第十五話 日常という名の渦〜置いてきぼりの夜
お越し頂きありがとうございます。
夜、城下町にある大衆居酒屋に来ていた。
この店は久しぶりだった。確か、ザックとトトの三人で来て以来だ。個室になっているので、騎士団長の仮面を脱いでも気楽に飲んでいられる。そのため、昔からザックとはよく飲みに来ていたものだった。
居酒屋に入り、先に来ているはずのザックがいる個室の引き戸を開ける。
「あっ、おつかれさまですー団長ー!」
「……あぁお疲れ。……え?」
そこにいたのは、まさかの人物だった。
「よお、駄犬」
不敵に笑い、琥珀の瞳をキラリと光らせて黒縁の眼鏡をかけ直したのは――イリ・クーデル様だった。クーデル様は寄り添っていたザックの肩から姿勢を正した。
私は一瞬で眉間のシワを増やし、口元を引きつらせた。クーデル様は心から尊敬しているが、なかなか無茶難題を吹っかけてくる方なので、あまり仕事以外ではお付き合いしたくはないのだ。たとえトトの従姉妹だとしても。
「クーデル様……!?」
何故クーデル様がこんな庶民的な居酒屋にいるのだ。そもそも、何故ザックとそんなに距離が近いんだ!?
一人でパニックになる私を見て、ザックが堪えきれずに吹き出した。
「ほらー! だから言った通りになったでしょ、イリさん」
(イリ……さん……?)
「トトがいなくなったら途端に腑抜けになったワンコか。キャンキャン泣いて飯の催促とは、笑えるな」
クーデル様はワインを喉に煽り、ケラケラと楽しそうに笑っている。そして、再びザックの肩に自分の頭を預けた。
「ど、どういうことだ、ザック」
ザックはクーデル様の頭を撫でながら、空いたグラスに手際よく水を注いでいた。「勢いよく飲んだらダメですよ」なんて小言まで言っている。
「ジルフォード、レオンがいるだろ。今年でもう、14歳だぜ」
レオンとは、エレノア様が誘拐されたあの戦争のときの孤児だった。レオンが命がけで得た情報があったからこそ、私たちは反乱軍との戦に勝つことができたのだ。あの強い眼差しを持ったレオンを、ザックは戦争終了後、自分の養子に引き取っていた。
養子にすると聞いたときは驚いたが、情に厚いザック先輩らしいとも思い、私も時々レオンに剣術を教えてやっていたのだった。
「レオンが14歳……」
それは、私がエレノア様に憧れて騎士団に入った年だった。トトに出会ったのも、ちょうどこの頃か。
(……トト、隣町にちゃんと着いただろうか)
「貴様は知らんだろうが、レオンは才能の塊だ。あれは逸材だ。エレノアの残した光でもある。本格的に私の元で働かせようと思ってな」
クーデル様がレオンを弟子にする、ということだろうか。
子供だ、子供だと思っていた少年の成長にすら気づいてやれなかった自分は、ずっとエレノア様の光の眩しさに目を奪われ続けているのだろう。騎士団長としても、エレノア様のことを一番引きずっているはずの男としても、己の不甲斐なさに胸が痛む。
「貴様もレオンの瞳を見たのなら分かるだろう。今に化ける。そうなれば、この国はもっと面白くなるぞ。なぁ、ザック」
ザックは頭を掻きながら、レオンのことを褒められたのが相当嬉しかったのか、ニコニコと嬉しそうに頷いていた。
「ジルフォード、イリさんとはレオンのことで、まあ、色々とやり取りしてんだよ。分かるだろう?」
ニヤリと笑うザック。クーデル様もつられて「ククク……」と不敵に笑う。
(――何も私には分からない。分かるのは、私だけが置いてきぼりにされているということだけだ)
「ザック、レオンに経済学を教えてやる約束をしている。私はこの辺りで帰るぞ」
クーデル様が静かに席から立ち上がった。するとザックが慌てて、腰のポケットに手を突っ込んで何かを取り出した。
「イリさん、これ!」
ザックが投げたものが、個室の灯りを反射してキランと光を放った。綺麗な放物線を描いたそれを、クーデル様はひらりと手の中で受け止める。
中身を確認した彼女の手元に見えたのは――琥珀色の瞳をした黒猫のキーホルダーがついた、ザックの家の鍵だった。真っ黒な髪に琥珀の瞳を持つ、クーデル様にどことなく似ているミニチュアの黒猫。
「あぁ、忘れていたな。じゃあな」
「はい。またあとで」
クーデル様は飄々とした様子で部屋を出て行った。
――室内に、しんと妙な静寂が降りる。
私は驚愕のあまり目を見開いたまま、ザックに詰め寄った。
「ザック……! ザック先輩……!!」
「ジルフォード……時計は進んでるんだぜ」
ほれ、食えよ、とザックは山盛りの唐揚げを私の皿に分けてくれた。この店の唐揚げも決して悪くはないのだが、やはり、トトの作る唐揚げの味には到底及ばない。
「トトのこと、真剣に考えたらどうだ? というか、無理だろ、おまえ」
「………はぁ」
「……こじらせてんなぁー」
ザックは笑いながら、私に酒を勧めてきた。
ザックも、クーデル様も、レオンの中の時計も、どんどん進んでいる。みんな未来へと歩き出しているのに、私だけはずっと、あの工房の中でグルグルと足踏みをしている。
エレノア様……。
私の光だった人……。
彼女の微笑みに、何度気持ちが高鳴ったことだろう。辛い騎士団の生活も、彼女の光があればこそ踏ん張ってこられた。
けれど、そうして張り詰めていた私の隣で、ボロボロになった鎧を何度も修理し続けてくれたのは――あの栗毛の、琥珀の瞳をした猫だったんだ。
トトがいない。
それだけなのに、私はもう、息の吸い方を忘れそうだった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
ザックとイリさんの、カップリングはいつのまに…みたいな状態でした笑
また、応援や、ブクマ、評価頂けたら嬉しいです!




