第十六話 唐揚げ団長、琥珀の剣になる
「……なんだこの誤字だらけの報告書は……もう一度やり直してこい。」
「……! も、申し訳ありません!」
私はため息をつき眉間を押さえギロリと部下を睨んだ。
部下は真っ青な顔をして、足を震わせながら出ていった。
隣の席で書類整理をしている副団長ザックは苦笑いをしている。
執務室の中は静まり返っていて、私のペンを走らせる音だけが響いていた。
昼に食べた食い物はあまり味がしなかった。
何回か、トトの唐揚げを再現してみようとキッチンへ立ち向かうのだが、あの鶏肉の塊は私の指揮には全く従わず、油の中で逃げ回る。
早くトトの唐揚げという結果を出したくて、全身全霊の集中をして火を強くすると鶏肉は戦場の消し炭のようになってしまった。
ダメだ……私は焦げだらけの鍋をガシガシ洗った。
私には天才的な剣の才能はあっても、火を操りながら鶏肉を掴まえる才能はないらしい。
洗濯物もなぜか、いつもはあんなに石鹸と太陽と少しの煤の匂いがしていたのに、私が洗濯すると妙にかび臭くなり、しわだらけのシャツになる。
ダメだ……とまた落ち込んで我慢して鼻につくヨレヨレのシャツを着た。
仕事では、騎士団長の仮面をいつも以上に念入りにかぶっていた。
そうしないと、トトのいない寂しさに負けてしまいそうだったからだ。
普段よりも、眉間のシワが増えている。自覚はある。ザックにも、
「団長ー。部下に当たっちゃ駄目ですよー。トトがいないからって。」
と、声をかけられる始末。
「黙れ。書類増やされたいか。」
目を光らせ睨んでやると、慌てて書類と向き合っていた。
ダークレッドの前髪がハラリと落ちた。落ちてきた前髪を指でクルクル絡める。
いつも工房のドアの前で固めていた前髪を崩して、騎士団長の仮面を脱ぎ、ドアを開けてトトの『おかえり』の声を聞くの好きだった。
崩された前髪を見てトトが頭をグシャグシャにして鳥の巣にして晩御飯を食べるのがいつもの儀式だった。
が、今はそのトトがいない。
私は前髪を崩すタイミングをずっと失い、ずっと前髪は整髪料で固まったままで、騎士団長の仮面を脱ぐ時がわからなくなっている。
両肩が重くて敵わない。
「ふう……ザック、私は団員たちの訓練を見てくる。」
身体を動かせば、少し紛れるだろうか。
「えっ、昨日も散々しごいてたじゃないですか! 今日もですか!」
「なんだ、たかが訓練だろう。あれぐらい大したことはない。」
「団長みたいなオバケじゃないんすよ! あんなに団員何十人もぶっとばしといて、いい汗かいたみたいな顔してるの貴方だけですよ!」
「じゃあ、お前も来い。副団長。私の次ぐらいには強いだろう。私が稽古をつけてやる。」
ザックは黙る。氷の死神と呼ばれる私の稽古相手をするのは本気で嫌らしい。
「稽古、頑張ってください!」
私はその後夕方まで、団員達と訓練をした。
訓練後、団員たちは死んだように倒れ込んでいたが、私は少しだけ気持ちが落ち着き猫のお守りを握っていた。
団員から「ト、トトさんはいつお帰りに……?」と泥と涙で真っ黒な顔で足元から見上げてきたので、「……来週まで帰ってこん。」と無表情で伝えると、「あと……1週間……この地獄が……」と白目を向いて、気絶した。
そうだ、もうすぐ地獄の一ヶ月が終わる。
◇
今日はついにトトが帰ってくる日だ。
仕事は午前中で高速で終わらせ午後からは溜まりに溜まっていた有休をとって、王都の門まで走ってトトの迎えに行った。
トトの話では夕方には着くと言っていたからだ。
城門の兵は団長の私がずっと門の前で仁王立ちし続けているので、生きた心地がしなかっただろう。
チラチラこちらを見ていた。
城門を通る市民たちが、心なしか怯えていた気がしたが、気になどしない。
トトの唐揚げの方が優先だ。
「おかしい……。」
夕方になり、辺りはオレンジ色に染まり私の影も長く伸びる。
城門を通る人の数も減りはじめた。
トトの姿はまだ見えない。
どこかで事故にでも遭っていないか不安になる。
私は腰のポケットに隠してある煙草を取り出した。火をつけると、小さな灯火が生まれた。
トトには煙草をやめろと言われている。アイツは煙草の煙が嫌いだから、こうして隠れて吸っているのだ。けれど、多分バレているだろうな。
ため息とともに煙を吐き出すと、煙は夕方の赤に吸い込まれていった。
トトのお守りを握りしめ、琥珀のカフスがオレンジの支配を受け赤く染まっていく。
まるで、あの時の血のように。
「大変だ! ジルフォード!」
城門まで馬で駆け込んできた副団長のザック。
この構図は前に見た記憶がある。
心臓の血流が逆流しそうな不快感が、私を襲った。
必死に崩れそうな足の筋肉に力を込め、ザックを捕らえた。
「……どうした。」
冷静に発したつもりが声が裏返る。
エレノアのときとは違う、ザックの顔面蒼白な顔と滴り落ちる脂汗、目が血走り、瞳孔が定まっていない。
手綱を握る手が震えている。
私のお守りを握る手も震え始めた。
「団長……落ち着いて聞け……。さっき王宮に緊急伝令が来た。トトの……トトのいる隣町の職人街が、魔物の群集に襲われた……街は壊滅状態だ……!」
口から酸素が入らない。
黒い血が気道にへばりついて狭まり息を吐き出すことができず、世界が終わっていく。
無色になる世界に琥珀のカフスだけが紅色に煌めいている。
トトの琥珀の瞳も血の色に……
エレノア様の冷えていく身体が、カサブタになった新しい皮膚に爪を立てる。
まただ……また……
「しっかりしろ! このヘタレ!」
ーーバコン!!!
思いっきりザックに右頬を殴られた。その拍子に私は尻もちをついた。ザックは私を見下ろし、『さっさと立て!』と叫んでいる。
「………クッ。」
私は血の出る口元を拭い、スッと立ち上がった。碧眼を閉じ、琥珀のカフスを握りしめた。大きく深呼吸をして、息を止める。ゆっくりと目を開けた。
琥珀のカフスは本来の黄金色を取り戻していた。
「……ザック。今すぐ騎士団員全員集めろ。
一秒でも、遅れるやつは置いていく。走れ!!」
「御意!」
ザックが馬を翻し、王宮に向かって走り出す。
「ザック! ……ありがとう!!」
ザックは背中を向けたまま手をヒラヒラさせ、街の中へ蹄の音とともに消えていった。
私は鞘からトトの剣を取り出す。
柄には猫の刻印がある。強く握りしめると、
剣先が夕日に反射して鈍く光った。
刃に私の碧眼が映る。
エレノア様に言われた碧い風になれるだろうか。
必ずトトを、救い出す。
私のトトを傷つけるやつは誰であろうと全員、塵にして地獄で後悔させてやる。
刃に映る碧眼は琥珀の火で燃えていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
トトちゃんがいないと、生活能力皆無な団長。
次回はジルの無双が始まります。
近況ノートにまた画像あるので、そちらもお楽しみ下さい。
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