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白鉛紀  作者: 猫吸い中毒者
第一章  地中深く沈む白い叫声
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第1話 争いはパンにより始まる

その地は「ウェルダン」と呼ばれていた。

どこまでも続く美しく柔らかな黒土は、まるで生命そのものを宿した屠殺直後の肉のようだと讃えられ、その名がついたという。王国と帝国の国境付近に位置するその牧歌的な地域は、開戦前夜、植物たちが瑞々しく生命を謳歌する、地上に遺された数少ない楽園の一つであった。

敵国からの防衛の為に本来なら国家の最重要拠点として工業化を推し進めるべきであった。しかし、それを実行すると白鉛汚染により結果として自国の深刻な食糧難を招くという、国家運営上の大いなる矛盾を抱えていた。

 

首都から遠く離れ、工業化の波に乗り遅れたウェルダンでは、未だに人々は暖炉に薪をくべて暮らしていた。だが、それゆえにこの地は「白鉛」の呪いから免れていた。世界が煤煙に塗れる中、ここだけが珍しく、豊かな命を産む力を保ち続けていたのだ。

戦争の始まりは、文明の利器を何一つ持たないウェルダンにこそあった。

――隣国、帝国連邦。

長き分裂の果て、諸侯と領土を皇帝の名の下に束ねて成立したその国は、「連邦制の上に君主制を戴く」という極めて歪な帝国主義国家であった。 

統一後、連邦は、列強に追いつくべく工業化へ異常なまでの傾倒を見せていた。しかしその歪な発展は、国内の食料自給力を致命的に破壊する。さらに追い打ちをかけるように、急速な工業化がもたらした「白鉛汚染」が大地を蝕み、国内の農業を完全に崩壊させるという、終わりのない負の連鎖に陥っていた。

飢餓と汚染に喘ぐ大国を率いる連邦皇帝は、国内に渦巻く不満と怒りの矛先を外へ向けるべく、

その冷徹な目をウェルダンへ向けた。


1914年5月13日。

帝国は王国に対し、ウェルダンの割譲を求める事実上の最後通牒を突きつける。国王はこれを断固として拒否。だが、飢餓の恐怖から激昂した帝国の世論は「ウェルダンこそが我が帝国の生命線である」と叫び、狂熱へと変わっていく。皇帝はその世論を冷徹に利用し、軍部に進撃を命じた。

かくして、美しき黒土の平原を蹂躙すべく、帝国軍が国境を越える。

数十年ぶりの静寂を破り、人類史上最大の惨劇の幕が上がった。

後に人々は、この終わりなき相互不信と生存競争の地獄を、こう呼ぶことになる。

――「世界大戦」と。

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