第4話 香ばしき凶弾に塗れて
「――突撃」
その古めかしい号令と共に、大地が鳴動した。
帝国軍が誇る重騎兵連隊が、壮大な軍旗を天高く翻す。抜刀された軍刀が陽光を浴びて眩く煌めくなか、彼らはウェルダンの美しき黒土を激しく蹴り立て、進撃を開始した。皇帝の言葉通り、彼らが身に纏うのは最新鋭の『鋼鉄の鎧』である。
その鈍い銀色の輝きは、いかなる旧式弾をも弾き返す無敵の盾であるかのように見えた。
しかし――その誇り高き姿が、ただの哀れな幻想に過ぎなかったことを、帝国軍上層部は瞬時に思い知らされることとなる。
対する王国は、違った。
彼らは旧世界における敗戦の屈辱を、ただの一刻も忘れてはいなかった。敵と刃を交え、血を流し、誉れ高く「殴り合う」ことなど無意味。王国軍が狂ったように模索し続けたのは、敵と刃を交えることすらなく、ただ一方的に『効率よく殺す方法』であった。
彼らは、騎兵などという前時代の遺物をとうの昔に捨て去り、ひたすらに小銃と大砲の技術を研ぎ澄ましていたのだ。
ウェルダンの泥濘に深く身を潜め、冷徹に獲物を待ち構えていた王国軍。
その眼前に、巨大な軍旗を掲げて傲慢に進軍してくる帝国重騎兵の隊列が躍り出る。
次の瞬間、王国軍の陣地から、大地を引き裂くような重砲の斉射が放たれた。
ドォン――と世界を激しく揺るがした、猛烈な轟音。
それこそは、華やかで誉れ高き旧時代の終焉を告げる、死神の――『ガブリエルのラッパ』であった。
巨大な音が響いた。
その、世界がひっくり返るような刹那の瞬間であった。
――辺りは一瞬にして、白く、かつ紅色に染まることとなる。
王国軍の放った重砲弾――白鉛の爆縮を伴う一撃は、ウェルダンの黒土を狂暴に吹き飛ばした。いかに重装甲な鋼鉄の鎧を纏った騎兵であろうとも、その狂気的な破壊力の前には等しく無力であった。鉄の防護ごと肉体を容易く貫かれ、誇り高き騎兵たちは次々と泥濘へと叩きつけられていく。
衝撃で落馬し、もはや意味をなさなくなった重い兜を投げ出し、ただ仰向けに空を見上げる兵士たち。
虫の息の中で、彼らがその目に見開いたもの。
それは、青空でも、栄光の軍旗でもなかった。
――ピューと不気味な滑空音を立て、不気味に甘い、白い煙を狂ったように撒き散らしながら飛んでくる巨大な鉄塊であった。
「だずげでょ!見えない見えないよ!!」
「王国はよわいんじゃねぇのか…」
「こんなの聞いていないぞ!」
「お前ら怖気づくな!突げ…」
騎士道も、名誉も、すべてを等しく踏みつぶし、ただ効率的に命をすり潰すためだけに産み落とされた新世界の怪物が、白煙を、掻き分け向かってくる
それを見た瞬間、騎兵たちは理解した。
自分たちが挑んでいたのは「敵」などではない。自分たちの愛してやまなかった「古い世界」を跡形も無く
飲み込み流し尽くす、時代の濁流そのものなのだと。
「マリ……ア……。ルド…ル…」
老兵は、息も絶え絶えの中死力を尽くし
ひしゃげたバシネットを投げ捨てた。
そして泥の匂いのなかで静かに空を見上げた
嗚呼 我等が大いなる主よ
どうか愛する家族を守り給え
そしてこの馬鹿げた戦争が終わりますように。
老兵はそう心の中で 唱え、
喧騒の中、愛馬と共に静かに目を閉じた。
追記 手直しを加えました。




