのか。
私は溢れた気持ちを抑えられず、トトの髪に触れるだけのキスをした。
後ろを走るザックから、
「なんだよ。ちくしょー俺も……イリさんに会いたい。レオン、パパを慰めてくれ……」
という悔しそうな声が聞こえたが、聞こえていないふりをしてやった。
◇
王都に到着し、王宮で待機していたクーデル様に報告に行った。大理石の廊下をカツカツ音を鳴らして歩く。トトももちろん連れて行く。あれだけの騒ぎになったのだから。
「ワタシ、工房でまってるよ?」
「ダメだ。クーデル様はおまえの従姉妹だろ。心配してたに決まってるだろ」
「イリちゃんに絶対、怒られる……」
真っ青な顔をしているトトを見て、トトでも苦手なものがあるのだなと思った。
ザックはクーデル様に会えるのが嬉しいのか、トトの温泉まんじゅうを持って鼻歌を歌っている。あのイリ・クーデル宰相を相手に、会えるのを喜ぶ神経がわからない。
クーデル様の執務室に到着し、ノックすると返事があり、重厚な扉を開いた。ザックが意気揚々と入っていく。
「イリさーん! 無事帰還しましたー!」
ザックの声がいつもより2オクターブ高くなる。
中に入ると、最年少宰相でトトの従姉妹であるイリ・クーデル様が豪華な椅子に腰掛け、足を組んでこちらを琥珀の瞳で眺めていた。友人だったエレノア様を亡くした時の、泣き崩れた彼女の姿が一瞬だけ蘇った。
「ご苦労だった。……さて、アイゼン卿。おおよその報告はすでにザックからの手紙で聞いている。……職人街での魔物討伐及び生存者の救出……の指示しか、私は出していないはずだが……?」
クーデル様の黒縁眼鏡が鈍く光る。私はクーデル様から視線をそらした。トトはしらーん顔。
「……指示もしていない、魔物の巣窟を一掃し、おまけに焼け野原にしたらしいな。あの辺りは魔物以外にも生物が住んでいて、近くの村の住人の狩猟場にもなっていたはずだが……」
ダラダラと汗が流れてくる。怒られる……いや、もう怒られてるのか。クーデル様は組んでいる足を揺すっている。口元は笑みを浮かべているが、琥珀の鋭い目は据わっている。
「イリちゃん!! ……ごめん!!」
トトが大きな声で頭を下げた。その声にクーデル様も一歩後退した。
「イリちゃん! 心配したよね! ワタシ、元気だから! これ、お土産!」
ドドン! っと、ザックから土産を奪い取り、クーデル様の机に置いた。温泉まんじゅう三段重ねである。
「トト……貴様、温泉に行ってたのか?」
「うん! 気持ちよかったよ! イリちゃんも今度一緒に行こうよ。そこの男たち護衛につけて! ねっ! ごめんって! 温泉まんじゅうあげるからさ!」
ぽかーんと口を開けたままのイリ・クーデル様。さすがにトトの行方不明の原因が温泉だったとは、彼女の天才的な頭脳でも分からなかったらしい。
「ぶふっ! ふふふ」
耐えられず、私の後ろで控えているザックが笑い出す。
「トト……貴様……」
「あははははは! だめだー!」
ザックは抱腹絶倒である。笑いすぎて泣き崩れている。泣き崩れながら、クーデル様に、
「温泉まんじゅう食べるでしょう? お茶入れてきますよ」
と、執務室の奥に消えていったが、奥から笑い声が止まらない。
「……貴様らは、あんなに必死に馬を走らせて魔物討伐をして手に入れた戦利品が温泉まんじゅうか」
クーデル様がため息をついた。それと同時に口元がどんどん笑みを浮かべ、身体が震えている。
「ブッハハハハハハハ!! マジか! アーハッハッハ! トト、貴様、最高だ! 相変わらずめちゃくちゃだな! アイゼン卿! 貴様みたいな堅物にトトはピッタリだ! ハハハハハハ! ……まんじゅう団長としばらく呼んでやる! 命令違反の罰だ!」
「なっ!」
まんじゅう団長!
ザックが人数分の茶を入れてきたが、お盆が震えて茶がこぼれそうなので、お盆を取り上げ、執務室のソファの前のテーブルに置いた。
トトはソファに座り、温泉まんじゅうの封を開けた。クーデル様はまだ、膝を叩いて笑っている。ザックも同様だ。この二人ある意味お似合いだ。笑いのツボが同じで、ツボに入ると抜け出せない。もう、抜けてこなければいい。ツボの中でずっと二人で仲良く笑い合っていろ。
私もトトの隣に座り、トトがまんじゅうの袋を破って私に渡す。
「はい。あーんしてあげようか? まんじゅう団長」
「まんじゅうは余計だ」
トトの手からそのまま口に入れた。
本当はトトの口元についているまんじゅうの欠片もぺろりと舐めとってやりたかったが、工房まで我慢だ。仕方ないので、袖で拭ってやった。
「仲良しだな……まんじゅう夫婦!」
「まんじゅうじゃない!」
真っ赤になってトトが怒る。
「そこかよ!」
と、ザックが笑い、つられるようにクーデル様が膝を叩く。
私は穴に入りたくなり、頭を抱えた。
お読み頂きありがとうございました。
後少しで完結です。
最後までお付き合いよろしくお願いします?




