第十七話 碧き疾風を纏いし琥珀の火
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俺は必死になって騎士団を全員集合させ、すぐにトトのいる隣町へと出陣した。
出陣なんて生易しいものではなく、その速さはまさに疾風……ではなく暴風だった。
俺の馬が息を荒くしている。背後にいる部下たちの顔が、馬も含め生きる屍のようだった。
(ついていく俺たちの身にもなってほしい……!)
団長の愛馬のたてがみが荒波のようになびいている。
少し前を走る団長の顔は、まるで死神に取り憑かれたように眼が据わっていて、眉間のシワはもうあり過ぎて数えられない。
彼とはたくさん戦場を共にしてきたが、こんなにぶちギレているのは、初めてかもしれない。
――まさに、氷の死神だ。
味方にいれば百人力だが、もし敵側にいれば恐怖でしかないだろう。
碧い風と共に現れ、鋭く光る美しい刃が自分の首を刈っていくのだから。
隣町までは、一般市民が歩いて数日かかるのだが、うちの団長はたった一晩で到着した。
正直、どこをどう走ったか俺は覚えていない。
ただ、この鬼団長に日々鍛えられたせいか、俺たち団員の体力・筋力・精神力は他の騎士団や兵たちに比べたらとんでもない境地に達していると自負している。よくついていったなと、帰ったらレオンやイリさんに褒めてもらおう。
途中出会った魔物は、団長が馬に乗りながら、鬱陶しいゴミを見るような眼で、トトの剣を抜き一振りすると塵になっていった。
さっきの魔物は俺でも少し苦戦するのに。
やっぱり化物だ、うちの団長。
隣町に到着したのはいいのだが、これは辺境地区で見た光景と同じだった。
瓦礫の山に、血の匂いがする黒煙が立ち上っている。街の奥では、魔物たちが暴れている声がする。
ブーツで瓦礫を踏みしめると、あの辺境地区での苦い記憶を思い出す。
戦場というのはどこもひどいが、あそこは特にひどかった。俺にとっても、団長にとっても。
馬から降りた団長の背中を見つめる。
トトの剣を右手に握りしめている。握りしめすぎているせいか、ジワリと血が滲んでいた。
トトは、どうなっているだろうか。
「ザック……」
声をかけられ、俺は団長の傍に駆け寄った。
団長は必死に飛び出しそうな感情を抑え込んでいるようだった。冷静な碧い瞳が僅かに揺れている。
「私は街の中央にいる魔物の大群の討伐に向かう。おまえたちは、街に残っている生存者を探し、安全な場所まで誘導しろ」
「団長! 俺も行きます!」
(お前一人で行かせてたまるか! 今にも死にそうな顔をしているくせに)
「……いや、私一人で十分だ。逆に邪魔になる。おまえらにまで気を使ってやる余裕はない」
団長は泥のついた白銀の鎧を響かせ、トトの刻印入りの剣帯に手を添えた。
ギリリと柄を握りしめると、勢いよくトトの剣を鞘から引き抜き、大きく強く振り切った。
すると、血の匂いのする黒煙が二つに割れ、ゆらゆらと揺れた。団長の碧眼が割れた黒煙を捕らえると、闇を突き抜けるような凄まじい疾風が現れ、煙はたちまち飲み込まれ消えていった。
疾風はゆっくりと碧い新しい風になり、団長の身体を包んでいった。
白銀の鎧が碧に染まっていく。
瓦礫の要塞の隙間から太陽が昇り、トトの剣は朝日の光を浴びて琥珀の火のように燃えていた。
この絶望で死んだ街に、団長だけは希望の灯火のようだった。
その姿に、思わず見惚れてしまった。
「団長……」
悔しいぐらいにかっこいい。
「……トトのことを調べてくれ」
「………承知しました。ご武運を」
この男の背中を見てきたことこそが、俺の騎士人生の誇りだ。
俺の団長は、やっぱりこの人だ。
最高にしびれるが最高に手がかかる、この碧い風だ。
俺は団長の背中を見送って、生存者とトトの捜索を開始した。
(生きていてくれ。トト……!)
◇
街の中央広場まで足を進めた。魔物の大群は私の気配を察したのか、瓦礫の奥に隠れてこちらを警戒しているようだ。
私が一歩近づくと、低い唸り声を出す。
怯えているのだ。この私に。
ジリリ、と左足を深く踏み込み、身体の重心を下げ、剣に手をやる。碧のマントが黒煙の舞う風に揺れ、パタパタと音が聞こえる。
スゥと静かに呼吸をし、柄にある私を守るトトの刻印をなぞった。
一瞬の静寂だった。
「なんだ、来ないのか、腑抜けが。たった一人の人間も殺せないのか」
煽ってやると、魔物の大群が示し合わせたように四方から、一斉に飛び掛かってきた。
私は思い切り地面を蹴り上げ跳躍した。空から魔物の大群を見下ろしてやる。
愚かな魔物たちはまだ気づいていない。ただ、私は魔物たちより速いスピードで飛んだだけなのに、あいつらは仕仕留めた気でいる。
「ふん」
トトの剣に飛び切りの火と風を纏わせ、火炎を巻き起こした。どんどんと火炎は大きくなり、巨大な渦のように、この街すべての絶望の炎がトトの剣に集まってきた。
剣は震えたが、私のトトが作る剣は何より強く美しいのだ。こんな火炎ごときで負けはしない。
夜明けの白い太陽と、碧の疾風とともに黒煙を吸い上げた青い空が私を包んだ。鈍く光る剣先は、熱く熱く琥珀色に燃えていた。
昔、騎士団入団当初、トトに初めて出会ったとき、私の剣を見て言われたことを思い出した。
(力を抜け。身体全体で踏み込め。右手に頼るな)
「トト……わかってる」
私はトトに言われた通りに、琥珀の剣を魔物の大群に勢いよく突き刺した。
火炎は地面を割り、地響きを起こし、私を中心に爆風を巻き起こした。魔物たちは黒く切り裂かれ、散り散りとなって塵と化した。
瓦礫が吹き飛び、私の周りには何もなくなり、残ったのは少し刃の欠けたトトの熱い剣と、煤まみれの私だった。
「わっ、マジで一瞬で消しやがった!」
ザックがクレーターの中に一人で立っている私に声をかけてきた。地面を滑りながら降りてくる。
「団長、生存者、全員確認しました。避難も完了しています」
「! そうか……! トトは!?」
全員確認という言葉に嬉しくなり、口角が上がる。早くトトに会いたい。会って伝えたいことがある。
ザックは目を伏せて、首を振った。
「トトだけがいないんです。どこにも……」
「トトだけがいない?」
私はザックに問い詰める。
ザックの顔が曇り、拳を握りしめて震えていた。彼の脳裏には最悪のシナリオが流れているようだ。トトの小柄な身体が魔物の爪によって幾重にも切り刻まれ、血に染まり冷たくなっていく彼女の姿を。
「ザック!! そんなこと、あるわけないだろう!」
私は叫んだ。「おまえの友達だろう!」と。私に男勝りで強くて誰より優しいトトという職人を紹介してくれたのはザックだ、私のトト……トトちゃん……。
ザックの瞳に涙が溜まっていた。私よりずっと長い付き合いをしてきたのだ、悔しくないはずがない。
街に来れば、トトには絶対生きて会えると思っていたから。トトは魔物を倒す誰よりも強い力を持っているのだから。
「団長……これ」
ザックに手渡されたのは、ちぎれて焼けた革のベルトの破片。見覚えがある。なぜならそこには彼女の象徴が記されていたからだ。
(猫の……刻印だ)
私の足元が崩れていく。愛しい人がまた、目の前で消えていく。
心臓と肺が機能停止を起こし、世界が終わる。息が吸えず、指先が冷たくなり、死人のように青紫色へと変化していった。
「団長……トトは……」
「違う……トトちゃんは……違う、トトはそんな弱い女ではないっ! 私のトトは誰より強い!」
そう言って、私は焼けた革ベルトをザックから奪って懐に入れた。
トトは生きている。生きていて、私を待っている。
きっと、魔物の群れに連れて行かれたか、街の近くに隠れているのだ。
ならばすることは、このあたりの魔物一帯を根絶やしにするまでだ。
私は再び歩き出した。今度こそ、愛する人を守るのだ。
ザックに必死に止められた。死にたいのかと。
死ぬわけないだろう。
トトと帰るのだから。
トトのいない未来に何の価値があるというのだ。
しいです!
ここまでお読み頂きありがとうこざいました。
ひたすらにジルのかっこよくて必死なシーンをかきました!次回は、行方不明のトトが出てきます。
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