第十八話 走れ!鉄の猫!温泉まんじゅうお届けだ!
お越し頂きありがとうございます。
――あー! いい湯だ! 最高ー!!
ジルフォードが血眼になって、新たな魔物の巣窟へ爆走しようとしている数時間前。
ワタシは熱いヒノキの香りがするお湯を顔にバシャバシャかけ、頭にお気に入りの猫のタオルを乗せ鼻歌を歌っている。
最近ずっと煤と埃まみれだったから、この解放感は素晴らしい。
ワタシは、新人の鍛冶工たちから、
「トトさん! お世話になったので、これ、どうぞ! 最高ですよ! ここの温泉旅館!」
と、温泉旅館の宿泊券をもらった。
肩も腰も凝り固まり、猫背になっていた背中、慣れない職人街での生活に、このプレゼントはとてもテンション爆上げだった。
かわいい教え子たちからのプレゼントだ。行かない訳がない。むしろ、行かせてくれ。
ジルフォードに、
「トトは猫っぽいくせに、お風呂の温度は高いよな」
と、言われた。
冷え性半身浴長湯男に言われたくない。
「ジルのあとは、風呂がぬるすぎるし、ジルの身体がでかいせいで浴槽から湯がなくなるから嫌なんだよ」
とイヤミたっぷりに返してやったら、ワタシに一番風呂を譲ってくれるようになった。
新人鍛冶工たちの研修を終えたワタシは、この職人街から数時間程、人里離れた場所にある温泉街にやってきていた。立ちのぼる温かい湯気に心が浮き立つ。
ジルフォードには、少し帰るのが遅くなると手紙も送った。まぁ、ワタシが帰ってくるのを首を長くして待っているだろうが、教え子たちの気持ちも大事にしたいし、何より温泉に浸かりたかった。
チャポンと温泉のお湯を洗面器に入れる。洗面器に、自分の顔がユラユラ揺れて映る。
「あぁー……年取ったなあ……今年で33歳か?」
目尻にシワが増えてきたし、顔の筋肉もたるんできた気がする。朝起きたての自分の顔なんてひどくて鏡を見られない。
ジルフォードには、「その笑い皺は誇っていい!」と言われたが、誰もジルフォードに聞いていない。
温泉のお湯を含んだいい匂いのする猫タオルを顔に当て、思いっきり伸びをする。
今日は何故か宿泊客が異様に少ない。教え子たちには人気旅館だと聞いていたのだが。いない方がゆったりできるので、それはそれで良いとした。
思いっきり伸びをし、力を抜いた後、頭によぎるのはジルフォードのことばかりだ。
数年前のあの日、反乱軍の戦争で、エレノアを失ったと隣人に聞いた。
しばらくして、ジルフォードは、全身傷だらけのまま帰ってきた。早く死にたい……そんな表情をしていた。
血で汚れた騎士団の制服を洗濯した時、シャツの内ポケットからは、ワタシが渡した琥珀のカフスがついた猫のお守りと、エレノアに作ったサファイアのピアスが出てきた。ワタシがあげたお守りで、エレノアのピアスを包むように丸めてあった。
エレノアの最期は、私には分からない。
けれど、猫のお守りにくるまっている碧のピアスがジルフォードの懐から出てきた。その事実。
『…………あぁ、そうか』
エレノアの想いが少し、ワタシの取れない煤汚れの手に伝わってきた気がした。
死んだ人間には逆立ちしたって、一生勝てない。
エレノアはジルフォードの心の中で永遠に凛とした華麗な花として咲き続けるだろう。
ワタシは、再び、お守りでピアスを包んで、騎士団長ジルフォード・アイゼンのシャツの懐に仕舞った。
パァン!
風を切るように音を鳴らし、猫とピアスの入った彼のシャツを背の高い太陽に向かって干したのだ。
数年前のこと、今でも時々思い出しては胸を焦がす。
「……永遠なんて言葉は大嫌いだ」
ワタシは再び温泉に顔をつっこむ。
永遠なんて、無責任だ。
そんなもので、腹は満ちないし、身体の汚れも疲れも取れるわけじゃない。
ワタシは、ジルフォードの胃を満たし、陽の匂いがする服を着せてやれる。泥まみれの刃のかけた剣や鎧を修復して削ってやり、ただの男に戻してやれる。
そんな、現実をこれからも、彼と工夫しながら生きていきたい。
ブハッと温泉から顔を出した。温泉の湯気と熱で顔が真っ赤だ。
息ができる。
ワタシは生きている。
◇
ジルフォードみたいに長湯をしてしまい、すっかり身体はポカポカだ。この後は、美味いご飯とふかふかお布団だ。とりあえず、晩御飯までは時間があるので、一眠りしようと考えていた。難しいことを考えたら眠たくなってきた。
「あ、そのまえにお土産買わないと! 温泉まんじゅう!」
ワタシはトトトと歩いて売店に向かった。
売店で食いしん坊のジルフォードと、いつも苦労している騎士団のために山のように温泉まんじゅうを買っていると、売店の奥から女将さんが真っ青な顔をして走ってきた。一歩後退りをして見ていると、
「あなた! あなた、確か鍛冶工のトト・シュタイクさんだよね!?」
女将さんに両腕で肩をつかまれる。山盛りの温泉まんじゅうが崩れそうだ。
「ええ? ……はっはい。そうですけど何か? あ、晩御飯のメニューの相談ですか?」
ワタシがニコリと笑うと、
「晩御飯まったり食べてる場合か!」
女将さんの鋭いツッコミが入る。顔が旅館にあるクマの置物のように怖い。
「職人街が魔物の大群に襲われてボロボロになってるらしいのよ! 魔物の大群は騎士団長様が倒してくれたらしいけど、団長様があなたを血眼になって探してるわよ!」
「は?」
ワタシの時が、止まる。温泉まんじゅうがカウンターから崩れ落ちた。
「えっと……すみません。あの、誰がですか?」
「だから、騎士団長様よ!」
「え、なんで? 温泉行くって手紙送ったんだけど」
「そんなもん、魔物の襲撃があったら遅れるに決まってるでしょーが!!」
熊の置物風の女将さんがワタシに指をさして怒鳴っていた。
「あんの、騎士団長! 魔物退治してくれるのはいいけど、強すぎるから、山も森も焼け野原になってんのよ! あなた! 騎士団長の良い人なんでしょ! なんとかしなさい!」
えー、なんで、ワタシが怒られているんだ……。
「ワタシは……別にそんなんじゃ……」
「い、い、か、ら、止めてこいやー!!」
女将さんから、今騎士団が向かっているという魔物の巣窟の場所を説明され、急いで温泉まんじゅうを風呂敷に包み、ワタシに押しつけ旅館を追い出された。
ワタシは大きくため息をついた。温泉まんじゅうの風呂敷包みを首に巻き付け背中に背負う。
最高に手がかかるが、最高に愛しい男だ。
「よぉーし……よーい……ドン!!」
ワタシは走り出した。
走るたびに、背中に背負っている風呂敷から甘い匂いが漂ってくる。アイツに足りないのはこうゆう所だ。バカみたいに堅物で真っ直ぐで正直で優しすぎる。
だから、この甘さをアイツの心に届けたい。
ーー見てろよ!ジルが仕留め損ねた魔物なんて、このハンマーでぶっとばしてやるんだ!
ここまで読んで頂きありがとうございました。
ジルが死にそうになりながら、トトを探しているときに、トトちゃんは温泉でのんびりしています。
ジルの重ーい思いを受け止めてきてる彼女の息抜きかなーと思ってます。
トトちゃんがんばれ!と思って頂けたら、気軽にブクマや評価やコメント頂けたらとおもいます!
※画像はAI画像作製ツール使用しています。




